第11話全力でサポートします!③
結論から言うのなら、ビデオカメラは偉大だった。
これまでも定霜に観てもらい指摘を受けていたが、実際に自身の目を通すと、網膜から直接脳にガツンと違和感を叩きつけられたようだった。
「……ここ、けっこう腕振ったつもりだったんだけど、なんか……足りない」呟くこのめ。
「つーか全体的にこじんまりしてるな。迫力ねぇ」続く吹夜に、
「なんでそんな他人事なの? 吹夜だって動きちっさいじゃん!」紅咲が声をあげる。
「あーまぁそーなんだけどな。でもこうやって見て確認出来るようになったんだから、改善できるだろ」
落ち込んだ様子も無く飄々と告げる吹夜に、少なからずショックを受けていた紅咲はガクリと項垂れた。
「なんでそんなにブレないんだか……」
「その点に関しては、このめのが図太いぞ?」
言われて吹夜の横へと視線を流すと、そこに立っていた筈のこのめの姿がない。
代わりに背後から無機物が風を切る音が届き、紅咲は勢い良く振り返った。気づいたこのめが棒を手に薙ぎ払う動作を止め、不思議そうに小首を傾げる。
「どうかした? 凛詠」
「……いや、いいや」
落ち込んだりとかは、と訊きかけた言葉を飲み込む。
このめの瞳は落胆どころか、新しいオモチャを目にした少年のように、キラキラと輝いていたからだ。
「な?」
「……落ち込んでるのが馬鹿らしくなってくるね」
クツクツと笑う吹夜に嘆息して、紅咲は自身の脚元へと視線を落とした。
「にしても、着物ってすんごい動きづらい! これでどうやって蹴り上げろっていうの!」
「袖も邪魔になるな。アクションシーンで朱斗が時折袖を払ってたの、只の『演出』だと思ってたが、上手いこと除けてたのか」
百聞は一見にしかず、ではないが、実際に体感する事で得る気付きは身にしみる。
喚く紅咲としみじみと呟く吹夜に、声が届いていたらしい睦子が「あ、でしたら」と声を上げた。
「衣装に対する要望点がありましたら、黒板に書いておいてもらってもいいですか? 作る時に考慮するので」
「いいのか? 助かる」
「ねえ、これじゃ練習にもなんないんだけど、脚動かせるようにならない?」
椅子から立ち上がった睦子は「そうですね……」と思案しながら歩を進め、
「多少不格好にはなりますけど、腰下の合わせ目をズラしてみましょうか」
「うん、お願い」
「あああああ凛詠サン! 下に体操服は……!」
「うっさいなー、着付けの時から履いてただろ。節穴か」
「サーセンッ!」
緩めた事で随分と着物のラインが崩れてしまったが、実際の沙羅の衣装も膝下からカーテンのように開いているため大きな問題はないだろうと睦子が告げる。
なら、と脚さばきを確認して満足気な紅咲が戻ると、このめと吹夜も殺陣の確認を止め、三人での確認となった。
曲を口ずさみながらテンポを取り、スローモーションの動きを重ねていく。
「ここは俺こっちまで振り抜くから」
「じゃあ、踏み込みは半歩下がっておくか」
「で、凛詠の蹴り上げ」
「この辺まで上げようと思ってたけど、なんか綺麗さに欠けるからここまでにする。その代わり、着物の裾が動くようにサイド大きめに回すから、当たらないようにして」
「うん、わかった」
一連の流れを丁寧に打ち合わせて、再び曲を流しビデオカメラを回す三人を見遣りながら、「それにしても」と睦子が呟いた。
「これだけ動くのなら、帯も固定しないと落ちてきそうですね……」
「縫い付けか?」
「いえ、それでは着脱が大変ですし……スナップボタンとかで固定してみますか」
スナップボタン。なるほど、その発想は無かった。
この辺りだろうかとデッサンの予定箇所に印を付ける睦子に頼もしさを覚えた定霜は、密かに引っかかりを感じていた違和感を切り出した。
このめにも紅咲にも、ましてや吹夜にも相談した事はない、本当に自身の胸中だけに留めていた疑問だ。
「あー……あとちょっと気になったんだけどよ、この部分の布の翻りって二枚重ねじゃしんどくねーか? でも生地がペラいってワケじゃねーし」
「そこは本当に二枚で重ねるんじゃなくて、見える所だけ付け足して作るほうがいいかもしれませんね。和装って重くなりますし、その状態でアクションを交えた演技は、負担が大きいですから」
「そっか、なるほどな。頭いーな」
「あとは武器の作り方も調べてみないとですね。安全かつ軽量で、舞台映えする感じで……。今使っているようなプラスチック製のものをベースに改良するのが無難な気もしますが……どうかしました?」
「お前さ、演劇部じゃなくてよかったのかよ?」
嫌味ではなく、素直な疑問として口をついて出た言葉に、睦子は虚を突かれたように目を丸くした。
慣れていないと言いつつも睦子の提案は的確で、話が早く思慮深い。これは元より、舞台方面の衣装に携わりたいと望んでいたのではないか。定霜はそう感じたのだ。
答えを待って見つめる定霜に睦子は数度瞬き、それから肩幅を狭めて苦笑を浮かべた。
「実の所、見学には行ったんです。そこに決めようと思ってました。でも、見学に行った帰りに忘れモノに気付いて、この教室の前を通ったんです。そしたら皆さんが凄く真剣に、楽しそうに演技をしてて。それからどうにも、気になっちゃって。……中々声をかける勇気がでなくって、いつもあと一歩が踏み出せなかったんです。けどさっき、思わずでしたけど飛び込めて、本当に良かったです」
はにかむ睦子からは、後悔など微塵も感じられない。むしろ。
「……楽しそうだな」
ポツリと落とした言葉に、睦子は瞳を和らげ、
「迅くんは? 演技には興味ないんですか?」
「人前で演技とかこっ恥ずかしくってムリムリ」
「そうですか。迅くんは、演出の方が向いているのかもしれませんね」
「演出?」
予想だにしていなかった言葉に片眉を跳ね上げると、睦子は「はい」と微笑みながら頷き、
「確か、演技の指導をしていましたよね。それにこのノートも、『見せ方』って視点での分析が多いですし。ライトがどうとか、代わりになる効果とか」
「……どーせなら、カッコイイほうがいいだろ」
ただ気になってしまっただけで、深い意図は無かったのだとそっぽを向く。
買いかぶり過ぎたと嘆息されるかと思いきや、意外にも睦子は、穏やかな笑みのまま首肯した。
「同感です。皆さんの演技を無駄にしないよう、サポート役として頑張りましょう」
あまり考えないようにしていたが、少しでも元の役者の演技に近づけようと奮闘する三人に、言い様が無い『ズレ』と感じていたのは事実だ。
それは例えどんなに感謝を伝えられても、結局自身は『演者』ではないという疎外感だったのかもしれない。そう思える程に、睦子の発した『サポート役』という単語が、妙にしっくりと収まった。
そして同時に、確かな歓喜を覚えた。定霜にとって、睦子は初めて得た『同じ側』の仲間だからだ。
けれども沸き立つまま感情を表に出すのは柄でなない。緩みそうになる頬を、定霜は必死に堪える。
堪えすぎて、眉間に変な力が入っているのも気づかないまま、出来るだけ素っ気なく発した「……おう」の一言に、睦子はやはり目元を和らげて嬉しげな笑みを零した。
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