奇跡

 顔を両手で覆った。口が激しくゆがむ。両手の中で顔が歪む。

 手の隙間から嗚咽が漏れる。


「声出していーよ」

「お前がゆーとエロいわ、そのセリフ」

「ははは。BAKA」


 BAKAにBAKAと言われちまった。

 フラウ、この景色、一緒に見たかったな。


「キク、ここを教えてくれたじーさんが言ってた。星宿海を筏(いかだ)で行くと天の川に繋がるって伝説があるって」

「行けるんじゃね? 天の川」

「天の川行きたい」

「死ぬなよー」


「死なねーよ。34歳まで」


「なにそれ」

「フラウから聞いた。オレ、34で殺されるんだって」

「じゃ間違いねー。安心」

「安心?」

「フラウがいなくなったから、大和もとか、あり得ねーじゃん。そいえばさ」

「ん?」

「どうしてフラウって大和んとこに来た? 偶然?」


 初めて会った日を思い出す。


「名前はフラウ。N・37142MA250YADE。運命の人に会いに来たの」


「学校で覚える知識をインプットしたとき、オレの遺品に自分の名前みたいなもんが書いてあったのを見たって言ってた」

「は? 学校で覚える?」


 あれ? なんでオレのこと学校で覚えるんだろ。


「34歳のとき、世界有数の金持ちに疎まれて殺されるとも言ってた」

「大和、お前、歴史に残るってことじゃん」

「まさか」

「ま、期待しとく」


 果てしない天空。

 澄んだ空気と星々に囲まれて、普段はしない話まで吐露する。


「オレのこと運命の人って」

「そっか。つき合って2か月だっけ?」

「会ってから2か月経ってねーよ」

「一番盛り上がるときだもんな。辛すぎるよな」


 きちくきくちみてーに恋愛の栄枯盛衰知らねーし。


「つき合ってねーし」

「つき合ってたんじゃね? あれは。つき合ってたよ」

「は? 何言ってんの? デートなし、お触りなしなのに」

「なんだよ。キャバ嬢?」

「キャバ嬢じゃねーよ」


「オレなんかよりぜんぜん恋愛? してたじゃん」

「好きって言ってねーし。聞いてねーし」

「初めての恋愛なんてさ、カッコ悪いもんだよな」


 きちくきくちの言葉とは思えない。この男にカッコ悪い恋愛をした過去あんの?


「経験者?」

「オレはやりたいだけだからなー」

「キク、この景色台無しになったじゃん」

「だってホントだもん」

「ほざけ」

「いつかさ、ここに見える星全部、空のも湖のもぜーんぶかき集めてさ、プレゼントしたい子が現れんのかな」

「さっきと同じ人間とは思えねーセリフ」

「ははは。もうすぐ11時半じゃん。オレ寝る。疲れた。限界」

「おやすみ、キク」

「うわっ。大和、鼻水凍ってっぞ」

「げっ」


 菊池はテントに戻って行った。

 この景色は最高で、菊池がいたのは幸いだった。

 1人だったら、オレはフラウが消えた後の全ての時間、ただ泣いていたと思う。


「大和! すっごく綺麗だね」


 突然、はしゃぐようなフラウの声が聞こえた。


「え?!」


 隣にはフラウ。

 は? 幻想?


「ホントは大和が反省するまで会わないつもりだったけど、あんまり綺麗だから我慢できなくなっちゃった♪」


 フラウは満面の笑みで話しかけてくる。

 いやいやいやいや。幻にしてはリアル過ぎっしょ。しかも、きゃぴきゃぴ。昨夜の悲しそうで大人っぽくて情熱的なキスをしたフラウの欠片もねーじゃん。


「フラウ?」

「うん♡ ナニ? もう『来るな』なんて言ったこと許してあ・げ・る」


「え?」

「会えなくなったら、きっと変わっちゃう。大和は私と会ってるときみたいに、他の女の子とベッドに並んで座るんだよ。そんなの、絶対に嫌!」


 綺麗だとはしゃいで、悪戯っぽく「許してあ・げ・る」と言い、今度は起こった顔。クルクルと表情を変えるいつも通りのフラウ。


「あのさフラウ、昨日って?」

「昨日?」

「ザリン湖のホテルの遊歩道で」

「え? 昨夜は大和を反省させるために会ってないよ」


 どこまでも無邪気に話すフラウ。


「昨夜、オリン湖で会ったじゃん! 会ったんだって!」

「なに言ってんの? 大和、怖い顔」


 あんなキスまでして。

 待て。

 昨日のフラウは変だった。妙に大人っぽくて。

 そして、オレは、頭の中に響いた電子音を思い出す。


「グロウドーピング規約違反、及びエネルギー条例違反。グロウドーピング規約違反、及びエネルギー条例違反。フラウ、N・37142MA250YADE。グロウドーピング規約違反、及びエネルギー条例違反。グロウドーピング規約違反、及びエネルギー条例違反。フラウ、N・37142MA250YADE」


「フラウ、グロウドーピング規約違反してる?」


 確か、前、フラウは17歳だと言っていた。


「ううん、してないよ」

「本当に?」

「失礼な。小日向りんみたいにサバ読んでないよ。こんなに可愛いのにそんな必要ないじゃん。それに、私だったら成人しても美人に決まってるもん」


 ちょっと傲慢でイラっとすること聞こえたけど、問題はそこじゃない。フラウはグロウドーピングをしていない。


「成人って何歳?」

「25歳」


「落ち着いて聞いて。オレ、昨夜、フラウに会った。その時フラウは、グロウドーピング規約違反で……」


 その先の言葉が出てこなかった。


「グロウドーピング違反って、私が言ったの?」

「……違う」

「じゃあ、他に誰かいたの?」

「小さいドローン。プロペラがない」

「ドローン。警備用の?」

「分かんねーよ。警備用だかなんだか。それで、それで」


 昨日の悪夢が脳内を駆け巡る。


「ドローンがそれを言ったのね。それなら、それは」

「それは?」


「消去用ドローン」


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