安心して。
星の中に「消去用ドローン」という言葉が消えていく。
その言葉を呟きながら、頭のいいフラウは何かを悟ったようだった。
「フラウ! 昨日には行くな。絶対。昨日に行かなければいい」
「私、昨日、消去されたの?」
「何か注射されるときに、自分から」
体ががくがくと震えた。湖面を染めたオレンジ色の閃光が脳裏に蘇ったから。それを振り払おうと固く目を閉じて首を振る。
「大和、安心して。ほら。私はここにいるよ」
極寒の中、フラウはいつもと同じ。制服にカーディガン、紺ソの上は生足。
「フラウ、絶対に昨日に行かないで」
「大和、目が真っ赤。ひょっとして、泣いてくれたの? 私のために?」
「そりゃ泣くだろ。知ってる子が目の前でなんて」
昨日から壊れっぱなしの涙腺は、またイカレタ。今度はフラウが生きているってことのうれし涙がじゃーじゃーと出てくる。
「辛い思いさせたんだね。ごめんね、大和。でもね、これで分かったことがある」
「昨日に行かなければ死なないってこと?」
「そう。それから、昨日の大和が、今の私だと思うってこと。つまり、近々私はグロウドーピングをする」
「しなければいい」
「過去は変えられないもん。もし、昨日の私が大人になってたら、大和は?」
「!」
キスを受け入れなかったかもしれない。
いきなり情熱的なキスを思い出して全身の血液が沸騰する。
「どうしたの? 目も赤いけど、顔も赤い?」
「な、な、なんでもない。それより」
「え?」
「エネルギー条例違反も言われてた」
「そっか。だよね。私がここへホノグラフを送ってるってことは、エネルギー条例違反をしてるってことだもん。でもね、昨日の大和に会いに行くまでは消去対象にならないってこと」
「そっか」
「そう。だから、安心して大和に会える」
「すっげー、フラウ、天才!」
「大和、もう泣かないで」
泣かないでと言われたってさ、もう涙腺はイカレタまんま。オレは鼻につららを作りながら、フラウとの再会とこれからも会えるって奇跡を喜んだ。
星が生まれる湖は人も生を受けるんだろうか。
フラウにとっては何一つ変わらないのかもしれないけれど、オレからすれば、フラウは生き返った。そのことによって、オレの心も息を吹き返した。
奇跡。
大都会、西安で出会ったお爺さんは、この桃源郷に住む仙人だったのかも。
ここに住む桃源郷で儲けてるお婆さんより仙人っぽい。
いやいやいや。「普通に暮らせるようになったとき。自分のしてきたことを神に訊きたかった」だもんな。
星宿海見て「一晩中泣いた」って言ってたよな。何をしたのか、どんな目にあったのかは知らねーけどさ、辛かったんだろうな。星宿海のことを知っててここまで来たってことは、神に縋りたいって気持ちだったんだろな。
フラウが消えた後、しばらく天空と湖面の星を眺めた。寒さの限界まで。
夜明けも目に焼き付けた。
そしてBAKAなオレは、大切なことを失念する。
命がなくなると分かっていながら、なぜフラウは昨日のオレに会いに来たのか。
なぜ、あんなに悲しいキスをしたのか。
「うぃぃっす」
菊池が湖に顔を洗いにやって来た。
「うぃぃぃ」
「寒っ」
「よく眠れた?」
「ぐっすり。オレ、どこでも寝れる」
知ってる。
「星が消えてくのも良かった」
「あー、見ればよかった」
「フラウが来た」
「夢?」
「ホント。昨日のフラウは、もっと先のフラウらしい」
「なんかよく分かんねー」
「オレにとって一直線の時間があってさ、そのオレのいろんなポイントに、いろんな時のフラウが会いに来てるってこと」
「うーんと、ちょっと待った」
菊池は眉間に皺を寄せて考え始める。
オレは土の上に線を2本描いた。1本はフラウ、1本は自分。フラウの線の途中のところに石を置き、オレのところにも置く。
「この石んとこのフラウが、こっちの石んとこのオレに会いに来るときもあればさ、もっと先のフラウが」
言いながら、オレはフラウ線の上の石を、右の方にスライドさせる。そして、自分の線の上にある石を左にスライド。
「昔のオレに会うこともできる。昨日のフラウは、もっと未来のフラウが、会いに来たパターン」
「ふーん。分かったよーな。でもさ、爆発、、、」
菊池はオレの顔を見て残酷な言葉を止めた。
「だから、昨日のオレに会わなければ、フラウは大丈夫ってこと」
「お、そーか! そーじゃん! よかったじゃん、大和」
ぱしっ
菊池はハイタッチしてきた。ダブルスでサービスエース決めたときにやってるヤツ。
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