第6話愛好部始動!②

 カーテンコールと共にクレジットが流れきり、映像が再びメニュー画面へと戻った頃、やっとの事で『こちら側』に生身の声が落とされた。


「……スゴいな」


 武舘だ。声の主を追うように、全員の眼が集まる。


「いや、先生、こーゆーのは初めて観たんだが……ビックリした。元の漫画も知らないのに、『芝居』として引き込まれる。もっとこう、失礼だけど、『子供向け』なんだと思ってて」

「観るまではそう思ってる人が多いのも事実ですし、俺も、初めは想像も付きませんでした」


 恐縮する武舘にこのめが告げると、真っ直ぐな視線が向けられる。


「これを、演るのか?」

「流石にこんな派手な演出は無理なので、本当に簡易版になりますけど、演技面で再現出来る範囲はやるつもりです」

「……そうか」


 思案するように押し黙った武舘に、台本を閉じた吹夜が口を開く。


「コイツ、中学ん時からずっとこの芝居がしたいって言ってて、この学校受けたのだって、舞台装置に目が眩んだからなんすよ」

「ちょっ! バラすなよ!」慌てるこのめに武舘は吹き出し、

「ハハハッ! そうだったのか。学校が綺麗だって理由で受ける生徒もいるんだ。キッカケがなんだろうと、関係ないさ。……如月はそれで、ちゃんと受かったんだな」


 目元を和らげ噛みしめるように呟いた武舘は、空気を切り変えるように「よし!」と手を打った。

 ニッと歯を見せて笑う。


「先生は感動した! 出来る限りの協力はするから、何でも頼ってくれ!」


***


 プロジェクターの片付け方を説明した武舘が職員室に戻って行くと、そのタイミングを待っていたかのように、定霜が立ち上がった。

 眉間に皺を何本も刻んだ険しい表情で、このめの前に立つ。


「ど、どうかした?」

「俺は、人前で演技なんてゴメンだ」


 地を這う唸り声に、吹夜が呆れたような息をつく。


「ならなんで入ったんだよ。ウチが欲しかったのは、紅咲だけだぞ」

「アアッ? 凛詠サン一人でんなわけわかんねえ部に置いてけっか!」

「迅、うるさい」

「サーセン!」


 紅咲は先程からプロジェクターのリモコンを操作して、細かく停止しながら台本と見比べている。

 定霜にはそもそも演技をする気がないのだと、初めからわかっていたのだろう。


「あ、でも! 舞台やるにも必要な役割は沢山あるし! 例えば小道具とか衣装とか!」

「衣装……はしんどいな。とりあえずマークついてるトコで、必要そうなもんでも書き出しとくか……」

「それ助かる! 俺の台本って、台詞抜き出して簡単な動きを足した程度だから」


 演技以外であれば、協力体制にあるらしい。

 てっきり紅咲のサポートに専念するのかと思いきや名案を提示され、このめは失礼ながら少しだけ驚いた。


 好戦的な態度や荒々しい言動からどうにも取っ付き難い印象が先行するが、分かり難いだけで、案外責任感が強く友好的な性格なのかもしれない。


 座席へと戻った定霜は乱雑に腰を下ろすと、通学に使用しているリュックからペンケースを取り出した。

 このめは少しだけ考えてから、その側へと寄った。意図を持って「ねえねえ」と声をかけると、怪訝そうな眼が向く。


「なんだよ」

「俺、啓は啓って呼んでるし、凛詠も凛詠って呼ぶことにしたから、定霜くんも、『迅』って呼んでいい?」


 定霜は嫌そうに思いっきり顔を顰めたが、数秒の沈黙の後、渋々といった様子で「……勝手にしやがれ」とソッポを向いた。

 何が面白かったのか、様子を伺っていた吹夜が吹き出しクツクツと笑うので、気づいた定霜がすかさず「テッメなんだ文句あんのか!」といきり立ち、「迅、うるさいって言ってるだろ」と紅咲に睨まれていた。


***


 既に台本の流れを大まかに覚えているこのめと吹夜は、軽い読み合わせを重ねながら台本の精査にあたる。時間の都合で、二分の一以下に削らなければいけない。

 だがいくら簡易版とはいえ、舞台として物語が成立しなければ元も子もなく、不自然にならないよう場面と場面の『繋ぎ』も意識しなければならなかった。

 削っては付け加え、削っては付け加え。パズルのように、区切った場面と場面を組み合わせていく。


「うーん、やっぱこれでも多いかあ……」

「いっそ前半はガッツリ削っちまえば」

「ここも? あー……本当に『覚醒』のトコだけに絞る感じ?」

「テンポ早めて無理矢理押し込むより、本当に演りたいトコだけにしちまった方が、案外通じるんじゃね。キモはそこなんだし」


 吹夜の指摘は一理ある。

 この舞台の要になっているのは、翔の持つ妖かしの力を本当の意味で『覚醒』させようと、朱斗と沙羅が命を張って奮闘する部分だ。

 アクションも派手で、揺れるそれぞれの思いがぶつかり合う様は、観客を圧倒する『見せ場』にもなっている。


「……に、しても」


 吹夜が指裏で、机上に置いた台本をコツリと弾いた。


「やっぱどう転んでも、『鬼』は必要になるワケなんだが」

「……だよねー」


 『鬼』の碧寿へきじゅ。純真な妖かしで、翔や周囲と何かと因縁のある相手。今回も例外なく、弱った翔の元に現れ、その『在り方』を巡って攻防を繰り広げる。

 人気も高く、絶対に削れないキャラクター。このめも、よくわかっている。


「目星ついてんのか?」

「いや、まだ……。啓は?」


 あまり期待せずに問いかけると、意外にも吹夜は、考えるような素振りをした。


「……いるっちゃあ、いる。けどあの人は、俺達がどうこう出来る人じゃねーから」

「ふーん?」


 他校生か、はたまた教師か。言外に「その人は無理だ」という意図を拾い、このめはそれ以上を訊ねなかった。

 吹夜がこうして核心をぼかす時は、大抵教えてはもらえない。


(……誘うのは無理だとしても、啓は、みつけたんだ)


 確かこの舞台で碧寿を演じた役者は、三十を超えていた気がする。武舘よりも年上。だが美麗な面持ちと納得の演技が相まって、人としての年齢云々というより、長年を生きた『妖かし』そのものに思えた。

 その『碧寿』に近いイメージのある人物。

 このめはまだ、紅咲の時のように『この人だ』と思える相手に、出会えていない。


(早く、みつけないと)


 文化祭は七月。遠いようで、時間はない。


「ちょっとこのめ! ここの漢字、変換ミスってるんだけど」

「え! ドコ? ごめん!」


 咎める紅咲の声に跳ね上がるようにして立ち上がり、慌てて机の合間を縫って行くこのめの背を、吹夜は嘆息しながら見送った。

 定霜がいつものように「テメエ! 凛詠サンに迷惑かけてんじゃねーぞ!」と叫んだが、ピタリと停止したこのめに見据えられ、何を言うでもなく吟味するような双眼に狼狽えるという一幕があった。


 おそらくこのめの脳内に、一瞬。ほんの一瞬だけ「定霜は……?」という考えが過ぎったのだろう。


「お、おお……? なんだやんのか」


 当惑しながらも構えの姿勢をとった定霜から、こめめは「ううん、なんでもない」と視線を外す。どうやら、定霜が『鬼』になることはないようだ。

 確定したこのめの判断に、吹夜は胸中でこっそりと安堵した。


 吹夜の担う朱斗は、覚醒した翔を『人』に戻すべく奮闘しながらも、その身を碧寿から守るために文字通り命を燃やす。

 純粋な実力差で言うのなら、半妖の朱斗は碧寿に敵わない。わかっていて、それでも必死に立ち向かうのだ。


 こういっては何だが、定霜相手では物足りない。もっと涼しげで、水鏡のように透き通った純真な殺意の似合う相手がいい。

 そう、『あの人』のような。


「ごめん凛詠、ドコ?」

「ココ。なに『嘲笑わ』って、一人称でしょ?」

「あー……全然気がつなかった。データ直しとく」

「あとこのセリフの言い回し、なんかこの二人の過去に関係してるっぽいんだけど、なんかあったの?」

「あ、そこはね」

「てゆーか漫画も貸してよ。どうせ持ってるんでしょ?」


 話すこのめと紅咲に、昨日までの緊張感はない。

 このめから紅咲を勧誘したいと打ち明けられた時、吹夜は納得したと同時に長期戦になるだろうと思った。最悪、無理ではないかと。


 それは紅咲が綺麗に隠していた本性を何となく察知していたのと、定霜の『警備』がどうにも面倒で、力にしろ話術にしろ捩じ伏せる術を持たないこのめには、突破しきれないだろうと考えたからだ。


 時期を見て、公演と演者のどちらを優先するのか、このめの説得にあたらなければと算段を立てていた。

 けれどもこのめは、紅咲を口説き落とした。それも、定霜付きで。


 一度懐に入ってしまえば、このめは強い。知ってはいたが、今回の件は、このめのその『強さ』を確固たるものにした。

 だから、もしもと。吹夜は先程このめに伏せた人物を、脳内に思い浮かべる。

 もし、このめの熱意が『縁』となり、『あの人』とこのめが引き会えたなら。


「……都合が良すぎるか」


 ポツリと零した呟きを拾い、振り返ったこのめが首を傾げる。


「ん? なんか言った、啓?」

「いーや。 つーかシゲちゃんセンセーに頼んで、漫画も『資料』として許可してもらった方がいいんじゃねーか?」

「あ、確かに!」

「そうしてよ。僕も一気に持って帰るのはシンドイし」

「その心配は必要ありません凛詠サン! 俺が家までお持ちします!」

「いらない」


 こうと決めたら頑固な幼馴染を適度な所で宥めるのも、昔からの役割だ。

 先の見えない『期待』を胸中に押し込み、吹夜は『これから』に思考を切り替えた。

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