つまるところ経済戦争

「で、フラウはなんで? まだ11時半じゃねーじゃん」

「さっき大和が『会いたい』って言ったから」


 !

 それってオレがバスルームで言った独り言じゃん。ってことは。


「人が風呂入ってたとこ見たの?」

「見てない。見てないよ。だって湯気で見えないもん」


 見る気満々じゃねーかよ。


「プライベートタイムは見るな」

「……はい」


 フラウがしゅんとする。ちょっときつく言い過ぎたかも。


「へー。最近、大和が変わったのは、これかぁ」

 いきなり菊池がにやにやとオレに目配せしてくる。


「変わった?」

「ちょっとな。男っぽくなったってゆーかさ。だから、今日もこひたんに迫られてたじゃん」


 菊池の発言に首を傾げる。一方で、目の前のフラウは、キッとオレを睨む。


「あの、頭に行く栄養分が全部胸に行っちゃったよーな女ね」

 フラウの言い草は酷すぎ。


「おいキク、変な言い方すんなって。迫られてたのはお前じゃん」

「最初はな。中国ツアー、大和と一緒にしようとしてなかった? 大和って、女豹系から人気あるんだよなー」


 いらんことを。


「大和って、学校で女の子から人気あるの?」

 眉をへの字にしてフラウが菊池に尋ねる。


「よく女の子に泣きつかれてるよ」

「なんですって!」


 きちくきくち。お前のせいだ。お前が食い散らかした女の子が泣きついてくるんだよっ。

 なんとかフラウの誤解を解いて、和やかに中国グルメ旅行の話題に移行した。

 つーかさ、なんでこんなに必死になってフラウのご機嫌とってるんだろ。オレ変。


「北京に着いたら、その日は北京ダックだよな」

「旅行会社の人にいい店教えてもらおーぜ」

「でもさ、いーのかな。この旅行って血税なんじゃねーの?」


 オレの不安にフラウが「だいじょーぶ!」と人差し指を立てた。


「なに、その自信」

「だって私、聞いちゃったもん」


 きょとんとする菊池に、未来からは過去が見放題だってことを補足した。


「何を聞いたんだよ」

「待ってね、見せるから」


 フラウはパスリングをこすって宙に矩形を出し、A3サイズほどに広げた。そして、首を傾げながら指を動かした。宙に浮いたA3の大きさの矩形はテレビ画面のように横須賀ベースの会議室を映し出す。

 会議室には3人の軍人がいた。2人は今日会った、いかにも位が上の方の年配の軍人。もう1人は、その2人より弱冠若い。青森でコア物質密輸未遂を口止めした軍人だった。



『もしあの少年が海に溺れなかったらと考えると背筋が凍るよ』

『全くです。コア物質の密輸未遂が明るみに出たら、日本はどうなったか分かりません』


『欧米諸国はテロ組織がコア爆弾を持つことを恐れていますから』

『国際秩序維持軍が大挙してやってきて、新しく基地を造れというかもしれんところだった』

『基地の建設費、兵士の駐在費は日本が出すことになりますね。べらぼーな金額を』


『そんな苦渋を飲まされた上に、さらに、開発中の兵器や自分達がいらないような問題のある兵器をとんでもない値段で買わされることは目に見えている。平和な世の中だというのに』

『兵器はコストパフォーマンスがいいですから。いい商売です』


『世論を煽って国際問題にし、日本を吊るし上げてコア物質を安く買い叩く。密輸の原因究明という名のもとに、日本の貿易体制やらなんやらにいちゃもんをつけて、多額の賠償金を要求する。更には、ヨーロッパがユーロを手放したように、市場開放への足掛かりのネタにするだろうね』


『そうなったら中国とロシアも黙っていませんよ。ロシアは日本海のレアメタルの利権を狙うでしょう』

『ただでさえ、中国は、東シナ海とアラビア海のレアメタル共同採掘につけこんで、元を通貨にしろと迫っているという噂じゃないか』


『つまるところ、経済戦争ですよ』

『資本主義であろうが社会主義であろうが、国民の財産を他国に献上するわけにはいかんよ』


『あの少年が溺れたことに感謝しますよね』

『あの少年をあの場所に連れてきた少年にも』


『防衛隊海軍の企画ということになっていますが、実際には**大臣や防衛隊海軍トップのポケットマネーですよね? 公職選挙法が変わって公務員の寄付が可能になりましたから』

『そうじゃなかったら、企画が通るわけないよ』

『事情を知らない防衛隊の空軍や陸軍の軍人達が、くじを引きに来ていますよ』

『はははは。かわいいじゃないか』



 フラウが見せてくれたのはここまでだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る