キス
「釣りすんの?」
魚いなさそうだけどさ。
「しない。ここに釣り針やルアー、うっかり落としたくない」
「そっか」
「ここの水沸かしてコーヒー飲も」
「いいね」
記念写真を1枚だけ撮った。幻の湖をバックに。
もっと撮りたかったけど、検疫怖ぇもん。
ザリン湖のホテルに辿り着いたとき、軟弱なオレ達はもうぼろぼろ。
「寒さって体力奪うよなー」
「温かいもん食いたい。すっげー腹減った」
もうぺこぺこ。レストランで肉系をたらふく食いたい。
やー、もう、ステーキ500グラムで足りねーってのに。どーしてここは、上品なフレンチなんだよっ。200グラムじゃ2人分頼まなきゃならねーじゃん。注文したよ。1人で2人分。グルメツアーだもん。
「旨っ」
「大和、食欲出てきたじゃん。食べないと、元気出ねーぞ」
あの食事がムリだっただけ。それに、お前が、オレの食おうと思ってたカレー味のカップ麺を60オーバー乙女に上げちゃったんだからな。遊牧民の食事より、やっぱオレはこっち。
食後、オレは爆睡。菊池はザリン湖で釣り。
夜11時半にはフラウが現れた。並んでベッドに腰掛ける。視線はどうしてもフラウの唇を彷徨ってしまう。しゃーねーじゃん。
あのキスをしてきたフラウって、何歳だったんだろ。口、ちょっと開いてた気ぃする。なんかさ、悲しそうだったけど、色っぽかったよな。だよな。例えば20歳だったとしてもさ、20歳っつったら、もうさ、大人の恋愛だよな。
大人?! 何をもって大人って言うんだ?
きちくきくちなエロいこと? いやいやいや。それはできねーじゃん。
「ねぇ、大和ってば私の話聞いてる?」
「え?」
「横浜駅の五番街の辺のことぉ」
「五番街がなにって?」
「もう、聞いてないじゃん」
「あのさフラウ、目瞑って、口も」
「え?」
「いや、口は開けてても、、って、やっぱ」
ちゅっ
唇を重ねてみた。それと同時に自分で効果音。
ぱち
フラウが両目を開ける。
「大和」
とっさに唇を離し、気まずさに視線を逸らすオレ。
「……」
キスした後って何言えばいい?
「嬉しい。今ね、モニターで何回も再生して観てきたの」
⤵⤵
つまり、キスした余韻とか味わうことなく、そこで一旦未来に引き返して、モニター確認したと。おかしいだろ。オレの戸惑い返せよ。
いつもどおりのフラウは、17歳にしては中身が幼いくらいかもしれない。小日向りんもきちくきくちに群がる女の子達も、少なくとも「女」ってものを前面に出してくる。
「ははは、ははっはっははは」
「ちょっと大和ぉ、どーして笑うの?」
そっか。フラウって、8歳でオレのことインプットしてから、ずっとオレのことばっか考えてたんだもんな。そりゃガキのまんまだろ。
「なんでもない」
次の日、飛行機で西寧(シーニン)まで飛び、西寧から新幹線で西安(シーアン)。西安で同じホテルに2泊。ここでこひたんのコンサートも観る。あとは、西安から成田って予定。
広い中国での移動は時間がかかる。夜、再び西安の魚臭い釣りホテルへ。
菊池はここに3年くらい住みたいと言った。
「いろんな魚を釣りてーんじゃねーの?」
「いろんなとこでいろんな魚を釣りつつ、普段も毎日釣り」
そこまで? 謎。
翌日は朝から釣り。寺院には興味がないから、オレも釣り。菊池が仕入れた釣り情報により黄河の支流へレンタルバイクを走らせた。有名な釣りスポットらしく、釣り人がいっぱい。
「寒いけどチベットほどじゃねーよな」
菊池は手をこすり合わせる。
「チベットの人、お茶振る舞うの好きだったよな。不思議な味の」
言いながらオレは「うへぇ」と舌を出す。
「ははは。星宿海のばーさん、長生きしそうだったな」
「現代版仙人かも」
そんなことを話していると、遠くから長靴を履いた釣り人が近づいてくる。
まさか。
「やー。やっぱり君らか」
英語で声をかけてきたのは、星宿海を教えてくれたお爺さんだった。
びっくり。運命的。やっぱさ、こっちが本物の仙人じゃね?
「「おはようございます」」
「君ら、目立つんだよ。若い人は平日のこんな時間に釣りしないからね」
そっか。学校休んで遊びに来てるんだもんな。
「そうですよね。はははは」
「隣で釣ってもいい?」
「「どうぞどうぞ」」
菊池は少し竿をずらした。
「星宿海、素晴らしかったです。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
2人で真摯にお礼。
「行けたんだね。大変だっただろ」
「廃墟からが結構大変でした」
横を向いてオレと喋っているお爺さんに、近くを通りかかった人が会釈をした。お爺さんも会釈を返す。
「2人でテントを張って泊まったんです。星がすごかったです」
「この時期は寒い。無事でよかった」
知り合いが通ったのか、お爺さんはまた会釈を返していた。
「外国人のオレ達に教えてくださったこと感謝します」
本当に。
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