そんな顔すんなよ

 高校の校門から一直線にあるプラタナス並木の葉は日を追うごとに黄色を増やし、もうすっかり金色ロード。

きちくきくちは顔面パンチが効いたのか? 最近、オレの胸に飛び込んくる女の子はいない。


「やーまと、うぃぃぃ」

「うぃぃぃ」


 菊池と朝の挨拶を交わす。顔の痣は消えている。

 プラタナス並木をバックにポートレートにでもなりそうなイケメンぶり。朝から色気過多。


「いよいよだな。欠席届出したし、準備OK」

「ここんとこ、きちくきくちは女の子食ってねーの? 殴られて懲りた?」

「そんな暇ねーし。ルアーの準備と黄河の釣りポイント情報集めるのに忙しくて。やっぱ、幻の魚釣って発信してーじゃん」

「女より釣りかよ」

「泳ぐルアー作った」


 じゃーんと見せてくれたのは、10センチほどの魚型ルアー。菊池が目をぽちっと押すとリアルに体をくねらせる。


「市販のもネットで売ってっけどさぁ、作ってみたかったんだよ」

「それ、水の中で泳ぐ?」

「おう、ばっちり。更に! オレオリジナル。投げた軌道から釣り糸の伸びを計算して、泳げる範囲内の生体を探知。そっちに泳ぐんだよ」

「すっげー。さすがキク。それでばんばん釣れよ」


「使わねー」


「なんで?」

「作るのにめっちゃ大変だった。魚に持ってかれたら終わりじゃん」

「あっそ」


 頭いーけどBAKA。それでも菊池は作ったことが嬉しいらしく、色んな友達に誇らしげに見せびらかしていた。


 一般市民の与(あずか)り知らぬところで画策された中国グルメ旅行。ほんの少し後ろ暗い気持ちはある。でもま、楽しむしかねーじゃん。


 ぶぶぶぶ


 オレのスマホが見知らぬ番号からの着信を告げた。


「はい、小笠原です」

「こひたんでーす! 元気? スマホ持ってないってやっぱり嘘」


 なんで?


「あの、この番号はどうして」

「やだなー。ファンサービス。アタシ、ファンを大事にするの。だから、アタシのツアーに参加してくれるファンを思ってのラブコール」


 ぜんぜん答えになってねーし。


「それはどーも」


 ファンじゃねーけどさ。


「アタシの中国ツアーに当選したから、住所も連絡先も高校も分かっちゃったー」

「でも、目的はオレじゃなくて菊池の方ですよね?」

「ああ、菊池君ってゆーの? 当選者は小笠原君だもん」


 そっか。菊池はオレのペアとして招待されるんだった。こひたん、菊池が行くこと知らねーんだ。


「……」

「ね、アタシ、前のリして中国行こうと思ってるの。北京でホテル一緒だから。よろしくね」


 ぜんぜんよろしくねーよ。


「困ります。予定があるので」

「知ってるよ。旅行会社の人に聞いたんだもん。じゃっねー」


 北京って初日じゃん。

 大急ぎで菊池に連絡。


『ふーん。観光地巡りなら一緒でもいーんじゃね? SNSは勘弁だけどさ。あの女が釣り場まで来るわけねーじゃん』


 確かに。釣りするとこってさ、辺鄙で不便。おまけに今の季節、内陸は寒い。


「キクのこと狙ってるんじゃね?」

『ま、美味しそうではある』


 きちくきくち。


「胸でかいもんな」

『でもパス。こんな風に調べて予定合わせる女、しつこそう』


 さすが百戦錬磨。手負い経験あり。


「ちゃんと選んでんだなー。手あたり次第じゃなかったんだ」

『気づいてねーかもしんないけど、大和だって狙われてるからな。ま、十七歳だしさ、そろそろ練習しときたいならいーんじゃね?』

「な、な、なんの練習だよっ」

『ははは。じゃな。オレ、西安(シーアン)と西寧(シーニン)の人から釣り情報仕入れなきゃいけねーから』


 プッ


 きちくきくち、何言ってんだか。

 フラウに会う前のオレだったら、鼻の下伸ばして喜んでたのかも。かわいい顔にセクシーボディ。ファンじゃなくても眼福。アイドルなんて一般高校生には遠い存在。

 遠い存在、か。

 フラウがせめてアイドルならよかった。握手会に行けば会える。手に触れられる。

 切な。


 初めてベッドに並んで座った夜以来、フラウの隣がオレの定位置になった。

 正面だけじゃなく横顔も完璧のフラウに、時々、息がかかりそうなくらい近づいてしまう。

 最初のころ、頬を染めていたフラウは、最近では泣きそうな顔になる。


 今夜も。まただ。

 それは会話がほんの少し途切れた瞬間。

 自分だって。息が止まりそうになる。


 そんな顔、すんなよ。


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