泥々黄河

 次の日は一応釣り竿や防寒具を準備して、黄河見学。風が強くてコンタクトがごろごろする。1年中吹く黄砂のせい。


「やー、ムリじゃん。キク」

「ぜんぜんムリ」


 黄河は黄土色の泥水状。

 遊泳禁止の看板があるけどさ、泳ぐ気になるヤツなんているのかってくらい。


「大和ぉ、記念に足だけ」

「えー。冷たいって」


 2人で足首まで入水。


 カシャ

 カシャ


 ツアーガイドに写真を撮ってもらった。

 川底は沼状。埋まってく感じ。

 川の水がどうのじゃなくって、これ、浅瀬と油断して立ったら死ねるってレベル。遊泳禁止納得。

 釣りポイントなし。


 大陸を流れた川は豊かな水を湛えて悠久の歴史を見てきた。

 時代が変わり人々の生活が変わってもあり続ける大河。


 環境が変わっても変わらないものが他にもある。

 人を好きになる気持ち。

 たぶん。そんな気がする。


 北京に戻って、アリババの前で記念撮影して、次の宿泊地、西安へ新幹線で異動。

 ツアーガイドは、なぜだか新幹線の個室に案内してくれた。


「個室なんて勿体ないです。変更してください」

 人のお金だと思うと恐縮する。


「これは芸能事務所からの指定なんです」


 芸能事務所? 嫌な予感。

 個室のドアをツアーガイドが開けると、


「はっあーい。こひたんです」


 クマの耳が付いた帽子を被ったこひたんが迎えてくれた。

「では、私はこれで失礼します」

「謝謝」

 ツアーガイドが去る。


「なんでだよ」

 菊池があからさまに顔をしかめる。


「ファンサービス」

「いらねーし」


 きちくきくち、すげー。オレ、そこまで言えねー。


「まあまあ。リクエストがあったら歌うよ」

「オレは寝る」


 菊池はどかりとイスに腰掛けると目を閉じた。寝るの特技だもんな。

 どうぞと掌でイスを示され、菊池の横にオレも腰掛けた。


「だから『またね』って言ったんですね」

「うん。そーなの。ほら、脱いで」


 芸能界の荒波に揉まれているこひたんは気が利く。オレの上着を脱がせてハンガーにかけてくれた。


「どーも」


(注:しばらく音声のみお楽しみください)


「私も脱いじゃお」

 こひたんが帽子を脱ぐ。ふわっと髪のいい香りがした。


「ね、触ってみて」

 こひたんは帽子についているクマの耳をふにふにとしながらオレに近づける。


 ふにふに


 触ってみた。


「ね、ふふ。柔らかいでしょ?」

「うん、柔らかい」

「あらら? 見せてみて」


 こひたんは、黄砂でやられたオレの目が赤いことに気づいたのか、瞳を凝視してくる。


「そんな。恥ずかしいです」

「恥ずかしがらなくても大丈夫。優しくするから」

「そんなに近くで見ないで下さい」

「ふふ。恥ずかしいの?」

「……はい」

「こんなになって」


 こひたんがオレの左目の下に手を添える。


「あ」


 思わず声が出てしまう。


 どかっ


 いきなり菊池がイスの下の部分を蹴った。


「おい! お前ら何やってんだよっ」


「寝るんでしょ? 気にしないで。小笠原君の目が赤かったから。何だと思ったの?」

 くすっとこひたんが笑った。


「黄砂で。オレ、コンタクトだから」

 こひたんとオレを見た菊池は、再び寝た。


「ねーえ、小笠原君はぁ、彼女とかいるの?」

 こひたんのエロボイスが鼓膜を直撃。


「ノーコメントで」

 フラウが見ているかもって思うと、返答に困る。


「なーんだ。いるんだ。つまんないの」

 いるって言ってねーじゃん。


 西安で営業回りをすると言う苦労人のこひたん。オレは、中国進出の野望を聞きながら寝落ち。人生の若干先輩、申し訳ありません。

 目が覚めたら菊池がこひたんの相手をしてたからさ。OK。

 駅に着くと、こひたんは「またね」と手を振った。


 西安の外れにある、釣り人に人気のホテルへ。ここがツアーガイドお勧めの、ホテルから釣りができるところ。更に船のチャーターも可能。菊池のテンション⤴⤴。



 到着するとオレの想像とまったく違う。

 外に、ホテルの所有らしき船があったが、トタン屋根が付いた古びた釣り船。クルーザーじゃなかった。

 さらに、自分の部屋から優雅に釣りができるのかと思ったら、違った。ホテルの裏側の川に面した部分が釣り用に開放されているだけ。


「なーキク。オレさ、2階の部屋とかに泊まって、川に糸垂らして魚釣るんかと思った」

「なに言ってんだよ。黄河の魚って1メートルとか平気であるから。2階から釣ったら危ねーって。手すり壊れるって」


 でかいんだな。大陸だもんな。川もでかけりゃ魚もでかいのか。


「だったら、ホテルの外でも変わんねーじゃん」

「冬はストーブがあるんだぞ。夏は扇風機。雨にも濡れねーし。腹減ったら竿を置いたまんま、ホテルの飯」

「おお、いーかも」

「だろ?」


 1メートルの魚か。なんかグロくね?

 オレ、やっぱ釣りデビューやめっかな。

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