きちくきくちの天罰
え、オレ?
「いえ。コンサートには行きます」
名目上、行けって言われたもんな。
「ちょっと、私が一緒に回ってあげるって言ってんの」
オレの答えに不服を申し立てるこひたん。
「あの、連れもいるので」
隣にいる菊池だけどさ。
「ふふ。小日向、惨敗」
マネージャーが言い放つ。
「ざーんねん。君、かわいいし、一緒にいたら楽しそうなのに。ふふふ。それに、脱いだらちょっと美味しそう」
なに、その言葉のチョイス。うわっ、胸が寄ってる。ってか、寄せてる。これが色仕掛けってやつか。
「滅相もない」
こんなこと慣れてねーから、変な言葉出てきたじゃん。
「ねーねー。写真撮らせて。SNS用、顔は隠すから」
こひたんの申し出に「後ろ姿なら」と菊池が答えた。だよな。この手のアイドルのファンって、熱狂的で偏執病なの多そうだもんな。
こひたんが前向き。菊池とオレは後ろ向きでマネージャーさんがシャッターをクリック。こひたんは腕を絡めて来て、さらに胸を押し付けてくる。
ぽよん
ファンサービスばっちりだよな。
カシャ
カシャ
控室を出ようとすると、こひたんが攻めてくる。
「連絡先交換しよ」
「あ、オレら、スマホ持ってないんで」
きちくきくちはぶった切った。あからさまな嘘。すげーな。
外で海軍カレーを食べながら訊いてみた。
「キク、こひたん、タイプじゃねーの? 胸でかかったけど」
「んー。そんなんより、今は早く釣りの計画立てたい」
きちくきくちのこんなとこがいいんだよな。
「黄河ってさ、どの辺行きたい? 上流? 海の近く?」
「両方。大和は?」
「オレは釣りしないからなー。でも、でっかい川は見たい」
「スマホじゃ地図小さくね?」
「帰りに本屋行くか」
「だな」
「それと家に連絡」
「学校休んで1か月くらい行きて―」
菊池はそんなんゆーけどさ、1か月もフラウに会えないのは困る。
横須賀の本屋では中国のガイドブックを購入。地図は大きなものがなかったから。その場でネット注文。帰りに横浜駅の本屋で畳2畳分の大きさに広がる中国地図を受け取った。激早。
あざみの駅構外の段差に腰を下ろして相談する。
日程は11月初旬の1週間。なるべく早く行かないと、冬、黄河の上流には雪が降るんじゃないのかと予想した。釣りどころじゃない。今度こそ軽く死ねる。
こひたんのコンサートは旅行最後の日。こひたんのコンサートツアーとしては、最初の日に当たる。コンサートに行くって縛りさえなきゃさ、明日にでも出発したいくらい。冬怖ぇもん。いくら一時期の温暖化で地球の気温が上がったからって、源流の方は標高4000メートル以上。日本より遥かに気温が低い。
セレブ菊池は、ちょくちょく海外旅行に行くような家族。オレは帰国子女。2人ともパスポートあり。どっちも子供だけでの釣り旅行を許すほどゆるゆるの家庭。学校を休むことに関して何か言われるとは思えない。
「大和ぉ、オレ、源流の湖で釣りしたい。なんかさ、龍とか釣れそうじゃね?」
「どんなルアー使うんだよ。それとも生餌?」
「水晶玉とか」
「沈むじゃん」
「じゃ野ウサギ」
「かわいそーなことゆーなって」
もう嬉しくて想像広がりまくり。
「グルメの方はどーなんだろな」
「キク、北京ダック食ったことある? オレない」
「ある。中華街で。旨い」
「高級料理だけじゃなくってさ、屋台も行きてー」
「寒い中の肉まんとか旨そう」
盛り上がりまくっているときだった。
「いた!」
目の前には仁王立ちしたミニスカートの女の子。黒タイツの美脚に目が行ったそのとき、
ドスッ
きちくきくちが顔面パンチを喰らった。
「小日向りんとよろしくやってれば!」
「痛(い)ってぇ」
グーで殴られたき菊池は、後ろにあった生垣に倒れこんだ。
顔を押さえながら女の子を見上げるきちくきくち。
「小日向りんのSNSに写真あったから。後ろ姿だってね、首筋のほくろで分かるの。乙女の純情、舐めんなっ」
唾でも吐きそうな勢いで言い捨て、女の子は立ち去った。
首筋のほくろって。菊池にそんなんあったんだ。知らんかった。女怖っ。
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