第三章 全力でサポートします!
第9話全力でサポートします!①
「昨日買ってきてみたんだが、これで大丈夫か?」
武舘から受け取ったビニール袋を開き、飛び込んできた目的の物品にこのめは目を輝かせた。
横倒しになっている、朱色の番傘。沙羅のトレードマークである。
武舘は百均を渡り歩き、三百円で購入したという。
「ありがとうございます、バッチリです!」
「そうか? なら良かった! それとだなー……」
教卓に乗せられた布製の手提げに、興味の目が集まる。「ジャジャーン!」という口頭のファンファーレと共に取り出されたのは、掌にスッポリと収まるサイズのビデオカメラと、薄型のノートパソコンだった。
「ど、どうしたんですか? コレ」
「フッフッフッ。先生はな、気付いてしまったんだ! こうしてビデオで撮って確認できれば、客席から動きがどう見えているのかわかりやすいだろ? そして今後、練習場所が教室外になっても、ノートパソコンがあればDVDを観れる!」
「自腹すか」
すかさず尋ねた吹夜に、武舘は爽やかな笑みを浮かべ、
「必要なんじゃないかと思ったら、居ても立ってもいられなくってな!」
まだ『部』ではない『愛好部』では、学校側からの援助も少ない。
仮に部に昇格し補助金が増えても、衣装や小道具と入用な物を揃えるにも精一杯で、ビデオカメラやパソコンなんて夢のまた夢だろう。
これは紛れもなく武舘の好意だ。
「そんなわざわざっ! スミマセン!」
このめが恐縮して頭を下げると、武舘は「先生が好きでやってるんだ、気にするな!」と朗らかに笑った。
感動と感謝に涙が浮かんでくる。だがそれは、このめだけだったらしい。
早速とビデオカメラを手に操作を確認する定霜が、ボソリと呟いた。
「こーゆーの思いつきでポンと買えちまうとか、社会人ってヤベェな」
「他に使い道がないんじゃないか?」
「ちょっと迅! 啓!」
折角の恩を仇で返すような暴言だ。
このめが慌てて嗜めると、「いいんだ」と肩にそっと掌が乗せられた。
「否定は、出来ないからな……。最近はこれといった趣味もないし、恋人も、いないし」
窓外の夕焼けを眩しそうに見つめる武舘に、何とも悲しげな哀愁が漂う。
「……悪いセンセー、無神経なコト言った」
「こっ、コーヒー買ってくるか?」
「仕事が趣味って、格好いいと思いますよ」
打ちひしがれる武舘に空気を読んだのか、慰めには紅咲も加わっている。
生徒三人のフォローになんとか立ち直った武舘は職員会議があるからと、「大事に使ってくれよ!」と言い残して去っていった。
武舘の余暇に関する話題は厳禁だと固く誓い、このめ達は気を取り直して机を後方に寄せた。練習用の空間を作ってから改めて教卓を囲み、各々手にしていた紙袋やら手提げやらを広げる。
このめが持参したのは姉の古い浴衣だ。
「ハイ、これは凛詠の練習用に。もう着ないやつだから、汚しても平気だって」
「ありがと。家族の人にもお礼言っといて」
受け取った紅咲は物珍しそうに浴衣を広げ、しげしげと眺めている。このめはもう一つ、自身が中学に上がりたての頃に着用していた浴衣と、ネットで購入した安価な袴を取り出した。
着物を衣装とする朱斗や沙羅とは違い、翔は詰め襟に着物、そして袴という所謂『書生姿』に近い衣装だからだ。
「啓は? 持ってきた?」
「ああ、コレだろ?」
取り出された黒地の浴衣。このめと同じく、中学一年の夏祭りに着用していたものだ。
「わー懐かしいねー。結局一回しか着なかったけど」
「俺は二回着たぞ」
「え! いつ?」
「親父とお袋に連行された花火大会で」
「ああー……なんか言ってたね、あの時か」
確かこのめは家族旅行の真っ只中で、吹夜の母の誘いを断った母親が「残念だったわー」と酷く落胆していた。
懐かしさに浸るこのめの思考を、「ホラ」と紅咲の声が引戻す。
「僕も持ってきたよ、扇子。練習用だし、なんでもいいんでしょ?」
「うん。わ、ちゃんと布のヤツだ」
「紙のやつだと破れそうじゃん。ま、コレも百均のだけど」
「先読みさすがっス凛詠サン!」
これで話し合っていた品物は全部だ。
動きの練習を進めていくにも、本番の衣装に近い服装の方がいいだろうと、このめがこの持ち寄りを提案した。
ジャージと和装では随分と勝手が違う。それに、練習中の気付きは衣装の改善にも反映できる。
このめ達は舞台未経験者だ。手探りながらも出来る事は全部やりたいし、試すなら早いに越した事はない。
早速着てみようと各自浴衣を羽織ってみる。が、
「……帯ってどうやるんだっけ?」
「……さあな」
硬直するこのめと吹夜。紅咲が訝しげに眉根を寄せる。
「ちょっと、着たことあるんでしょ?」
「着付けは母さんがやってくれてたから……」
「俺もだ」
「ったく、使えねえなあ」
定霜が溜息交じりに「検索すりゃ出てくるだろーが」と着付けサイトを開いてくれたが、文字とイラストの説明でもいまいち理解が及ばない。
「啓のはザックリ結んどけばいいし、俺も袴だから大体でいいけど、凛詠のヤツ全然わかんない……。え? 左を肩にかけて、右を折る?」
「いや、折るって内折りじゃなくて外側じゃないか? つーかもう、紐だけでよくね?」
「バッカヤロ! そんな不格好な状態で凛詠サンに演技させられるか!」
「んじゃお前が着つけてやれよ、ホラ」
「おっ、俺には……無理だ」
「んで赤くなってんだよ、意味わかんねえ」
ガクリと膝から崩れ落ち床に手をつく定霜を、吹夜が冷ややかに見遣った時だった。
控えめに開かれた扉の音に視線を転じると、困ったような顔で立つ小柄な青年がひとり。
「あ」
と声を出したのはこのめだ。
彼には見覚えがある。
「
確認するように吹夜を振り返ると、「そうだったか?」と首を捻っている。
記憶違いだっただろうか。心許ない返しに不安を駆られ「間違ってたらゴメン!」と付け足す前に、彼が首肯してくれた。
「はい、
「うん! あ、もしかして忘れ物? ゴメン、占領してて! 気にしないで入って――」
「あ、あのっ!」
胸の前でギュウと拳を作った睦子の声が、教室に響き渡る。
「良ければ、僕にやらせて頂けませんかっ!」
「……え?」
「そのっ! 浴衣の着付け! わかる、ので、お手伝い出来たら、と……」
だんだんと尻窄みになっていく声と共に、睦子の視線も落ちていく。
が、このめは構わず詰め寄った。睦子の手を握り込み、爛々と輝く瞳で繰り返す。
――逃がすもんか。
「できるの?」
「へ? あ、はい。一番普通の結び方ですが」
「十分だよ! 啓、迅、どいて!」
「お役御免か」
「凛詠サン、俺が不甲斐ないばっかりに、サーセンッ!」
「いいから、邪魔」
吹夜から「よろしくな」と帯を受け取った睦子の着付けは、実に手慣れたものだった。
このめ達が数十分格闘した帯が紅咲の周囲を細かく動き、あっと言う間に腹の前でリボンを形作る。
「ちょっとここ、抑えててもらってもいいですか?」
仕上げとばかりに睦子が帯全体をグッと回すと、帯のリボンは綺麗に背に収まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます