星に願いを

「幻の湖って言われてるから、あるかどうか不安でした。本当にあってヨカッタです」


 マジで。途中で半分諦めてたもんな。


「雨期のときは道から見えるところまで湖ができるけど、乾期になると湖が半分に減っちゃうの。だから幻の湖って言われてきたんだろーねぇ。見ようと思ってたまたま来る人は、大昔じゃ、そんなこと気にしないだろうから。ここら辺は1年中湖があるよ」


 お婆さんはにこにこと説明してくれた。

 そーゆーことか。幻の理由は、秘境+雨期&乾期。

 夕食は、スープ、ナンみたいなパン、干した羊の肉、チーズ。テーブルに並べられた北欧食器の上の料理はとても美味しそうに見える。


 ムリ。


 なにこれ。傷心で辿り着くのって美味しい食事じゃねーの?

 干し肉堅っ。スープは酸味がキツイ。どーしよ。全部食わないとダメ?

 菊池を見て見れば、食べてるよ。すげーよ。尊敬するよ。オレの分も食ってくれ。


 修行と割り切って食べるオレの横で、ジェントルマン菊池は、お婆さんにカップ麺をご馳走している。それ、オレが食おうと思ってたカレー味じゃん。気に入ったお婆さんは、その場で大量にネット注文していた。


「このテントってインテリアがステキですね」


 菊池がお婆さんに微笑む。

 お婆さんは恥ずかしそうに乙女の顔で目を伏せる。


「嬉しい。ネットで研究したんだよ。白を基調にしてみたの」


 気づけば、リビングスペースは白い皮のソファ。白とサンドベージュのファーのクッション、ブランケットも白。テーブルは大理石。小さなダイニングテーブルはガラス製。二脚あるイスもオシャレな形。ベッドと思われるところは白いカーテンが降りている。


「街まで買い物に行くんですか?」

「ネットだよ」


 便利。遊牧民のイメージがガラガラと崩れる。


「ヤクの世話を1人でなさってるんですか?」

 オレは訊いてみた。だって60オーバーだぜ。


「犬を2頭飼っててね。その子達がやってくれるの。とっても賢くて。だから私はチーズやバターを作るのやネット販売に専念できるの。桃源郷チーズ、桃源郷バターって人気なんだよ。極楽浄土へ行けるって評判で。誰も行ったことないのに。ふふふ。儲かる儲かる」


 お婆さんは笑いが止まらないようだ。このテントがやけに豪華なのはそのせいか。


「桃源郷ですよね」

 菊池はまたまた色気を振りまく。


「桃源郷だよ。ここは。誰だって桃源郷だってびっくりするよ。だから古い書物にも載ってる」

 桃源郷、ユートピアか。


「星を見るのが楽しみです」

「綺麗だよ。毎晩見ても飽きない。それどころか、毎晩幸せになれるの。ここにいると、天国のダーリンが見守ってくれてるって思えるの」


 お婆さんはうっとりと両手を胸に当てて目を閉じる。心の中には夜空が広がってるんだろーなぁ。60オーパーの乙女。

 食後にも塩バター茶を勧められ、カップが空になるとまた注がれる。バター茶から逃れたい一心でお暇(いとま)。お気持ちだけで十分っす。



 ゴージャステントから、ずっと来た方へ戻り、沼地よりいくぶん高くなって土が堅い場所にテントを張った。

 日が傾くと寒さが厳しくなった。遊牧民のテントと違ってストーブはない。科学技術が発達して、なん十年も前に比べればテント内の温度10度も違うらしい。が、外は氷点下。寒さが地面からやってくる。マットはもちろん2枚敷き。

 2人してテントの入り口部分に体操座りして入り口を小窓のように上の方だけ開け、景色を覗く。空の色の茜色がだんだん暗くなっていく。がまんできん。

 オレはテントを飛び出した。


「大和っ」

「オレ、外で見る」


 寒い。めちゃくちゃ寒い。化学繊維がどう発達しようと寒いもんは寒い。

 それでも外で見たい。

 空と大地が暗くなっていくと同時に少しずつ星が現れる。

 そして、あっという間に視界の全部が星になる。

 無数に輝く星が湖に映って、自分が星の中に浮いてるみたいで。


「キク、感動!」

 オレは両腕を広げて天空を見上げた。


「あー、来てよかったぁ」

 いつの間にかテントから出てオレの横に立つ菊池。


「星、産まれてるよ。マジで」


 湖から星が湧いてるんだと思う。


「すっげーーーーー」


 菊池は両手を口の横に添えて、ヤッホー感覚で叫ぶ。

 無数にある星の光は何光年も何億光年もかかって地球に来ている。見ているのは昔の姿。実際には今はないのかもしれない。


 フラウにとってオレは過去の人間で、フラウの目にオレは映っていたけど、フラウにとってオレは既にいない人間だった。


 じゃ、オレにとってのフラウは?

 未来から送られたホノグラフは、最初オレの正面に現れた。いつの間にか隣に座るのが当たり前になって。確かにホノグラフは実在したんだ。写真だって残ってる。

 それでも、オレにとってのフラウは、目の前にいても、いない人間だったのか?


 果てしなく広がる幻想みたいな景色が現実ってゆーならさ、未来の人間が現実にいたっていいんじゃね? 

星が生まれるくらいなんだからさ、フラウの1人くらい、ここに出現させてくれよ。

 昨晩、充分に泣いたはずなのにな。

 オレってこんな女々しかったのか。

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