大草原の一本道
テントの中に招き入れられると、家電製品があった。子供がスマホでゲームしてるし。テントとのギャップあり過ぎ。
出されたのは大きなカップにバターの塊。そこにミルクティを注いでくれた。バターは飼っているヤクの乳で作った自家製。塩バター茶は変な味。が、体は温まる。
「自転車で旅行してるのかい?」
星宿海への道がこれでいいのか訊きたいのをぐっとこらえる。
「はい。ザリン湖の北にあるホテルからサイクリングに来ました」
「そうかね。星宿海へ行くのか?」
地元の人は隠したがっていると聞いたから、菊池と目配せし合う。
「ん? いいんだよ。いいんだよ。旅行客が押し寄せるなんてことがなければ。今は雨期じゃないからちょうどいい。いや、ちょっと寒いかな」
いや、ちょっとどころじゃねーし。
地図を見せて現在地を確認した。
「明るいうちにいくといい。動物が見られる。星を見るのもいい。ただ道が見えなくなるから、今夜中に帰るのは無理だろうね」
5歳くらいの子が近寄ってきたのでつついたり、くすぐったりして遊んでいると、「急ぎなさい」と言われた。滞在時間約40分。持っていたお菓子を渡して、丁重にお礼を言いながら、目的地を目指した。
「フレンドリーだったな」
黙々とマウンテンバイクで進むとき、草原の彼方にフラウを想像した。
2か月前に戻るだけだ。
初めて会ってから、2か月経ってない。
ダメだ。思い出す。涙が決壊する。
どれくらい進んだんだろう。景色はやっぱり変わらない。大草原に一本の道。それだけ。深い青い空が広がる下、ひたすら道は続く。
しばらく行くと廃墟があった。すっかり崩れた家屋の残骸。こんな場所になんの目的で建てられたのか。車も人も通らないのにさ。
「これ?」
「だよな」
「道ねーじゃん」
菊池がブーイング。
マウンテンバイクから下りて廃墟の前をウロウロしてみる。
「なあ、キク。これじゃね? これしかなくね?」
オレが指さしたのは、廃墟の脇にある獣道。というか、そこだけ草が薄い気がする場所。
「うっそー。イノシシどころか、これじゃ、ネズミだって通らねーぞ」
大袈裟ヤロー。
「ここだろ」
「大和ぉ、チャリで行けるか?」
「つーか、歩きじゃ荷物運べねーじゃん」
マウンテンバイクを降りるしかない沼地あり。ま、チャリは軽いから大丈夫。大丈夫じゃねー。荷物が重い。菊池は竿が邪魔そう。
道中のキツさを紛らわすために実のない会話。
「このいださー大和ぉ、部室で焼肉やってたとき、煙たくて窓開けたじゃん?」
テニス部はゆるゆる。それはもう伝統的に。夏には流しそうめんをやった。
「開けろっつたのオレじゃん」
すげー煙かったから。狭いんだよ、部室。
「バスケ部が『なんか匂う』って」
「はははは。バレてっし」
「そしたらバスケ部がテニ部のマネして部室で焼き肉やったらしくてさ、警報機鳴っちゃったんだって。2週間部停」
「二週間も。かわいそ。焼肉素人だよな」
代々そんなことばっかしている硬式テニス部男子は、事前に警報機をビニールで覆う。卓上コンロや鉄板は、駅伝の襷のように代々受け継がれている。
「今度はさ、大和、たこパやらね?」
たこ焼きパーティ、いーかも。
「たこ焼き用の鉄板持ってかなきゃ。粉混ぜるボールもいるじゃん」
「おでん用の鍋でいける」
会話はフラウの話題を避ける。釣りの話、食べ物の話、テニス部の話、黄河の話。不自然なくらいにフラウを迂回する。
菊池の前を進むオレは、時々込み上げる涙を体で隠す。
「はー。なあ、ホテル出たのって何時だっけ?」
菊池がへばってきた。分かり易っ。
「荷物一個貸せ」
「いーの? 大和、寝不足だろ?」
「いーから」
菊池は非力。色男金と力はなかりけりってゆーじゃん。あ、金はあるな。親のだけど。
「あの地図だとあとちょっとなのにな」
「キク、ここまで30キロ以上あったよな。廃墟からがなげーじゃん」
どうやら一面湿地帯。車輪が泥に埋まる。足元が滑る。道はないに等しい。判別困難。
「でもさ、古文書のころは歩きだろ? しかも道なし。どーして来たの?って」
「ウマじゃね? 黄河辿ったんだろ。キクの曽じーちゃんは歩きかも」
「ウマかー。川って源流辿りたくなるもんな」
昔も菊池みたいな人種がいたってことか。
「なるかぁ?」
菊池は血筋だよな。曽(ひい)お祖父さんも来たくらいだから。
「大和ぉ、オレ、電動自転車とバイクの違い分かんね」
「バイクは免許いるけどチャリはいらない」
もう車輪も足元もドロドロ。
「なんでだろな。同じようにスピード出るのにさ」
「チャリは時速20キロまでで高速のれねーじゃん。バイク100キロ以上出るじゃん」
ちなみにそれは整備された道路での最高スピード。荒地で走らせる電動マウンテンバイクは比較にならないくらい遅かった。
「20キロってかなりだぞ。あー、この道入るまでは電動でまあまあ余裕だったのに」
泣き入ってるし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます