第8話愛好部始動!④

 このめが謝罪を口にする前に、ツカツカと歩み寄ってきた紅咲はギロリと三人を睨め上げ、


「なんで僕だけひとりなの! 混ざる!」

「へ?」


 あ、そこだったんだ?

 拍子抜けするこのめとは正反対に、吹夜は飄々とした顔のまま、


「セリフは?」

「冒頭の朱斗とのやり取りんトコなら覚えた」

「凛詠サン、さすがっス!」

「このめは見てて! 啓はスタンバイ!」

「へーへー」


 窓側へと向かう紅咲とすれ違うようにして移動した吹夜が、気だるげに中央より廊下側に陣取る。「啓、テメエ! 凛詠サンと演るんだからもっとシャキッとしろ!」と憤る定霜にも、すっかり慣れたようでどこ吹く風だ。


 開始の合図を任されたこのめは、定霜と共に後方机前の位置で二人のタイミングを待った。

 紅咲と吹夜はその場で軽い打ち合わせを交わし、再び自身の立つ位置を確認してから、間を置いてこのめに了承の目を向ける。


「じゃあ、スタート!」


 このめがパンと手を鳴らした。

 上半身だけで振り返るようにして吹夜を見遣った紅咲が、架空の番傘を肩にかけ、同じく見えない扇で口元を隠す。


「『不器用な男じゃのぉ。何故真実を話さずに、敢えて己の身を切る道をとるのじゃ?』」

「『真実を告げた所で、何も変わらない。今はもう一刻を争う状態だと、お前も分かっているだろう化け狐。それともお前は、翔を本能に従うままの妖かしにしたいのか』」


 鋭い目つきで射る吹夜に、紅咲は態とらしく肩を揺らす。


「『おお怖い。まだわらわを信用出来ぬか?』」

「『翔を喰うつもりがないのはわかる。だが、道連れにしないとは限らん』」


 隠さない警戒を一身に受けた紅咲は、何かを懐かしむように視線を遠くへ投げ、目元を和らげた。


「『そうじゃのお、長くを一人で生きるのは実につまらんものよ。妖かしとしての本能に狂った『烏天狗』と暴挙の限りを尽くすのもまた魅力的じゃが……あやつは、共に在ると言ってくれた。笑えるほど阿呆で、救いようの無いほど律儀な男で。……わらわは『烏天狗』よりも、そんな愚かなあやつの方が好きじゃ』」

「『……なら、手を貸せ。覚醒した『烏天狗』は、オレ一人の力じゃ抑えきれんだろう』」

「『共に身を切れと言うか、白蛇よ』」

「『そうだ』」

「『珍しく素直じゃのお。張り合いが無くて実につまらん』」

「『答えは』」


 低い声で急く吹夜に、クスリとつり上がった口角。


「『……仕方がないからの、わらわも愚行に身を投じてやろうぞ。あやつの言葉を借りるのならば、『友』を救うのは、『友』の役目じゃ』」


 照らされていたライトが消え行くように、教室内の空気がすっと沈む。

 終演。感動に打ち震えたこのめは、たまらず「り、りよんーっ!」と駆け出し、勢いのまま紅咲へと飛びついた。


「っ! ちょっ!」


 驚愕と重みに身体がよろめくも、紅咲はなんとかグッと耐えた。

 呆気に取られていた定霜がやっと事態を把握し、


「このめテメッ! なにを……!」

「すっごいよ! もうあんな覚えたの? なんだろうこう、今凄く胸がうがーっ! って熱くなってる!」


 肩を掴み、輝く瞳で惜しみない称賛を告げるこのめ。

 紅咲と定霜はポカンとしていたが、暫くして紅咲が「まあね」と仕方なさそうな顔で息をついた。


「で? このめはテンション上がると飛びつくタイプ?」

「え? あ! ご、ごめんっ!」


 このめは羞恥に顔を赤らめ、ハッとしたように一歩を飛び退いた。

 しまった。やってしまった。

 幼馴染ゆえ事情を知る吹夜は呆れ顔で、


「悪い癖だろ?」

「まあ、良くはないだろうね」

「ホントごめん! 今後は気をつけるから!」

「その台詞、何回目だよ?」

「オイコラこのめ……凛詠サンに抱きつくなんざあ、覚悟は出来てんだろーなあ?」


 バキバキと指をならし歩を進めてくる定霜は、鬼のような怒りの形相だ。


「わー! だから本当無意識なんだって! お、落ち着こ! 迅! 話せばわかる!」


 必死に言い募るこのめの横で、腰に手を当てた紅咲が「いいよ、迅」と助け舟を出してくれた。


「このめの『癖』ね。覚えといてあげる」

「うえっ、ありがとう凛詠……!」

「いいんスか? ……フン、凛詠サンの寛大なお心に感謝しろよ!」

「過保護な番犬だな」

「過保護じゃねえこれでも足りねぇくれーだ!」

「迅、ウルサイ。それで? 僕の演技に対する具体的な評価は?」


 得意げな笑みで意見を求める紅咲に、定霜がコロリと表情を変えていち早く反応する。


「超絶綺麗格好いいっス!」

「それ具体的って言わないから」


 続いたのは吹夜だ。


「伊達に普段から猫かぶってないな」


 吹夜にしてはわかりやすい褒め言葉だが、皮肉を含んだ言い回しは紅咲の機嫌を損ねるのでは。

 このめはそう思ったが、紅咲はキッチリ称賛の意図を汲み取ったようで、「そりゃどーも」と余裕の笑みで返していた。

 この二人、案外気が合うのかもしれない。


「このめは?」

「ええと、凛詠ってなんか音楽やってた? 音のとり方って言うのかな……抑揚の付け方とか、間のとり方がスゴい上手い」

「別に何もやってないケド、耳は良い方なんじゃない? で、迅」

「ッス!」

「僕の、改善点は?」

「!」


 まさか紅咲から訊ねられるとは思わなかったのだろう。

 ピシリと固まった定霜は、しどろもどろ視線を逸らす。


「そんな、凛詠サンは完璧っス! 俺ごときが指摘するコトなんて何一つ――」

「迅」

「!」


 責めるような視線と声色。

 定霜は戸惑いに数秒目を泳がせていたが、両手をグッと握りしめ、固く瞼を閉じると意を決して口を開いた。


「っ、強いて、強いて言わせて頂くのならば! ……動きに、『タメ』がありません……っ!」

「ふーん、『タメ』、ね」桜色の瞳がスッと細まる。

「あと、あともう一点、もう一点だけ許されるのならば! もっとネットリとした喋りでいいと思います!」

「ネットリって」

「サーセンッ!」


 勢い良く膝を折り土下座する定霜に動じたのはこのめだけで、吹夜は特に気にした風もなく、「ああ、それは俺も思った」と頷いた。


「喋りにエロさが足んねえ」

「えっ、ろ!?」

「け、けいおまっ、おままままなにをっ!」


 単語に顔を赤くするこのめと反対に青くする定霜に対し、当の紅咲は「言い方」と冷静に、


「エロさが足んない、ねえ。ま、それは動きも合わせて、最大の課題だろうね」

「エロくねー沙羅なんて沙羅じゃねえ」

「なに? 沙羅推しなの?」

「どう見たっていいオンナだろ。女じゃねーけど」

「そこが残念なトコだよねえ」


 しみじみと沙羅談義を交わす二人。漂うのは余裕というより、縁側で茶を酌み交わすようなまどろんだ空気だ。

 そうこうしているうちに思考を取り戻したこのめは、先程の羞恥を振り切るように「それにしても!」と声をあげた。


「この調子なら、凛詠もすぐにアクションの練習に入れそうだね」

「早くやりたいんだよねー。そっちのが楽しそうだし、覚えんの難しそうだし」

「凛詠サン! 俺で良ければいつでもお相手致します!」

「それにしてもさあ、このめ」


 サラリと定霜を無視した紅咲が、天井に向かって伸ばした両腕を緩めながら訊く。


「『鬼』はどうすんの?」


 痛いところを突かれた。


「……そこは、しばしお待ちを」

「そ。頑張ってよ、部長サン」


 茶化すような笑みを向けられ、このめはまだ見つけられない現状に一人頭を抱えた。

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