オリン湖&ザリン湖

 次の日、船に乗って釣りデビュー。

 生餌じゃなくてヨカッタ。フナ虫もいない。

 菊池がセッティングした竿を持つだけ。置き竿のスタンド状態。

 せっかくだから一匹ぐらいは釣りたい。希望は30センチ未満。でかいのはグロいから嫌。

 あれ? 菊池のシャツの下に見える黒いのって。


「キク、なんでウエットスーツ着てんの?」

「デカいのだったら、水ん中入ろっかなーって思って」


 11月なのに。どーせキャッチ&リリースなのに。そこまでの全力投球が謎。

 じーっと釣り糸の先を見ていると、フラウとの時間が走馬灯のように浮かんでくる。


 最初「運命の人に会いに来た」なんて言ってたっけ。

 ロット番号はN・37142MA250YADE。すぐ覚えたんだ。ミナイチヨウニマァフコーヤデ、「皆一様にまぁ不幸やで」。

 胃腸はアフリカ系で脳はアングロサクソン系、生殖器はアジア系。

 遺伝子操作で作られた外見は完璧。あんなかわいー子見たことねーし。

 すぐ赤くなってさ。ミスすると舌をぺろって出す。それから、ちょっと首を傾ける癖。

 あの時代じゃ普通なのかもしんねーけど、エネルギーをどうこうするくらい頭良くて。オレのこと調べるために日本語の資料まで探して。


 どの場面のフラウも抱きしめたいくらいかわいい。

 あ、やばっ。涙出そう。

 どこかからフラウが見てるかも。泣いたらカッコ悪い。

 泣いたら。

 泣いたら、フラウは、会いに来るかも。

 息を思い切り吸い込む。涙と一緒に。

 やべーな。

 オレ、どーしよーもなく好きじゃん。


「おい、大和、引いてる」

「えっ」

「巻いて巻いて」

 慌ててリールを巻くと、十センチくらいの魚が付いてきた。

「「「はははは」」」

「「「リトル」」」


 回りのおっさん達は笑うけどさ、オレ、これで十分。

 お昼には、船の上で作った野菜炒めや肉料理、温かいスープが出てきた。酒飲みながら釣りしてる人もいる。ほぼ外国人。

 オレは釣りよりも人と喋ってる方が楽しかった。気がまぎれる。

 SNSにアップする写真を撮られたり、連絡先を交換したりした。

 その夜、フラウは現れなかった。

 ホノグラフを送ることをやめたなら良かった。フラウのためだ。そう望んだのはオレだ。

 それでも安堵よりも辛さの方が勝ってしまう。

 もう会えないんだろうか。



 次の日は一気に源流のオリン湖とザリン湖まで行った。この双子の湖の間に「黄河源流碑」がある。

 西安(シーアン)から西寧(シーニン)まで新幹線、西寧から目的地までは小さな飛行機。

 勘弁してくれ。

 飛行機の中はピンクのハートが飛び交う。

近年、ザリン湖北湖畔は中国で新婚旅行先として大人気。あっちでいちゃいちゃ、こっちでいちゃいちゃ。


「大和ぉ、オレらもゲイのカップルと思われてっかも」

「だな。気にすんな。誰も周りなんて見てねーし」


 でもさ、きちくきくちの色気は国境知らず、時と場所を選ばない。

 女の人は、ダーリンの目を盗んで菊池をチラ見。

 脱いだら大したことねーのに。今、着ぶくれする季節だもんな。いや、ここチベットは夏でも雪が残る場所。きちくきくちに有利。

 ホテルは西安の釣り人気ホテルと違って、めっちゃ綺麗。ヨーロッパの古城風味に中華がブレンド。内装は完全にヨーロッパ。新婚旅行仕様なんだな。これ。

 でれっとした男を見てるとさ、ああなりたくはねーよなって思う。


「なんかダサっ」

「ん? 何が?」

「オレ、きちくきくちの女の扱いはどーかと思うけどさ、ここに来てる男らよりずっとカッコいいと思う」

「やーまと。告白?」

「ちげーよ」

「オレは羨ましいけど」

「あんなのが?」

「大和のことも」


 それっきり菊池は黙って釣り道具の手入れに勤しんだ。

 オレなんてさ、女の子とつき合ったこともねーじゃん。

 フラウのことを好きで、好きで、好きで。

 でも終わった。たぶん。


 昨日、フラウはホノグラフを送ってこなかった。

 オレにとってはほぼ毎晩だったけどさ、フラウにとってはどんな時間だったんだろう。

 初めて隣に座った夜、オレにとっては継続していた時間なのに、フラウにとっては2日間に渡ってた。あんな風にさ、フラウにとっては、ぜんぜん別の時間が流れててさ。

 オレは毎日会いたくて、フラウが現れる時間になるの待ってるけど、フラウにとっては、ちょっと空いた時間にホノグラフを送ってるだけかも。時間指定して。

 そんなわけない。

 フラウは危険を承知でオレに会いに来てるんだ。

 見つかったら消去されること覚悟で。

 また現れたらやめさせる。

 どんなに嫌われてもいい。

 どんなにオレのこと酷いヤツって思ってもいいから。

 いや、もうやめたのかも。昨日来なかった。

 ……もう会えないのか。


「大和ぉ。すっげー恐い顔してっぞ」

 ベランダに釣り竿やら網やらを並べ終わった菊池に指摘された。


「あ、はは。なんか、考えごと」

「飯食お。中華以外も良くね? 予約してあるじゃん。名物のチーズフォンデュ」

「食おう食おう」


 中国の奥地でチーズフォンデュが名物とかって、後付け感がハンパない。

 ま、旨かった。チーズが濃い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る