「大和のバカ」

 街はずれのホテルに戻った。

 フラウが現れたのは11時半ちょうど。


「大和」

 とびっきりの笑顔でオレの名前を呼ぶ。


「オレ、シャワーしてくる」

 菊池が席を外す。


 今だってフラウは危険に晒されてるんだ。やめさせなきゃ。


「フラウ。今日、フラウの友達がホノグラフを送ってきた。紫の髪の子と、電飾みたいな髪の子」

「聞いたの?」

「聞いた。そこがチェルノブイリの使われてないコア発電所だってこと」


 フラウは下唇を噛んだ。


「……」

「もうそんなことすんな」


「大和は私に会えなくても平気なの?」

「2か月くらい前はフラウのこと知らなかったじゃん。それに戻るだけ」

「答えになってないよ。平気なのかどうかって訊いてるの」


「もし、見つかったら消去されるんだろ?」

「まだ分かんないよ。前例がないもん。傷害事件でもなければ詐欺行為でもない。私がしてるのは、閉鎖されたエネルギー施設を利用だけ」


「許可は?」


「誰の管理でもない施設なの。あることすら忘れられてる」

「アオモリは?」

「そっちも同じ。電気に代替するトリノンが出てきたとたん、どうでもよくなったの。新しいものに対応することに全てを注いだの。ほぼ遺跡状態」


「でも2人はモラル違反だって言ってた」


「私、大和に会いたい。会えないなんて考えられないよ」

 訴えるフラウの両耳でイヤリングが淡く青く光りながら揺れる。


「会ってるわけじゃねーじゃん。ホノグラフだけで」

「どーして今日は、隣に座ってくれないの?」

「こんな話するのに、隣に座れるわけないだろ」

「今日は帰る。でも、また来るから。大和のバカ」


 フッ


 ホノグラフは消えた。

 空になったベッドの上を呆然と見つめるオレ。

 説得できなかったくせに、また会いにくるって言葉が死ぬほど嬉しい。

 ガチャっとバスルームのドアが開いて、菊池が出てきた。


「ごめん。聞こえた」


「だよな」


「フラウのこと思うなら、会えなくても平気って言えよ」

「分かってる。分かってっけど……。なあ、キクって、別れ話ってどーやってするわけ? 参考までに。別にオレ、フラウとつき合ってるわけじゃねーけどさ」

「オレ、女とつき合ったことねーもん」

「は?」


 どの口が言う?


「ただ成り行きで飯食ったりラブホ行ったりするだけ」


 そんなんありか。一度でいいから言ってみたいセリフ。


「参考にならんかった」


 今度会いに来たら、きっぱり言おう。「ホノグラフ見なくても平気」って。

 会うって表現がいけない。うっかり実体のあるものだと思い違う。

 ちげーから。フラウは限りなくバーチャルだ。

 その証拠にぎゅっとできねーじゃん。ぎゅっともしてもらえねー。

 17歳の貴重な時間をバーチャルに捧げるなんてバカげてる。

 初体験は何歳かと訊かれたら、19歳ってゆーより、17歳って言いてーじゃん。その方が充実した高校生活送ってました感がありあり。

 18歳でも悪くはないけど、受験生。そのときに理性が負けてるってのはマズイ。

 お、この思考回路、いつものオレに戻ってきたじゃん。

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