第5話 ランの生産者あれこれ

 ランの種類は、大きくだが、胡蝶蘭、シンビジュウム、デンドロビウム、カトレヤの四種類ではないだろうか。

 おそらく、胡蝶蘭などはよく目にすると思われる。選挙の時に飾ってある、白色の花で、垂れ下がるようにして花がつく。寄せ植えであり、大きな鉢に花の咲いた苗を三つ四つ、中に入れることで、一つの鉢花として出荷されるのが一般的だ。

 シンビジュウム、デンドロビウムも鉢花ではあるものの、残念ながら現状では、生産者が減っている。私の周辺でも特にデンドロは、ほぼ生産者がいないような状況だ。


 ――何故か。

 売れないからである。


 どうして売れないのか、その理由は多くあれど、需要が減ってしまったのだ。

 簡単に言うと客に


 バブル後期、胡蝶蘭は馬鹿みたいに売れた。それはどのランも同じであり、まだランが珍しく高いものだ、という印象が強い時期だ。景気が良かったのもそれに拍車をかける。

 しかし、デンドロもシンビも、割とどこでも手に入るようになった。


 たとえば。

 店先で小さなデンドロが八百円で売られているのを、ホームセンターなどで見かけた時、大きいサイズのものが贈り物として、喜ばれると思うだろうか。

 喜ばれるかどうか――ではなく、これはイメージの話。

 サイズの大小はあれど、手軽に入手できて価格の安いデンドロというランを、贈答用にしよう、と思うのは稀だ。もちろん、きちんと贈答用として作れば良い花であるし、充分に役目を果たすけれど、イメージが悪くなってしまう。

 必然的に、大きいものが売れなくなれば、生産者は利益が上がらなくなっていく。

 デンドロは比較的、温室の中で簡単に数を増やせることも、生産過多の一因になっていたのも、理由だろう。


 贈答用で使われる鉢花の多くは、時期ものが多い。

 胡蝶蘭にしても、選挙や卒業式などのシーズン。シンビは年末の贈答用をよく聞く。

 シンビはその点が顕著で、年内の出荷に関してはそれなりの価格だが、年をまたいだ途端に二束三文、なんてことも聞く。山上げと呼ぶ作業があり、低温に当てるため、高い場所に鉢ごとシンビを運ぶ作業もあるよう、開花コントロールが上手くいかないと、年をまたいで大量出荷……なんて、泣きそうな目に遭う年もあるそうだ。

 カトレヤもそうだが、花というのは環境に左右される。梅雨の時期が長かったり、雨がほとんどなくて晴天ばかりだったり、時期外れの低温や高温、そうした自然現象の影響をよく受けるので、完全なコントロールは難しい。


 現在の胡蝶蘭生産者は、年中出荷になっている。


 主流となっているのは、台湾から苗を仕入れて生産する方式だ。リレー栽培になるのだろう。

 つまり、台湾の業者が苗を育成し、それを購入した日本の生産者は、その苗をすぐ咲かせて、仕立てて鉢花として出荷するわけだ。これのメリットは、苗育成用のスペースを確保しなくていいこと、作業の工程が減ること、などがあるだろう。


 ――しかし、これによって胡蝶蘭は、生産数が一気に増えている。


 今はまだ、胡蝶蘭を辞めたという話はほとんど聞かないが、私の個人的な予想では、この先はあまり良くないだろう、と読んでいる。


 そもそも、花に限らず、どんな農作物であっても、作って売れば儲けが出る、なんて甘い考えでは、やっていけない。もはや、そういう時代ではないのだ。

 大量の売り上げがあって、億の金が動いていることに食いついたところで、年商と年収が違うよう、必ず相応の経費がかかっている。かつては、どんぶり勘定でやっていけたかもしれないが、収支に関しては身近でなくては、ならない。


 生産数の増加に比例して、需要が伸びればいいのだが、現状でそれは見込めない。主に贈答用として扱われる胡蝶蘭だが、今では葬儀に使う花としての利用もある。

 これは、新しい買い手がつき、開拓できたと思いがちだが、先述したよう、花そのもののイメージの悪化を招く可能性は、ついて回る。

 そして、いつでも手に入るようになれば、まだ胡蝶蘭かと思われることも、そう遠くない未来に訪れるだろう。

 需要が飽和状態になった時、発生するのはシェアの奪い合いだ。こうなると、新規参入者はとてもじゃないが立ち入れない。小さく堅実に、昔から作っていて、市場や買い手との信頼関係を結んでいる生産者が生き残る。

 価格競争が発生したら、まあ、頭が痛くなるだろう。


 花というのは基本的に、市場に出たものを花屋が買い、そこから客へと渡ることがほとんどだ。もちろん、客といっても、財布を片手に道を歩いて花屋に足を踏み入れる、という客は、あまりいない。

 葬儀用の花ならば、花屋と契約した葬儀社、あるいは葬儀場を持った花屋が買うわけだ。


 悪いものは安い。

 良いものなら高い。


 これは基本だろうけれど、需要と供給のバランスがあってこそのものだ。


 五つ欲しいが、十個の商品がある――なら?

 本来はいらないけれど、余っているので買ってくれと市場から言われれば、それはもう叩き売りに近く、譲歩したところで、七つの値段で十個買おう、となるだろう。

 供給が飽和状態になると、このような状況になりやすい。

 出荷先の市場が嫌うのは、売れ残りだ。安くても売りに出す――が、花屋としても、出されたものを片っ端から買えるわけではない。それが商売だからだ。購入した値段を考え、売れ残った場合のことも考察し、儲けが出る値段を設定しなくてはならない。

 余計な出費はしたくないのだ。

 本音を言えば、十個あったって、五つの値段なら買おう、となるだろう。


 私は生産者側の人間だが、正直に言って、今から花屋になりたい、と言われた時は、まあ止めておいた方がいいよ、と言いたくもなる。

 立場が違うとはいえ、それなりにわかることが多いからだ。よく採算を合わせてるなあと、そう思うくらいには、大変な仕事だ。


 ともかく、胡蝶蘭は今、生産数が多い。実際に小さな市場で売れ残りを見たこともある。

 多く作れば良いものではないが、それは、自分の温室だけの話ではなく、世間的な流れもあるだろう。

 更に言えば。

 台湾から仕入れている苗が、値上げされたらどうする?

 大きく作っている人ほど、苗の購入代金は、大きくなる。一つの苗が2円高くなったって、相当な負担になるだろう。

 私にはどうしても、それがリスキーにしか見えない。

 ただ、私の周囲には胡蝶蘭の生産者がそれなりに多くいるし、知り合いとは言わないにせよ、まだ廃業はしてないようだし、上手くやっているのだろう。


 私なら。

 新しい顧客の獲得に動くと思う。でもそれって、農業とはもう言えないですよね?

 実際に、大きく胡蝶蘭を作っているところは、農作業というより、一つの会社に限りなく近い。社長はほとんど作業せず、指示を出すだけ、なんてところもあるくらいだ。リレー式なので、事務的な仕事がほとんど。あとは、雇った人たちに作業を任せる。

 ……うん、農業じゃなく経営者ですねこれは。

 まあそんな現実。


 次項は、私がやっているカトレヤ生産に関して。



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