第7話愛好部始動!③
台本の精査を終えた翌日から、このめと吹夜は動作付きの練習に入る事にした。
入学前から読み合わせを始めていたので、既に台詞の殆どを覚えているのだ。
生徒の出払った教室のドアに、作り直してきた『二.五次元舞台愛好部』の札を張り(それでも紅咲はどこか不服そうだった)、机と椅子を後方に除け、前方に空間を作った。
黒板前にスクリーンを下ろし、プロジェクターで映像を投影する。紅咲は除けた座席の一角で、定霜を相手に読み合わせをしている。
今、映像の操作権はこのめにあった。吹夜と共に該当のアクションシーンを凝視している。
このめの手には百均で仕入れてきた、プラスチック製の白い突っ張り棒が握られている。同じく吹夜も、ひと目で玩具だとわかる簡素な刀を握り込めていた。
不意に吹夜が声を上げた。
「あ? 待て、巻き戻し。なんだ今の。刀どうなってんだ?」
「うーん、手首だけで回してる感じじゃなかったね。ええと、スローモーションは確か……これだ」
ピッピッという操作音の後、巻き戻された映像がゆっくりと動き出す。
「……鞘から抜いた後、指で挟んでるのか」
言いながら吹夜は真似して柄を指で挟み、刀身をクルリと一回転させた。
が、どうにもぎこちない。
「これをあのスピードでやんのか……」
「練習あるのみ、だね……」
吹夜の演じる朱斗は刀を、このめの演じる翔は仕込錫杖を武器とする。
当然、アクションシーンは殺陣が主になるのだが、勿論この部内に経験者などいない。
映像を元に、形を真似ていくしかないのだ。
「俺がここで屈んで、朱斗が一振りの、止めて、いち、に」
「あ? ここ右足もっと奥か?」
「かな? で、俺がこっちじゃん?」
脳内に焼き付けた映像と照らし合わせながら、動きを一つずつ確認していく。
と、突然。
「アアーったく! ちげえちげえ!」
紅咲の向かい側で着席していた定霜が、痺れを切らしたように台本を叩き置いて立ち上がった。
大股でズカズカと近寄ってきたかと思うと、このめと吹夜の肩を順に掴み、力任せに上体を動かす。
「このめはもっと重心左! テメエはもっとガッと右倒し! ホラ! 肩張れ!」
「え? あ、うん!」
「ちっか」
「アア? それくらいやってただろーがよ! ちょっとそのまま止まってろ!」
ポケットからスマフォを取り出して数歩離れた定霜は、素早く写真を撮ると再び戻り、
「ほらよ! これで丁度だろ!」
向けられた画面を覗きこむと、確かに映像で見た『画』と近い体制で写っている。
「ホントだ……」
「だろ? 大体啓もさっきから動きがシャッとしすぎなんだよ! 『朱斗』はもうすこし骨太な動きするだろーが!」
「まだ確認の段階だかんな。一応、頭入れとくけど。つーか、いつの間に『啓』になってんだよ」
「ッセェ! このめが『啓、啓』ウッセーからうつんだよ!」
どうやら定霜は指摘したかったのを、ずっと堪えていたらしい。
手渡されていた画面を再び覗き込みながら、このめはその再現度に胸中がホワリと温まるのを感じた。
この教室には、鏡がない。こうして誰かが客観的に見て、判断してくれるのは、とても大きい。
それにしても。
定霜に動かされた時は『大袈裟だ』と思ったが、案外そのくらいで『丁度』となるようだ。
「ねえ、迅。今んとこ区切りの最初から演ってみるから、動きの確認してくれない?」
「アア? まあ、いいけどよ」
面倒そうながらも頷いた定霜に、吹夜は「へえ」と顎に手をやり、
「お前、わかんのか?」
「テッメ馬鹿にすんなよ! さっき体制作ってやっただろーが!」
本当に演るのか、と問う吹夜の視線にこのめが頷くと、吹夜は軽く肩を竦めながらも歩を進めて位置についた。
このめの貸したDVDは、まだ紅咲が持っている筈だ。つまり定霜は、この教室でしか映像を観ていない。
だが確かに、先程指南された場面は舞台の通りだった。
このめと吹夜は切り替えるように薄く息を吐き出し、構えの姿勢をとる。
「――いくよ」
駈け出したのはこのめだ。
飛びかかるようにして振り下ろした棒を吹夜が刀で受け止め、即座に左手にした鞘を振るう。それをこのめは屈んで避ける。と、勢いのままクルリと身体を回した吹夜は、今度こそその刀をこのめ目掛けて振り下ろした。
低い体制のまま棒で受け止め、弾く。そのまま腕を抜き、返して右、左と斬りかかる。
吹夜が最後の一斬りを受けよろめいた隙を狙い、このめは突くようにして棒を振るった。
が、吹夜は寸前に刀で防ぎ、力任せに押し込もうとするこのめの腕に耐えながら、一歩を詰める。ここが、先程定霜に指摘された箇所だ。
吹夜とアイコンタクトを取り、このめは定霜へと視線を遣りながら、
「……こんな感じなんだけど」
たったこれだけの動きでも息が上がる。
肩で息を繰り返しながら体制を戻し、定霜を見遣った。腕組む彼の眉間には、やはり不満の色が深い。
「まずこのめ、全体的に動きが小せえし、弱っちい。武器の衝突んとき勢い緩めるのが早え。あとしゃがみ方がダセエ。組み体操じゃねぇんだぞ!」
「うっ、やっぱり、足伸びきってないんだ……」
「んで啓! さっきも言ったがシュッとしすぎだ!」
「これでもか? あー、もうちょい肘張るか」
「それもだろーけど、姿勢が良すぎんだよ。背筋が伸びすぎってーか」
「背筋、なあ……なるほどな。このめ、再生」
「うん!」
置いていたリモコンで急いで画面を巻き戻し、演じた箇所を再生する。
定霜の指摘を注視して観ると、確かに納得の不満だ。このめが思わず「スゴいね、迅!」と振り返ると、定霜は焦ったような顔で「テメエらがザックリすぎんだろうが!」と返してくる。
これは定霜なりの照れ隠しだ。このめは何となく察して、「ゴメン」と微笑んだ。
「そっかぁ、もっと大きく動かないとかぁ……」
「でもスピードは落とすんじゃねえぞ。只でさえ遅えんだ。これ以上落としたら虫が止まる」
「止まるか?」
「物理的な話しじゃねえよ! 例えだろうが!」
「あーもーなんなの!」
ガタリと椅子を鳴らして紅咲が立ち上がる。
そういえば読み合わせの最中だっただろうに、うっかり定霜を奪い取ってしまった。
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