第14話着々と前進!③

***


 休憩を挟み、二人で成立するシーンの確認をしていた吹夜と紅咲は、「おまたせ!」と届いた声に視線を転じた。

 と、同時にギクリと動きを止める。


「っ、このめ、その人……!」

「すんごい! 『鬼』に! ぴったりで!」


 焦燥を浮かべて絶句する紅咲とは対照的に、答えるこのめは興奮気味に双眸を輝かせている。

 そりゃ嬉しいだろうけど! そうじゃなくて!

 突如の事態に狼狽える紅咲の横からスッと、吹夜が静かに歩を進めた。


杪谷成映ほえたになりはさん、ですよね?」


 知り合いだったのだろうか。

 断定した物言いに「啓?」とこのめが疑問を浮かべると、吹夜は少しだけ緊張に強張る瞳を向け、


「前に、イメージの人がいるって言ったの、覚えてるか? この人なんだよ。そんで、三年の『騎士』だ」

「え……? なっ!?」


 言われて初めて事の重大さに気付いたこのめは、跳ねるようにして杪谷を振り返った。よくよく見れば確かに、そのネクタイには『騎士』を示す、剣を模したネクタイピンが着いている。

 確かに綺麗な人だと思ったが、やっとイメージ通りの人に出会えた興奮と感動が先んじて、全然気が付かなかった。


「っ! スミマセン俺なんも知らなくて!」

「ん? いやいやそんな、学年違くて知ってる方が、稀なんじゃないかなぁ」

「いやでも! 『騎士』ですし!」

「それよりも、鬼? って、かくれんぼ? 追いかけっこ? どっちも久しくやってないなぁ。それにしても、皆面白い格好してるね」


 顔面蒼白になりながらアワアワと動揺するこのめに反し、杪谷はのんびりとした口調でニコニコと微笑んでいる。


(ど、どどどどどうしよう!)


 ともかく、状況を説明すればいいのだろうか。


「あ、と。その、ですね! 『鬼』っていうのは……」

「やぁーっと見つけた! ちょっと成映! 勝手に居なくなんないでヨね!」

「!?」


 高らかに響いた怒号。ビクリと身体を揺らし主を探すと、肩を怒らせながら大股で近づいてくる長身の生徒が一人。

 首横で纏められた艷やかな赤髪が、歩く度にポンポンと跳ねている。切れ長の目尻が釣り上がっているのは、彼を覆う憤怒だけではなく、元々の造形もあるのだろう。


 はっきりとした顔立ちの美人だ。

 このめはうっかり見とれかけたが、距離を詰めてくる彼のギッと睨む眼光の鋭さに「ヒッ」と震え上がった。


「……雛嘉眞弥ひなかまひろ?」


 呟いたのは吹夜だ。

 え? と説明の目を向けたこのめと紅咲に、言葉を重ねる。


「三年の、『姫』だ」

「!」


 戻した視線の先には冠のネクタイピン。

 つまり今、この場には三年の『騎士』と『姫』が揃ったのだ。


「ゴメンゴメン。なんか、『鬼』に誘われて。楽しそうだったから、つい、ね」

「つい、でフラフラされちゃ困るっていっつも言ってンでしょ! で? なによ『鬼』って? 節分はとっくに終わったワよ?」

「ええと、節分じゃなくてね。鬼ごっこだっけ? かくれんぼだっけ?」

「はぁ? わざわざ成映呼んで鬼ごっこ? アンタ達幾つよ? それに何その服。お祭りでもあるの?」

「ちょ、ちょっと説明させてくださいっ!」


 これは妙な事態になってしまった。

 話が明後日の方向に転じそうになり、このめは慌てて事の経緯を説明した。

 部のこと、『二.五次元舞台』のこと、『あやばみ』のこと。そして今、その中に出てくる『鬼』の碧寿役を探していて、偶然出会った杪谷がイメージにピッタリで、何も知らずに連れてきてしまったこと。

 拙い説明を何とか終えると、渋い顔で腕を組んでいた雛嘉は深い溜息をついた。


「大体分かったワ。つまり、お芝居の『鬼』役を頼みたいってコトね?」

「はいっ!」

「うん、いいよ」

「え、えええええ!?」


 間髪入れずサラリと首肯した杪谷に、叫んだこのめだけではなく、その場の全員が目を剥いた。

 すかさず雛嘉はその両肩を掴み、


「ちょっと成映! アンタちゃんとわかってンの? お芝居よ? それもアクション付きで、漫画の再現!」

「うん。面白そうじゃない?」

「それに、やるってことは入部すンのよ! 部活に! 今までみたいに好き勝手のんびりできないワよ!」

「うーん、それはちょっと困ったなぁ。じゃあ、休憩は好きな時にもらってもいいかな?」

「あ、ハイ。その辺は結構自由なんで……」


 雛嘉の言う『のんびり』と杪谷の言う『休憩』は若干意図がズレている気もしたが、不安な表情のままこのめが頷くと、杪谷はやはりニコニコとしながら「いいって」と雛嘉を見上げた。


「本気なのね……」


 苦虫を噛み潰したような顔で唸る雛嘉が、意を決して「わかったワよ!」と叫ぶ。


「成映がそう言うンなら、アタシも入ってあげようじゃないの!」

「え! い、いいんですか?」

「二言はないワ! それに、『姫』を守るのは『騎士』の役目でもあるし!」


 腰に手を当てての宣言に、このめは「あれ?」と首を傾ける。

 先程の吹夜の説明も、それぞれのネクタイで光るピンも。


「『姫』は雛嘉さんじゃあ?」

「実質、『姫』の素質があるのは成映なのよ。なのに本人が頑なに『騎士』に拘るから、みーんな空気をよんで『騎士』にしてあげてるだけ。だから本当はアタシと逆なの。悔しいけどね!」

「眞弥は綺麗だよ?」

「ハイハイ、アタシだって綺麗だと思うワよ! 成映の次にね!」


 慣れた言い合いなのか、呆れ顔で片方の肩を軽く上げた雛嘉に「そうかなぁ」と小首を傾げた杪谷は、次いで嬉しそうに相好を崩し「けど」と紡いだ。


「眞弥も一緒なら、もっと面白くなるね」

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