G ゲル

「あの場所は、必要な人が行けばいいと思う。外国人であろうが、中国人であろうが。物見遊山の人には行って欲しくない。私にとってはそういう貴い場所なんだ」


「貴いと思います。あの景色を見て、素晴らしいと思ったり荘厳な気持ちになったりするのは、国境なんて関係ありません」


 素直な感想を口にした。


「うんうん。国境なんて関係ない。自分ではそう思ってるんだよ。なのにどういうわけか自分は、長い間、資本主義とか社会主義とか国家、そんなことばかりに囚われたよ」


 このじーさん、政治犯で刑務所暮らしだったのか?


「今、欧米の資本主義は社会主義に近づいている気がします。逆に社会主義の国は資本主義に近くなってる」

「私もそう思うよ。国家の景気、GNPや貿易のために、為替やインフレ率の誘導をするのはどの国の政府もやっていることだ」


 捕まるくらいだから、主犯格なんだろうなー。

 お爺さん、オレ、菊池って順番で座ってるから、自然とオレが話しかけられる。なんかディープになりそ。オレ、一介の高校生なんだけど。


「国境なんて関係ないって考えるなら、GNPも貿易収支も関係なくなりますね」


 置き竿のスタンド状態のオレは、ディープにならない部分を探る。


「はははは。本当だ。盲点だった。国境のない経済か」

「今、世界の半分が元を使っていますから、経済は国境線が薄くなりつつあると思います。いっそのこと、元とドルを取っ払えばいいんじゃないですか? ゲルとかドンとか。ははは」


 どうなんだろ。経済って複雑でよく分かんねーし。適当発言。


「おお、いいねえそれ。ゲル。表記はGだな。はははは。記念撮影をしよう」


 カシャ


 菊池も釣った魚を持って。


 カシャ


 政治犯のお爺さんは、小さい魚と大きすぎて持ち帰れない魚をリリース。きちくきくちは女の子同様にキャッチ&リリース。



 夜はこひたんのコンサート。

 アイドルのコンサート初体験。普段聴くバンドの音楽よりも音が複雑で厚い。曲の構成も凝ってるんだなーと感想。


 その夜、きちくきくちは帰ってこなかった。憶測だけど、こひたんを食った。

 疲れ知らずの菊池は、翌日、オレと一緒に赤ちゃんパンダを見学。夜の便で成田。

 中国グルメ旅行終了。


 フラウが爆発する前にした悲しいキスは、温度もないのに艶やかに生々しくて。

 心に弾丸みたいにがっつり撃ち込まれた。

 弾は残ったまんま。



 夜、成田に到着。

 到着ロビーで目が眩むフラッシュを浴びた。

 オレ達2人を目がけてのフラッシュ。

 なんなんだ。


「小笠原大和さん、一言お願いします」

「菊池君、一言」


 青森で溺れて、防衛隊海軍に助けられたのがバレたのか?

 幻と言われる星宿海に外国人なのに足を踏み入れたことがバレたのか?

 菊池がこひたんを食ったことがバレたのか?


 まさか、フラウのことがバレるはずはない。

 3つのうちのどれか。


「小笠原大和さん、統一通貨に関する意見を一言」


 は?


「***氏と対等に経済を語ったというのは本当ですか?」


 なに?


「SNSの写真では、3人が非情に親密であることが窺えます。いつから交友関係があるんですか?」


 菊池とオレは報道陣に囲まれた。


「「あのぉ、何のことでしょうか」」


 大勢の報道陣は目をぱちぱちと瞬(またた)かせた。

 一番近くにいた人がSNSを見せてくれた。

 そこには、大衆食堂でガムの玩具を持って3人で撮った写真と魚釣りのときの3人の写真があった。そして、話題になったのは、魚釣りのときの方。


『日本の高校生と有意義な経済論議をした。彼は世界統一通貨構想を持っていた。ドルと元の壁をなくしてゲルはどうだろうかと。私は表記はGだねと笑った』


 いやいやいや。経済論議とは言わねーじゃん。あれ。ゲルは話の流れで出てきた冗談みたいなもんだしさ。


「でも、なんでこれが話題になってるんですか?」


 だってさ、SNSなんてみんなやってるじゃん。そんなん毎日チェックしきれねーじゃん。


「***氏は元国家主席ですし、政界を退いてからも絶大な人気ですから」

「「はああ? 元国家主席?!」」


 え? あのお爺さんって政治犯の主犯格かなんかで刑務所入ってたんじゃ?


「知りませんでした」

「存じ上げませんでした」


 正直なオレ達。

 ***氏は、オレ達が1歳から10歳のときの中国の国家主席だった。知らんかった。

 過去最高の構造改革をしたと言われていて、政界から引退しても人気者。中国語と英語で発信されるSNSは世界中の政財界が注目しているのだそうな。

 そーいえば釣りしてたとき、いろんな人に会釈されてたっけ。




 木々の葉舞い散る並木道、身を切る風は冬の気配。

 前方から瞳を潤ませ、たたたっと駆けよる推定D。


 ぽふっ


 オレの胸に飛び込んで、したたか笑顔、上目遣い。


「大和クン、この間は相談にのってくれてありがとう」


 そんな覚えねーし。

 推定Dカップの女の子はオレの胸で色仕掛け。

 衆人環視の中、沈黙およそ一秒半。

 なんなんだ。デジャブ?


「大和クン、また相談にのってね」


 かわいく小走りしながら、女の子はプラタナス並木に消えていった。

 で、誰?

 世間の注目を浴びると、ある種の女の子の中では男のレベルが上がるらしい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る