不可能なキス

 並んで座ると、正面からよりも肩が華奢に見えた。


「な、なに?」


 フラウの頬がほんのり赤く染まる。


「横からも立体なんだな」


 目の前では、青森土産を縮小コピーしたほんのり青く光を放つイヤリングが揺れる。


「当然じゃん。じゃなきゃ3Dって言わないよ」


 身動きしないフラウの瞳に涙が湧いてくる。


「どうしたの?」


「大和が私の横に来てくれたのに、私から見てる映像は変わんない。改良しないと」


 触れられそうなほど近くにある瞳から、とうとう涙が溢れて頬を伝う。思わず涙に触れようと左の親指を伸ばしたのに、オレの指先はフラウのホノグラフに埋まってしまった。


「なんで泣くの?」


「分かんない」


 肌の感触も体温も感じられないままフラウの頬に指を滑らす。


「フラウからオレって、どんな風に見えてる?」


 フラウは涙をカーディガンの袖で拭うと、パスリングを操作して、オレに映像を見せてくれた。矩形の中は、さっきまでオレが座っていたディスクチェアとベッドに並んで腰掛けるフラウとオレの全身が映っている。部屋の少し離れた場所にテレビカメラでも固定されているかのように。


「あ、そっか。自分の目のところにポイントを持ってくればいいんだよね」


 フラウのホノグラフが一瞬消えて、再び現れた。


「あれ? 今。消えた?」

 隣からフラウに話しかけてみる。


「きゃっ。近すぎ」

「涙、乾いてる」

「泣いたのは昨日だもん」

「え?」


「一度映像を消して、計算と設定をし直して、同じ時刻に戻ってきたの」

「なんだよ。区切んなよ」


 気分的に。さっきんとこで一日空けるってどーよ。


「昨日は泣きたい気分だったの。もう大丈夫」

「あっそ」


 冷静になるとさ、なんでオレって、フラウの隣に座ったんだろ。あれ?

 そーだ、横顔見たかったんだ。ホノグラフが全身なのか知りたかったんだった。


「今度はね、もう1台モニターを用意したの。自分の視線から見える分を追加したの。これでばっちり」


 いや。ばっちりじゃねーし。普通、第三者視点のモニターはいらねーんじゃね?


「フラウの部屋、モニターでいっぱいだな」


「部屋じゃないよ。こんなことできるの」


「ふーん」

「せっかく設定し直したんだもん、大和、なんかしてよ」

「なんかって、なんだよ」


 こんな至近距離じゃなきゃできねーことなんて、ホノグラフじゃ意味ねーじゃん。


「じゃんけんとか?」

「隣じゃなくてもできっし」

「いくよ、じゃんけん、ポイ」


 フラウにつられて、ついオレもグーを出す。ほぼ条件反射。


「フラウのチョキ、変。それピストルじゃん」

「私たちはこれがチョキなの」

「これだって」

「それはビクトリーのサイン」


 しばらくじゃんけんをして、あっち向いてホイをしてから、フラウは消えた。


 どさっ


 フラウがいなくなったベッドに寝転ぶ。

 はー。

 分かってる。分かってるって。自分が何をしようとしたかくらい。

 オレ、フラウにキスしたかったんだ。


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