授業中

久方

授業中

 先生「えー、まだ慣れていないとはいえこれはいつか決めないといけないことだからな。という事でこれから役員決めを行う」

 周りからは反論の声が飛び交う。私も周りの人の一人だ。私だって委員長はやりたくない役職の一つだ。高校入学して早々先頭に立つ勇気もなければ意欲もないしそもそも技量が無い。皆も自分がやる気はなさそうだ。そして眠そうだ。反論してる人と欠伸している人が半々くらいいる。

そして、爆睡している奴一人。

 その一人は私の隣の席の男の子。苗字は黒沼で名前は知らない。

 黒沼君は入学式が終わってから一週間、授業中はずっと寝ている。

 部活とか新生活で疲れが出始めたのかな。と思って初めは見逃していたけどやっぱり一週間も経てば気になってもう声をかけずにはいられない衝動に駆られた。さらに今は役員決めである。そんな大事な話し合い最中に寝るなど言語道断だと思う。だから私は意を決して黒沼君に声をかけることにした。

 「黒沼君、役員決めだよ。流石に起きなきゃ不味いって」

 周りには聞こえないように小さな声で囁くように話す。話すというより呟くの方が正しい表現かもしれない。相手に届いていないのだから。

 とりあえず、黒沼君にも周りにもバレてないみたい。

 というか黒沼君には聞こえていて欲しかったんだけどね。

 こうなったら絶対黒沼君を起こそう!と心に決めた。

 「黒沼君? 授業中だよ、起きないの?」

 今にもいびきが聞こえてきそうなくらいぐっすりと眠っている。まったく私の声には反応していない。

 「黒沼くーん。おーい、聞こえていますかー?」

 私は黒沼君を覗き見る。

 「起きないと黒沼君の寝ている間に委員長に推薦しちゃうよ?」

 ちょっと悪びれてみたけど効果なしのようだ。

 次は軽く肩を叩いてみる。実はちょっと緊張してたりする。

 「ちょっと、黒沼君。黒沼君ってば、起きて。授業中だよ」

 そうすると肩を叩いたからなのか黒沼君はゆっくりと目を開け私の方を見た。初めて正面から顔見たけど綺麗だな。まつげ長いし、黒髪は艶やかに光ってる。肌も女子かっていうくらい白い。ずっと寝てたから少し寝癖ついてるしかっこ悪いなー、面白いから本人には言わないけどね。いやいやいや、今はそんなことどうでもいいんだった。

 黒沼君は初めこそ眠気眼でなにも状況が分かっていないようだったが段々理解していって最終的にどこの不良さんですかと聞きたくなるくらい目が据わっていた。私、何か悪いことしましたっけ……?

 私がそんな事を考えていると黒沼君は徐に口を開く。

 「……まだ授業中なんだけど」

 黒沼君はさも当然の反論のように言った。しかし、私には意味が分からなかった。でも私の中の何かに触れ、頭に血が昇った。

 「意味が分からないんですけど。授業中だから起こしたんですけど?」

 嫌悪感や怒りを全部込めて言った。それから睨み返した。私と黒沼君が睨みあうこと数秒、黒沼君はあっちを向いてしまった。

 「何いい子ちゃんぶってるの。」

 黒沼君は隣にいる私にも聞こえるか聞こえないか位の声でそういった。でも、いくら聞き取りにくくても私の耳にはしっかりと届いた。そこでさっきの何かっていうのは私が黒沼君を起こすまでの努力を無駄になったことへの怒りだったんだって気がついた。それは私の逆鱗であった。だから私の怒りゲージは最高潮にまで達した。私は勢いよく立ち上がり

 「どういう意味よ!」

 と叫びそうになった。でも実際は叫ぶことが出来なかった。私の口は「ど」の口のまま固まって声も出ない。何故かと言えばクラス中からの視線だ。首を回し教室の様子を見るとみな私を驚きに満ちた目で見ている。もう頭が真っ白で身じろぎ一つ取れない。血の気が失せていくのを感じた。

 「先生、八尾さんは委員長がやりたいそうです」

 八尾さんというのは私のことです。ってえぇ? 黒沼君今何て言ったの、耳腐ったのかな?

 私を始めとして皆今度は呆気に取られている。というかいきなりすぎです黒沼君。

 「え、私そんな事言ってないけど……」

 そんな私の言葉なんか誰の耳にも届いていなかったようで担任の先生は話を進める。

 「そうか、八尾やってくれるか。お前ならやってくれると思っていたよ」

 そんな熱い目で見られましても困ります。それに知り合って一週間くらいしか経ってませんよね。私の何を知っていると言うんですか先生。そもそもやる気とかないですからね、分かってください。そんな私の心の声なんか露知らず、周りのみんなは言いたい放題だ。

 「よかったね」「早く決まった方じゃない」「やりたいならさっさと言えよな」「俺じゃ無くて良かった」「飯」「立候補助かったよ!」「飯」

 いやいやいや、何か皆自分勝手すぎるよ。そんな全力で押し付けないでくださいな。もう一回決めなおしませんか。あと飯って言った奴話し合いする気あるのか。思ってても言っちゃダメだろう! あぁ、何か一人心の中で突っ込んで虚しくなってきた。

 「私が委員長なんて出来る訳ないじゃん」

 途方に暮れていた。最早取り返しは不可能なところまで来つつあった。

 「いいんじゃない?しつこいしウザイし真面目だし俺はピッタリだと思うけど」

 「あんたは貶しているのか励ましているのかはっきりしろよ」

 黒沼君だった。もの凄くにやけていた。自分と関係ないと思っているからあんなに笑えるんだ。なんで私一人がこんな目にって、一人じゃなきゃもうちょっとマシか。良い事思いついた。ちょっと頬が緩む。

 「先生、黒沼君が是非私の補佐をやりたいと、やらせて頂きたいと言っています」

 今度は黒沼君が呆気にに取られる番だった。

 「はぁ?何言ってんのお前。頭沸いてんじゃない?」

 沸いてない沸いてない。復讐と仕事が両方果たせるって言う一石二鳥だからね。

 「先生、良いですよね?」

 私はこの案をゴリ押しした。「一石二鳥一石二鳥」と心躍らせながら楽しんでいた。実際に楽しかった。

 結果的に私は学級委員長、黒沼君は副委員長で決定した。

 あれからも黒沼君は授業中寝ている。難しくなってきてついていくのがやっとになってきた私から見れば羨ましい限りである。ついて行けているのかどうかはまったく分からないけど小テストは一応やっているらしい。入学から3ヶ月経った今も謎が多い人物だ。

 副委員長の仕事はと言うと大抵が委員長の補佐である。だが私は頼みたくないし大体一人で出来ているので黒沼君が副委員長の仕事をしてはいない。自覚を持って欲しい。もしくは授業中寝ないで欲しい。

 その願いを本人に言ってみたら軽くあしらわれた。

 何故寝るのか、休み時間何しているのかすらなぞなのだ。知りたいと思っていない訳ではない。興味はある。でもあっちから話してこない限り聞く気はない。

 黒沼君は私のことどう思っているんだろう。ちゃんと私が委員長で自分が副だと認識しているのだろうか。

 あれから2回席がえあったけど結局ずっと席はとなりで

 「いい加減ウザイ」

 と言われたのをよく覚えている。

 「私もなりたくてなってる訳じゃないよ!」

と言うと少し黙ってしまった。やっぱり黒沼君はよく分からない。なんでそんな寂しそうな顔してるの? こっちだってちょっとは傷ついたりしてるんだからね。

 私がそんな事思ってるなんて微塵も思ってないんだろうな。と思いつつ私は黒沼君に何を求めているんだと思い直した。

「とりあえず今は黒沼君を起こすことに専念しよう」

 そう自分のなかで決心する。

 前回のは失敗だ。結局私がとばっちりを食らった。だから前回は自分ひとりで考えたことが良くなかったと考え、今回は友達にどうやって起こすのが良いのか聞いてみた。そこで出た案を実践してみようと思う。

 「えっと……耳元で蚊の音を言う。よし」

 私は少し黒沼君に近づきブーンと言ってみた。が、何の反応もなく効果はないようだ。

 「次は、背中をツツーってやる。ってなんかよく分かんないな……」

 こしょばいっていうあれかな? と思った。

 黒沼君の背中に人差し指が触れてそのまま下にゆっくり降ろす。

 すると身体がピクッと反応した。

 発見。黒沼君はこちょばしに弱いらしい。

 これからも大事な時に寝ていたらこれを使おうと密かに私が思っていると本格的に黒沼君は起きそうだ。

 そうなればなったでもう少し寝顔見てたかったなーとか思ったりもする。 そしてそんな自分に驚く。

 黒沼君はゆっくり体を起こして眠そうに目を擦りながら私の方を見るとにこっと笑顔で笑った。そして

 「おはよう」

 と言ったのだ。直後また机に突っ伏して寝だした。

 きっと寝ぼけていたんだろう。それは誰にでも分かることだ。それなのに私はなんで怒られなかったことに安堵感を覚えているのだろうか。なんで彼の笑顔に胸を高鳴らせているのだろうか。

 その原因に気がつくのはもう少し先になりそうだ。

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授業中 久方 @hisakata

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