別れ
フラウをどう説得すればいい?
「な、だからさ、モラル違反なしで」
「ねぇ大和。私の心ん中も頭ん中も時間も、全部、ぜーんぶ大和なの」
いつもくるくると表情が変わるのに、こんな深刻なことを語るフラウの唇は、静かに微笑みを湛えている。未来から今を映す物憂げな瞳。彼方からの悲しみがオレの胸を抉る。
「フラウが消去されるなんて、オレ、耐えられねーよ。今だって、危ないんだろ?」
「分かってる」
「じゃ、バレないうちにそこを離れて」
その時だった。
「フラウ、N・37142MA250YADE。フラウ。ソノママ」
電子音の言葉が英語で聞こえた。
「フラウ!」
オレの叫び声に驚いて、バサバサっと白鳥が羽ばたく。
「グロウドーピング規約違反、及びエネルギー条例違反。グロウドーピング規約違反、及びエネルギー条例違反。フラウ、N・37142MA250YADE。グロウドーピング規約違反、及びエネルギー条例違反。グロウドーピング規約違反、及びエネルギー条例違反。フラウ、N・37142MA250YADE」
何度も繰り返される電子音が響く。オレにはフラウしか姿が見えない。
「エネルギー、異常値。危険。エネルギー、異常値。危険。爆発ノ恐レアリ。速ヤカニ指示ニ従ッテ退去願イマス。退去願イマス」
正面にいたフラウが2歩近づく。
ふわっ
音もなくフラウの腕がオレの首に回る。そして、ぽってりとした厚めの唇が僅かに開く。オレの下唇を食べるかのようなキス。
!
小さなピンクの舌が覗き見えた。
オレの動揺を余所に、フラウはじっとオレを見つめ、オレの体に身を重ねた。咄嗟に抱きしめよと腕を回すと、自分の腕が交差した。
フラウのホノグラフがオレの体に埋まっていく。
そのとき、フラウの頭上に野球のボールくらいの大きさの物体が映り込んだ。
小型ドローン? プロペラがないのに飛んでいる。
そのドローンの中央に、液体の入った容器がある。
あの液体は何なんだ。ドローンはなぜフラウに近づく。指示を出して退去案内するだけなら、フラウにまとわりつく必要なんてない。
「フラウ、逃げろ! 逃げろぉぉぉぉ」
「フラウ、N・37142MA250YADE。危険行為。フラウ、N・37142MA250YADE。危険行為。判断力ノ欠如ニヨリ消去検討登録」
オレは必至でドローンを掴み取ろうとした。なのに、どれだけ足掻いてもオレの右手は宙を引っかくばかりだった。
ドローンがフラウの腕に留まる。ドローンから長い針がベージュ色のカーディガンに刺さる。オレの体に埋もれたフラウに刺さる針は、まるで、オレの胸に差し込まれているようだった。
「大和。バイバイ」
一瞬顔を上げたフラウは左右についているイヤリングをもぎ取った。そして、それを口の中に放り込む。
ズンッ!
爆音と共にフラウは一瞬オレンジ色の閃光を放った。光を映した湖面がオレンジ色に輝いた。
それはコンマ何秒かで、次の瞬間には真っ暗な静寂が訪れた。
背後のホテルがざわざわして、ベランダや窓から湖を見ているのが分かった。
でも、もう何もない。
なんにも。
フラウはホノグラフだけの存在。
湖には、白鳥がいなくなっていた。
消えた。
湖の上には満天の星。割れるように凍える夜空は静寂だけを湛えている。
悲しみって、沁みるんだな。痛いくらい。
寒さが身に染みるみたいにさ。寒い時って痛いじゃん。
なんでオレなんかに会いに来たんだよ。
オレ、命かけるほどの男じゃねーよ。
未来の人間で頭いいんだろ?
フラウ、BAKAじゃん。
まだガムの玩具見せてねーよ。
それからさ、人のプレゼントで爆弾作んなよ。
言いたいことは山ほどあって、でもどれも我楽多みたいな言葉ばっかりで。
オレもBAKAじゃん。
どれだけ言葉を集めたって、記憶を繋いだって、もうフラウはいない。
オレンジ色の光に包まれて消えた。
初めてのキスは感触も味もなかった。
静寂の中で、オレの唇を凍える風が撫でていた。
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