第15話着々と前進!④
新たに部員が増えたと報告を受けた睦子と定霜は、上学年で、更には『肩書持ち』だと知って、声も出せずにいた。
嘘を言うな、の一言でも発しそうな定霜ですら何も言えなかったのは、実際その二人が目の前に居たからだ。
型紙となる模造紙と布の広がる教室を興味深そうに見渡した杪谷は、静かに屈むと置かれた一枚を手にして、立ち竦む睦子と定霜を見上げながら「よろしく」と微笑んだ。
瞬間、人工の白を灯す蛍光灯の光が、キラキラと輝く無垢な雪原の日照りに変わる。
これが『肩書持ち』の実力か。
そのオーラに圧倒されるこのめの斜め前で、腕を組む雛嘉はいつも通りだと嘆息した。
次いでさすがのリアクションをとったのは、言わずもがな顧問の武舘だった。
このめ達は知らなかったが、どうやら杪谷と雛嘉が『部』に所属するというのは教員の間でも一大ニュースとなったらしい。
後日、三学年の学年主任が自ら「よろしく頼む」と挨拶にやって来たのだと、武舘は慄きながらこのめに告げた。
そして同時に、聞きなれないこの部の名称も相まって、すっかり注目の的になってしまったとか。
なんだか思っていたよりも、とんでもない事態になってしまったようだ。
気負うこのめに「関係ないだろ」といつもの飄々たる横顔で頭を小突いてきたのは吹夜で、「僕だっているんだし、今更でしょ」と自慢げな顔で肩を叩いたのは、紅咲だった。
そうだった。この部には元々、一年の『姫』候補と『騎士』候補がいる。
更には最近知ったのだが、どうやら定霜や睦子も『目立つ』部類に区分されていたらしく、この部には選ばれた生徒しか入れない等と妙な噂まで立っているらしい。
そういうつもりでは無かったのだが、杪谷と雛嘉が加わった今、何を言っても言い訳にしかならないだろう。
よく集めたものだと一部に感心されているらしいこのめは、腹をくくって、舞台の成功だけに注力する事にした。こういった諦めに近い切り替えの速さは、『イケメン』幼馴染である吹夜の横で培った技術だ。
吹夜との相談の結果、雛嘉には碧寿の式神である『獏』というキャラクターを配分した。人数の制限から、削ろうと思っていた役だ。
ストーリー的には『獏』を得て万々歳なのだが、このめには拭えない申し訳なさがあった。
無骨なキャラなのだ。優美を好む雛嘉に頼むのは、少々心苦しい。
衣装の制作に励む睦子と定霜に断りを入れ、プロジェクターを使い『あやばみ』の映像を流す。
スクリーンを見つめているのは杪谷と雛嘉、そしてこのめだ。上級生二人の手には、増刷した台本が握られている。
最後のクレジットが流れ出した頃、このめは恐縮しながら雛嘉に声をかけた。
「あの、眞弥先輩……。結構こう、男っぽい役なんですけど……」
『雛嘉先輩』ではなく『眞弥先輩』と呼んだのは、このめ達が下の名で呼び合っているのだと知った杪谷が、「なら僕達も」と進言したからだ。
視線を流した雛嘉は、細く長い片眉を上げて軽く肩を竦めた。
「そーね。どうせならもっとカワイイ役が演りたかったワ。けどま、引き受けた以上はキッチリやるワよ」
「すみません……」
恐縮するこのめを捉えて、杪谷の双眸が柔らかく細まる。
「僕は舞台の上でも眞弥と一緒みたいで、安心した」
「それはアタシも同感ね」
「あのっ、ちょっといいですか?」
遠慮がちな声は、睦子のものだ。その手にはノートが抱えられており、隣にはメジャーを手にした仏頂面の定霜。
確か、鑑賞の後に杪谷と雛嘉の採寸をしたいと言っていた。その旨は勿論、合流時に伝えてあったが、舞台の余韻ですっかり抜け落ちていた。
「じゃあ、すみませんが失礼します」
睦子の指示で、杪谷と雛嘉の採寸が着々と進んでいく。
測っているのは定霜だ。このめ達の採寸をしたのも睦子と定霜だったが、その時はまだメジャーを持つのは睦子が主で、定霜は難しい顔でその様子を眺めながら記入に徹していた。
あの後、やり方を教えて貰ったのだろう。
必要な部位にメジャーを伸ばしては数字をよむ定霜と、ノートに書き取り次の部位を告げる睦子の連携は抜群だ。
「へえ、手慣れたもんだな」
扉を開く音に感心したような声が重なる。
視線を転じると、ペットボトルとビデオカメラを抱え首にタオルをかけた吹夜と、同じくタオルとお気に入りのレモンティー缶を手にした紅咲が立っていた。
両者の肩にはカメラの土台となっている学生鞄がかかっている。
休憩がてら、様子を見に切り上げて来たのだろう。
「ッセェ! 何着やんなきゃだと思ってんだ! ってそうだ吹夜テメエ、ダダダダダンダンッ! ん時の足運び間違えやがっただろ!」
「バレてたか。つーか見てたんならそん時言いに来いよ」
「ミシン抱えて行くわけねぇだろ! あ! 凛詠サンは相変わらず痺れる足技でした!」
「いいからさっさと測りなよ。瑞樹も先輩も待ってるでしょ」
「サーセンッ!」
呆れ顔の雛嘉とクスクス笑む杪谷が、「相変わらず賑やかね」「うん、楽しそうだね」と言葉を交わす。
「すみません、もう少しで終わりますので」
恐縮しながら告げた睦子が「あ? 次ドコだったっけか?」と眉根を寄せる定霜に「腰下をお願いします」と伝え、再び採寸が再開された。
夕陽を額縁のように囲む窓枠から、乾いた風が忍び込む。
昼間よりも数段温度を下げた冷気が、知らず知らずのうちに火照っていた頬に気持ちいい。このめは無意識に目を細めた。
この舞台は何度観ても、つい、熱が上がってしまう。
それは演じる役者達の闘志と支えるスタッフ達の熱意が、網膜や鼓膜から浸透して脳へ響き、このめの胸奥を強く揺さぶるからだ。
「ねーねー、このめ」
教壇に両肘をつきながら、紅咲が上目遣いで呼ぶ。
「ちょっと気になってたんだけどさ、斬りつけの音とかってどうすんの? 音楽流すタイミングとかもあるし、シゲちゃん先生にお願いする感じ?」
「あ」
このめを覆っていた熱が、一気に消え去っていく。
そうだ。今は自分達で音楽を流しているが、舞台に立っていては操作も出来ない。
ましてや、斬りつけ音なんて。
「わ、忘れてた……っ!」
「だろうな」
「このめって、わりと抜けてるよね」
聞こえた会話に黙っていられなかったのだろう。反射のように定霜が「忘れてたのかよ!?」と叫んだ。
睦子が不安そうに眉尻を下げる。
「演劇部さんとかに訊いたほうがいいんでしょうか……」
「かな……大ホールの音響の使い方なんて、俺達にはわからないし」
「ああ、それなら」
白いブレザーを羽織りながら、柔らかな声で杪谷が制止した。
***
先導する杪谷と雛嘉の後について、このめ達はぞろぞろと別棟にやって来た。
文化部の集まるこの棟に、このめは初めて踏み入れる。キョロキョロと周囲を見回していたら、「ちょっと」と紅咲に小突かれてしまった。
上級生組の歩が止まる。軽いノックを挟んで躊躇なく開かれた扉上には、『放送部』のプレートがかかっていた。
「壮(そう)」
「部長サン。ご来客よおー」
部屋の中へ顔を覗かせた杪谷と雛嘉が、続けて目的の人物を呼ぶ。
濃染壮(こぞめそう)。放送部の部長である彼は、杪谷と雛嘉曰く『大の仲良し』らしい。
突然の『肩書持ち』の登場に湧く室内から「なっ!」と短い驚愕の声がかき分け、「ホラホラ、早くなさいよー」と急かす雛嘉の催促に引きずり出されるように、制服姿の生徒が現れた。
雛嘉も長身だが、彼は更に上背だ。
シンプルな眼鏡の奥に鎮座する理知的な双眸が嫌そうに歪められ、ぐったりと壁に手をついた拍子に濃い藍色の髪がサラリと流れた。
「断る」
「まだ何も言ってないワよ」
「お前達の頼み事は九割がロクでもない!」
「そうだった?」
(『大の仲良し』、なんだよね?)
二人と一人のあまりの温度差に、このめの脳裏に不安が過る。
そんな事など露知らず、「そうだ!」と言い捨てた濃染はまさに鬼気迫る顔で過去を思い出すように、視線を下げ開いた両手を戦慄かせていた。
「忘れたとは言わせんぞ! 一年の時からやれ絡んできては、消しゴムを探すのを手伝えだの花壇の水やりを手伝えだの挙句の果てには木から下りれなくなった猫を助けろだの!」
「全部善良なお願いじゃないの」
「壮は一年生の時から大きかったし、優しいから」
「俺よりも背の高い生徒は他にも居ただろう!」
掴みかからん勢いで否定する濃染にも、杪谷は顔色一つ変えず穏やかに微笑んでいる。
その横に立つ雛嘉が「って、思い出話に和んでる場合じゃないのよ」と話しを転じ、
「今回はアタシ達だけじゃなくって、後ろの可愛い後輩ちゃん達のお願いでもあるのよ」
「後輩? ……ああ、取り巻きではなく従者だったか」
訝しげな視線が向く。
このめは思わずビクリと肩を跳ね上げたが、濃染は笑いもせず堅い表情のままだ。
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