第四章 着々と前進!

第12話着々と前進!①

 睦子の入部を知った武舘は飛び上がる勢いで喜んだ。「本当か!」と叫ぶ声が大きすぎて、職員室内で怪訝な視線を集めていた。

 部員が五人となった愛好部は、晴れて部として承認される事になる。つまり、学校側からの補助金額が変わるのだ。

 どうやら武舘は、このめ達が出来るだけ思い描く舞台を創れるようにと、連日資金繰りに頭を悩ませていたらしい。


「コレで衣装やら小道具やらも妥協せずに済むな!」


 笑う武舘の目端には、涙が浮かんでいた。涙脆い性格なのだ。


 拙かった練習が本格的に動作を重視するようになってきた頃、このめ達は練習場所を教室から美術棟下へと変えた。

 広々とした屋上を持つこの棟の横には、講義室から伸びた天井が煉瓦造りの床を覆い、ちょっとした広場になっている。このめはそこに目をつけた。


 本音から言えば、少しでも本番に近い環境で演りたい。

 だが体育館は当然、運動部が常に闘志を燃やしており、次いで舞台と同じだけの幅が取れる稽古場は、言わずもがな演劇部の根城である。

 新たに作った五人だけ(しかも、演者はその内の三人だけだ)の突発部が、貸してくださいとは頼めない。


 だからこのめは武舘に頼み、このスペースの借用を掛け合ってもらったのだ。ここなら空調こそ望めないが、舞台と同じだけの幅をとれる。

 結果は快い物だった。美術棟に出入りする生徒の邪魔にならないように、という条件だけで、使用が認められたという。


 このめは早速と吹夜や紅咲に手伝ってもらい、小型のメジャーで距離を測り、持参したマスキングテープで舞台と同じだけの長方形を作った。

 更にその中に、各々場面毎の立ち位置の目印としてバツ印をつけていく。満足したら、完成だ。


「結構広いな」

「ここなら思いっきり動けるね! ん? どうかした、凛詠」

「んー」


 キョロキョロと周囲を見回した紅咲が、残念そうに肩を落とす。


「こんな格好してるから結構目立つんじゃないかと思ってたけど、案外ギャラリーいないもんだね」


 このめ達は浴衣やら袴やらを持ち寄って以来、練習時には必ず身に着けていた。紅咲はその姿に集まる生徒が居ないのが、ご不満ならしい。

 仕方ないだろう。このめ達が占有しているこのスペースは中庭の裏手側に近く、美術棟へ行く生徒は本棟に近い反対側の扉を利用するのが主だ。


「そっちの『演技』はしないで済むんだから、良かっただろ」


 相変わらず日中の学生生活では大人しい紅咲を揶揄する吹夜の言葉に、このめも苦笑を浮かべる。


「俺も『こっち』の凛詠に慣れちゃってるから、ありがたいかも」

「……まあ、いいけどさ」

「さ! 練習練習! カメラ回すよー!」


 渋々といった顔で扇子を開く紅咲の肩を軽く叩いて、このめは学生鞄三つを重ねて作った簡易な土台の上に、ビデオカメラを設置する。

 操作はもう手慣れたものだ。同じくスピーカーを付けたプレイヤーを操作して、目的のトラックナンバーに合わせた。


「じゃあ、まずは朱斗と沙羅の冒頭のシーンから。いくよ!」


 演技はおろか、アクションも不慣れなこのめ達は、とにかく繰り返し練習を重ねるしかない。

 曲に合わせて身体が自然と動くようになって初めて、力強さや感情を上乗せできるのだと、初めて知った。


 順に場面を演じてはビデオカメラで確認し、改良点を話し合って、また演じる。

 睦子と共に衣装に頭を悩ませている定霜を時折引っ張り出して、確認してもらっては注意を受ける。

 派手に見える舞台の裏では、きっとこうして、地道な努力を積み重ねているのだろう。


「あ」

「ハイ、このめ間違えたー」

「一応、確認しとくか」


 言いながら吹夜は、武舘に借りた折りたたみ式の椅子に乗せたノートパソコンを操作した。メニュー画面からチャプターを選び、演じた場面を再生する。

 その横でこのめは巻き戻したビデオカメラの映像を再生した。

 三人で画面を凝視しながら見比べて、このめが間違えた箇所まで辿り着くと、各々がその次の動作をなんと無しに確認してから、もう一度同じ場面へと戻して再生する。


「ここ、沙羅の身体の向きが後ろすぎないか? 本家はもう少し顔が見えてるだろ」

「それくらい捻らないと、その次の蹴り上げん時に上手く袖が動かないの」

「うーん、せっかくいい表情してるから見えたほうがって思うけど……こう、肘を先に引いてみるとかは?」

「肘、ねぇ」


 数歩後退し距離をとった紅咲が、このめのアドバイスを元に肘を後ろに引いて、それから回転するように蹴り上げる。

 身体の軌道を追うように、長い袖が円を描いた。


「あ、いいかんじ」

「んじゃ次はそれで……、あ、帰ってきた」


 目端に映った人影に、このめは視線を上げた。

 向かって来ているのは三人。定霜と睦子と、武舘だ。それぞれ幼子を抱え込むようにして、大きな袋を担いでいる。

 この三人は今日、衣装に使用する布を買い出しに行っていたのだ。学校の専用車が空いていたからと、武舘の運転で。


「お疲れ様! 目的のは買えた?」

「はい。目ぼしいモノはなんとか手に入りました」

「すんげぇ重てえ!」

「だらしねえな」

「アア!? ならテメエが持ってみろよ! すんげー重てえんだぞ!」

「迅、うるさい。早く運びなよ」

「サーセン凛詠サン!」


 和気あいあいとした部員を朗らかに見守る武舘に気付き、このめはその側に寄った。


「先生、運転ありがとうございました」

「ああ、車が空いてて良かったよ。借りたいって言ってたミシンも話し通してあるから、鍵は職員室に取りに来てくれればいい。この荷物は一旦教室でいいか?」

「はい。俺も確認したいんで、一緒にいきます。啓、理詠、俺ちょっと抜けるからっ!」


 叫んだこのめの声に、視線が集まる。


「はいはーい、いってらっしゃい」

「戻ってくる時、ついでに水買ってきてくれ。無くなりそうだ」

「人使い荒いなあ……。理詠は? なんかいる?」

「僕レモンティー飲みたい」

「りょーかい」


 積み重ねた鞄の一番下がこのめの物だ。

 ビデオカメラを手にしてから引き抜き、二つ折り財布を小脇に挟んで、このめは「半分持つよ」と睦子の抱える袋の一つを手にした。

 途端、定霜が納得いかないと大股で詰め寄ってくる。


「ンで俺のは無視なんだよ!?」

「え? だって迅、強そうだし。辛いの?」

「つ、らいワケねえだろふざけんなっ!」

「じゃあ吹夜、紅咲、怪我しないように、よく注意してな」

「気をつけます」

「っす」


 賑やかな集団が音を撒き散らしながら、校舎内へと去って行く。

 本来有るべき静けさが微かな侘しさをすり込む前に、紅咲がドサリと腰を下ろした。


「やっと休めるー!」

「なんだ、へばってたのか?」


 先程まで、そんな素振りは微塵も無かった。

 不思議そうに尋ねた吹夜を恨めしげな目で見上げた紅咲は、扇子を開いてパタパタと扇ぐ。

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