34歳 最期

 32歳。オレは日本の大学の助教授として帰国することになった。


 同時に自分の周辺がきな臭くなってきた。

 特殊データ通貨の席巻をIMFが強硬的に鎮静化した。オレは、そのプロジェクトの案を構築したチームのメンバーだった。2週間前、メンバーの1人が高層ビルから飛び降り自殺。他殺だと思う。他殺だと考えたのはオレだけじゃなく、メンバーの中には自分でSPを雇った者もいる。


 日本からの話があったとき、漠然と、死ぬなら日本の方が家族に迷惑がかからないだろうなと考えた。

 

 あ、そうそう。数年前、円が消滅した。

 日本の通貨はドル。同時に日本が抱えていた膨大な国債の全てを日本銀行が買い上げ、消却。円の消滅と共に日本銀行が消滅。GDPの270%を超える財政赤字はチャラ。


 リスク回避通貨だった円がなくなるとき、偶然にも世界は好景気に浮かれていて、1つの通貨が消えるという経済危機は吸収された。

 日本銀行に変わるものとして、JPCB(ジャパン・セントラル・バンク)が設立された。上から見ると「円」になっている日本銀行の建物は博物館になった。


 今回、日本に迎えられるのは、JPCBがIMFへの繋ぎの駒としてかもしれない。

 IMFの次の目標は、ドルと元を統一すること。

 17歳のときのG「ゲル」発言によって、不幸にもオレは、世界統一通貨の象徴的な人間になってしまっている。あんな冗談のせいでさ。


 命狙われるわけだよ。

 為替によってどれだけ多くの利益が守られてる? 発生してる? 

 ただ、通貨が世界で統一されるのは時間の問題で、オレが殺されようが関係ない。オレはただひたすら、あらゆることを想定し、自分にできる限りのことをするだけ。


「つーことで、オレ、横浜に帰っから」


 カルフォルニアにいる菊池に報告。


「横浜いーじゃん。テニ部のみんなによろしく言っといて」

「おう」

「大和、34歳の誕生日は祝いに行ってやっからな」


 菊池は、オレが34歳で殺されるということを覚えているらしい。




 あれからスマホは3台変えた。それでも初めて会った日のフラウの写真データは残っている。



 34歳を迎える30分前、オレはフラウに自分が殺される日を教えてもらった。

 過去は変えられない。


 約束通り、オレの34歳の誕生日に菊池はやって来た。


「なあ大和ぉ、もう1回、星宿海、行かね? そしたらさ、フラウが生き返ったみたいに、また奇跡っての? 起こるかもじゃん?」

「忙しくて無理。キクも忙しいだろ?」

「あー。殺人的に。でも大和が行くなら仕事辞めてでも行く」

「はははは。いいって。なんかさ、オレ、死ぬってーの、恐くなくなってきた」


 労働時間が減ったと言っても、それは一般的な話。年収50万ドル以上のホワイトカラーは睡眠時間以外は仕事のことを考えている。34歳の若僧に過ぎないオレ達の年収は微々たるものだけどさ、仕事量はハンパない。


 

 結論。34歳の雪の日、霞が関の路上。すれ違いざまに2発撃たれた。

 消音銃だったのか、それほど派手な音はしなかった。


 前に倒れた。

 分厚いコートのせいか、血は気づかれず、オレの体を揺らす人は「気分が悪いんですか?」と言った。声のする方へ顔を向けようと地面に左手を突いて、やっとの思いで顔をあげる。オレの体に手を掛ける人の隣にフラウが屈んで、オレの顔を覗き込んでいた。耳元で鮮やかな青色のイヤリングを揺らしながら。


「フラ……ゥ」


「大和、私も行くね。大和に会えない世界になんていられないもん」


 目の前から景色が消えたとき、意識が遠のく中で悲鳴とざわめきが聞こえた。



 BAKAじゃん、フラウ。

 だったら、過去のいろんなオレに会いに行けばいいのに。

 あの日以外の。

 なのにさ、フラウはあの日に行くんだろ?

 ザリン湖で爆発した日に。


 爆音、一瞬オレンジ色になった湖畔。次の瞬間、何事もなかったかのように静まり返った夜空。

 あの日フラウは言ったっけ。


「ねぇ大和。私の心ん中も頭ん中も時間も、全部、ぜーんぶ大和なの」


 オレも。

 17歳に出会ってから、全部フラウだった。


 姿を変えなくても、どんどんフラウが大人になっていくのを感じた。拷問にも近い、胸を掻きむしられるほどの苦しみを味わったっけ。触れられないってのは、キツイ。

 それも今日で終わる。


 オレは?

 ただのヘタレから少しは進化した? 未だ生餌もフナ虫もNGだけどさ。フラウが時を隔てて会いに来ようと思う男になった?


 冷たい雪が頬に舞い下りる。優しい。フラウの涙かもしれない。


 

 思い出すのは、オレが初めてフラウに出会った奇妙な日。

 横浜駅の通路。あざみ野の柱の前。


 そして、フラウが初めてオレに出会った日。


  

  

 フラウとオレの出会いはズレてたんだ。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る