中国マフィアとひょうたんの湖
チェルノブイリ
ホテルの部屋でお土産をリュックからスーツケースに入れ替えているときだった。
「君が大和君?」
視界の隅、何もないところに人影が突然現れるのを捕えた。
英語。
声のする方には奇妙な服を着た2人の女の子が立っていた。1人は紫色の髪で黒のレオタードのような服。もう1人は髪がクリスマスの電飾のようにぴかぴか光ったり消えたりする。その子の服はグレーのミニスカワンピ。
「誰?」
「私たちはフラウの友達。シュンギとメイローゼ」
ホノグラフだ。
「お願い、フラウにホノグラフを送るのをやめさせて。フラウが危ないの」
「危ないって?」
2人の女の子は切羽詰まった表情でオレに訴える。
「フラウがやってるのはモラル違反なの」
「え、ホノグラフを送ることが?」
「ううん。ホノグラフを送ることはみんなやってる。でもね、それには大量のエネルギーを使う。フラウは、毎日ってくらいホノグラフを大和に送ってるでしょ? そんなこと、エネルギー管理上できないはずだから調べたら……」
紫の髪の女の子はそこまで言うと、声を詰まらせた。言葉を引き継ぐかのように、ぴかぴか髪の女の子が話し始める。
「フラウは、チェルノブイリに出かけてた。アオモリにも」
「チェルノブイリとアオモリ……」
「そう。チェルノブイリは原子炉が処理された後、大和の時代にはコア発電所になってる。私たちの時代では、もう電気を使っていないから閉鎖されてる。フラウは閉鎖されてるチェルノブイリのコア発電所で電気エネルギーを発生させて、そこからホノグラフを大和に送ってる」
今のオレ達の時代、チェルノブイリはコア発電所として稼働している。青森のコア物質製造施設で作られたコア物質を使って。
「そんなことが見つかったら、フラウは消去されちゃうっ」
「消去?!」
「私たちの時代は、規格外の人間を取り除くの。フラウのやってることは法律違反じゃない。でも、モラル違反なの!」
「社会でのデータを抹消されて、別の場所で暮らすことになるの」
「そんなことさせられない。お願い、フラウを説得して!」
「私たちの言うことなんて聞いてくれなかったっ」
「フラウは大和に会えないなら、どうなってもいいって」
「あ、もう、エネルギー切れ」
「お願い!」
ホノグラフが消えた。
2人のホノグラフが表示されていたのは、たぶん1分程度。
今のが一般的なホノグラフの限界だとすると、フラウのホノグラフは比較にならないくらい長時間だろう。日によって違うけれど、20分以上オレの前にいる。ほぼ毎日。
フラウ、消去されるって危険を犯してまで。
ダメだ。
フラウ、もうホノグラフを送るな。
くそっ。スマホで今すぐにでもメッセージを送りたいのに。できねーじゃん。今夜、来るかな。来るよな。最近は毎日来る。来るなって言わなきゃ。来るなって。
ホテル近くの古びた大衆食堂で夕食。中国の人は外食が多いのか、平日なのに賑わっていた。
「なあ、キク。前にさ、青森の幻の魚のブログ見せてくれたじゃん」
「人魚?」
「そう、それ。どこのブログ? もう1回見たいんだけど」
「ん、ちょっと待って」
菊池は胸ポケットにペンのように丸めて差してあったスマホを取り出して起動させた。スマホは硬度を持ち、画面に心霊現象のような人魚が現れた。
波の間に半身を出している人型。髪の色は黒。フラウと同じ。背中に肉が付いているように見えてしまうが、ベージュ色のカーディガンと思えは、シルエットは一致する。
「これ、フラウかも」
「は?」
「前に青森を見に行ったって言ってたことがあって。それってたぶん、コア物質製造施設だったみたいで」
オレは菊池にホテルの部屋で体験したことを話した。
「紫色の髪の子と電飾みたいに光髪の子だった。2人とも、すっげー美人」
「大丈夫? 大和。フラウに言える?」
「言わないと」
「辛いな」
もうフラウに会えなくなる。
気づくと目が熱くなっていた。涙で菊池のイケメンが歪んだ。
胸が圧迫されるように苦しい。喉の奥から何か塊が出てこようとする。
それはただの空気でしかなくて。
オレはそのままテーブルに突っ伏して泣いた。
菊池はただ黙ってオレにつき合ってくれた。
ガヤガヤと煩い異国の大衆食堂の片隅は、忘れ去られたような場所で。賑やかに飛び交う中国語がオレの涙を隠してくれた。
何分間か泣いた後、顔を上げると、菊池は眠っていた。
寝てるんかいっ。
「ハイ、ボーイ。ジャパ二ーズ?」
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