鮮やかな青色のイヤリング
食った食ったと満足して部屋に戻ってびっくり。
ベッドメイキングがなされ、バラの花びらがハート型に散りばめられてるじゃん。
「「げっ」」
「やっぱカップルと思われてる」
新婚旅行客しか来ねーのか、ここは。
「どーして。ベッド2つあんのに」
きちくきくち生々しい発言はやめろ。
黄河の源流って観光地なら、家族連れだっていそうなのにさ。菊池みたいな物好きな釣り人も。
2人でそれぞれのベッドの上にあるバラの花びらをかき集めてゴミ箱へ。
こんなムダなことすんなよなー。これにいくらサービス料払ってんだろ。**大臣や防衛隊海軍の人達のポケットマネーだってのに。
ふー。
何もなくなったベッドを見つめる。
ぽふっ
自然に腰を下ろしてしまうのは、いつもフラウが腰掛けるだろう場所のすぐ隣の定位置。
重症。
ホテルの部屋にいると、来ないかもしれないフラウを待ってしまう。
女々しい。
来ないならいいことじゃんか。
「キク、オレ、散歩してくる」
「1人で?」
「夜一緒に散歩したら、カップルみたいじゃん」
「カップルは部屋だろー。忙しいんじゃね?」
エロ菊池。
「行ってくる」
「夜だから気をつけろよ」
「観光地だから、警備のドローンいるだろ」
「だな。じゃ」
「来ないと思うけど、フラウが来たら」
来たらどうするんだ?
「ん?」
「もう来るなって言っといて」
「それは自分で言えよ」
「だよな。フラウには、オレはいないって言って」
「分かった」
パタン
ドアを開けて廊下に出ると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
屋外は更に気温が低い。標高4000メートル以上。凍える寒さ。
チベット舐めてた。
マフラーで口も耳も覆う。体の部分は化学繊維が守ってくれるから、動けばほかほかしてくる。問題は手足。カイロも効かないくらいの冷たい空気。
ホテルは湖畔に建っていて、湖へのアプローチの階段がある。
いかにもカップル用。
夏はいいだろーな。昼間とかさ。
湖の上には満天の星。
星ってこんなにいっぱいあるのか。横浜じゃ、こんなにたくさん見えねーもん。すげー。
暗がりに目が慣れてくると、湖に一羽の白鳥が浮かんでいるのに気づいた。群れからはぐれたのか、ぽつんと。
フラウみたいだ。
たった1人でこの時代に舞い下りた。
幻影みたいに綺麗で。可憐で。
白鳥は、湖面を揺らす刺すような寒気をものともせずに優雅に浮かぶ。
フラウ。
星が願いごと叶えてくれるとかって思ってない。そんな反吐が出るほどロマンチストじゃない。
でもさ、もし叶うなら、最後にもう一度会いたい。
「フラウ」
思わずため息のように零れてしまう名前。
「なに? 大和」
「うわっ」
いきなり目の前にフラウが現れた。
「そんなに驚かなくても。失礼しちゃう」
「来るなって言っただろ」
「私の名前呼んでた」
「フラゥワーアレンジメントって言いたかったんだよ」
ムリあり過ぎだろ、オレ。
「ふーん」
星空の下のフラウは、妙に大人びて見えた。
耳元で揺れるイヤリングは鮮やかな青色を放っていた。いつもはほんのりと青い色も夜の屋外では視覚に訴えてくる。
「チェルノブイリ?」
「うん」
「誰もいねーの?」
「うん」
「夜?」
「朝。6時半くらい」
「朝なんだ」
「そ。朝ごはん前の散歩」
「モスクワからチェルノブイリに通ってんの?」
「ううん。夏休み。夏休みを利用してこの近くにステイしてるの」
「1人で?」
「友達と一緒。大和が会った2人も。涼しくて受験勉強に人気スポットなの」
「受験勉強? そんなに未来に行っても受験はあるんだ?」
「ふふ。いつもと変わらないのに」
「ダメだって。もう」
「私ね、本当に何年も大和のこと探したの。やっとやっと会えて。嬉しくて」
夜の中のフラウは儚げで、消えてしまいそうに見える。
「オレも会えて楽しかった」
「過去形」
「翻訳アプリ、こまけーな」
極寒の中でカーディガンに制服姿のフラウは不自然で。やっぱり実体じゃないんだと自分を納得させるには充分過ぎた。
「大和に会ってから、毎日がバラ色ってくらい楽しくて。会う前もね、会いたいなって気持ちでいっぱいで。大和に会えないなんて想像もできないよ。だって、8歳のときに大和のことをインプットしたの。その時からずっと調べてた。日本語を調べて、翻訳アプリの学習のさせ方を調べて、大学の研究室や博物館を訪ねて。発電方法を調べて。ホノグラフの研究も」
「すげーな。でもさ、フラウ。消去されたら、別の場所で辛い生活するんだろ? そしたら結局、会えねーじゃん。でも、消去されなかったら、フラウの友達みたいに会えるんだろ?」
「……」
フラウは押し黙る。
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