北京のフラウ
食った食ったと言いながらベッドに寝転んでいると、フラウが出現。
「フラウ」
「美味しかった? 北京ダック」
「旨かった」
「どーもっす。オレ、ちょっとコンビニ行ってくる」
菊池が部屋を出ていった。これって気を利かせてくれた?
フラウがオレのベッドに現れたから、むくりと起き上って並んで座る。こうしてるとさ、本当にここにいるとしか思ええねーじゃん。
「フラウはどっか見た?」
「北京大学と精華大学」
「へー。どんなだった?」
「習ってたことは私がもう知ってることだった。キャンパスがね、活気があった。ただ、大和のとこもそうなんだけど、同じ人種の人ばっかりいるのが不思議」
「そっか。フラウの周りはいろいろ?」
「んー。でも変わんないかも。考えてみたら、外見はみんな白人や白人と有色人種とのハーフで、のっぺりした顔の人はいないもんね」
「のっぺりで悪かったな」
「大和はのっぺりじゃないよ。アジアの東の方は全体的にのっぺり」
「ディスるなよ」
「大和は今日、何してた?」
「万里の長城見て、天安門広場で天安門事件のVR見た。1番短いコース」
天安門事件のVR5五分、30分、2時間と3つのコースがある。5分コースは空から見た映像に解説がついている。2時間コースは、あたかも自分が学生として体験したかのような、前日からのドキュメンタリータッチ。目の前に意見を主張する学生が現れたり、自分が学生の立場で参加して警官に捕えられるというリアルなもの。
「VRはこの先、とっても進歩するよ。アダルト分野のおかげなの。人間の脳へ神経の信号を送ってね、本当に体験してるように感じるようになるよ」
すげーな。
「へー」
アダルトって。
「私たちの時代では、生身の人間じゃ物足りないって依存症が問題になってるの」
そ、そんなにいーのか?!
「そーなんだ」
「私はね、スカイダイビングの体験をしてみたよ。絶対大丈夫って分かってるから恐くなかった。お手軽でしょ? 神経に信号を送られても、心には届かないもん」
「いーじゃん。それ」
なんかさ、エロい話があっとゆー間に終わったじゃん。ちょっと残念なような。ま、反応に困るんだけどさ。
「明日は?」
「黄河。楽しみ」
「ねぇ大和。黄河って今もあるよ」
「逆になくなる川ってあんの?」
「いっぱい。温暖化や地殻変動で」
「ナイル川は?」
「砂漠が広がったの。暗渠になってる」
「黄河は川として残ってるんだ?」
「どろどろだけどね。友達が黄河文明を見に行った話を聞いたらね、やっぱりそのときもどろどろだったんだって」
フラウが嬉しそうに笑う。
「黄河って名前だもんな」
「変わらないものがあるって面白いね」
「ん?」
「自然交配がなくなって、技術が進歩して社会もぜんぜん変わっちゃったじゃん。でも黄河は紀元前のまま」
「すっげーな。黄河」
「私の時代ではね、東アフリカが1番近代的で大きいの」
「東アフリカが?!」
「中国は今も神秘的な伝説がいっぱい残ってるんだよ」
「どんな?」
「調べておく。私の脳は理数系だから、基本、伝説って信じてなくて。だからインプットもアウトプットも苦手なの」
フラウは小さく舌を出した。
「よーするに、興味がないってことか」
「そ」
ここが北京でもホテルの一室でも関係ない。フラウとならどこでも会える。いつだって。
少なくともオレはこの時、まだそう思ってた。
もう心の大半がフラウで埋め尽くされて。
オレの判断力なんてチンケで、自分がフラウに会えれば良かった。
フラウがどうやってオレに会っているのかなんて、考えてもいなかったんだ。
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