会いに行ってあげる

 疑問に思ったことはすぐに訊く。

 いつもの時間に現れたフラウに疑問を投げてみた。


「うーんとね、前に脳をある状態にしてインプットするって話したじゃない?」

「聞いた。知識を身につける方法だって」

「それと一緒。アプリに日本の映像や文字や音楽を学習させておいて、それをインプットするの。そうすると、自分の表現したいことが日本語で分かって話せるの。アウトプットの方が難しくて、ちょっとだけ練習が必要だけど。あ、ほら、自分のパソコンやスマホにアプリをダウンロードする感じ」


「脳にダウンロードか。未来ってすげーな」


「過去の積み重ねがあったからだよ」

「フラウのいる時代も積み重ねてる途中なんだろーな」

「きっと。人類が終わるまで」

「あ、そーだ、フラウ」

「なに?」

「フラウっていつでもどこにでもホノグラフ送れるんだろ?」

「うん」

「中国でも会うことってできる? どーせキクにもバレたんだしさ」


「ふふ。大和、私に会いたいの?」


「別にっ」

「照れ屋さん」

「そーじゃねーし」

「しょーがないなー。じゃ、会いに行ってあげる」

「なんだよ。それ」

「ときどき大和が何してるか見てもいい?」

「プライベート空間は禁止だからな。バスとトイレ。ってか、そこしかプライベートじゃないってキツイって」

「私、ずっと見てるほど暇じゃないよ」

「あっそ」

「中国、楽しみだね」


 まるで一緒に行くみたいな言い方じゃん。


「フラウの時代って、例えばモスクワから成田ってどれくらいで行ける?」

「3時間くらい」

「は?」

「空港じゃなくて、ピンポイントで行きたいとこへ行けるよ。技術的には。例えば、モスクワの自分の家から横浜のこの地点まで。コストがかかるから、そんなことするのはよっぽどのときか、仕事で必要な人くらい。一般の人はモスクワの空港から羽田に行くよ」

「羽田? 成田は?」

「滑走路はいらないから場所を取らなくなったし、騒音もなくなったから、成田はなくなって羽田に集約されたの」

「へー」

「モスクワ空港から羽田空港までは3時間」

「すげぇ」


「ちなみに、私は学生だから一般の交通機関はただ」

「なんで?」

「学生が自由に見聞を広めて経験を積めるように」

「マジで!?」

「北京(ペキン)も西安(シーアン)も行きたい放題。連絡しておけば、どこの学校で授業を受けてもいいの」

「授業はどーでもいい。言葉分かんねーじゃん。あ、そっか。フラウのときは世界中英語なのか」

「興味があれば、どこの授業でも受けられるし、どんな学問をしてもいーの」

「へー」


 勉強の話はいーや。


「薄い反応」

「興味ねーもん」

「便利なんだよ。自分の将来の仕事にも繋がって。特にアスリートは希望の監督やコーチにアピールするルートになるの。そんな学校で、有名になる前のアスリートを見学するって、ちょっとしたマニアがいるくらい」


「あー、甲子園なんかで毎年見てる人いるもんな」

「甲子園? 甲子園……ああ、ベースボールの」

「フラウ、今って頭ン中でアウトプットが遅れたの?」

「うん。ちょっと。高校単位でベースボールの試合をして、県代表を決めるってゆーのかよく分かんなくって」

「は?」

「私たちの時代はエリア、えっと、地域って区切りがないからピンとこなかったの」

「じゃさ、オリンピックってねーの?」

「あれはね、どんどんお金がかかるようになって、開催地になるとこがなくなったの。同時に人の行き来が活発になって、強い選手が別の国籍を取って参加するようになったから、結果、陸上競技はアフリカ系、格闘技はロシア系、サッカーは南米系、体操はアジア系って、国籍じゃなくて人種で決まっちゃうようになったの。で、自然消滅」

「うっそ。紀元前からあったのに。寂しー」

「国がないんだもん、国単位で競うオリンピックもないよ。でもね、4年に1回のスポーツの祭典はあるよ」

「お、よかったぁ」

「あれ? 何話してたんだっけ?」

「学生は飛行機がタダって話」

「飛行機って名称じゃないけど」

「中国の話してたんだよな?」


「ふふ。そーだったね。大和が中国でも私に会いたいって」


「そんなことは言ってない」

「ふふふ。あははは。ふふふふ。はは」


 フラウは首を少し傾けて無邪気に笑う。


「そこまで笑うなって」

「嬉しいんだもん」

「ちげーからな」


 会いたい。毎日。ホントは一日中。

 ベッドに腰掛けるフラウの横に座ってみた。並んで。

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