こひたんと豚汁
コンコン
「失礼します」
現れたのは、いかにも民間の旅行会社の人。
「ご当選、おめでとうございます。当選されたのはどちらの方ですか?」
「はい、ボクです。ペアということなので、ここにいる菊池君と一緒に行く予定です」
一人称をボクにして返事をした。
「お二人で行かれるのですか? 未成年ですよね」
「「はい」」
「では、当選されたばかりでまだ感動冷めやらぬといったところでしょう。お家の方との相談もあるでしょうから、今日のところはご両親の承諾書をお渡しするということで、詳しいことは後日検討するという形でよろしいでしょうか」
「「はい」」
「パスポートをお持ちでないならば、大至急申請をしてください」
実感が湧かないまま中国グルメ旅行が決まった。これから湧いてくるのかも。
旅行会社の人から名刺をもらった。横浜駅近くに店舗あり。至れり尽くせり。
「大和ぉ、なんかさ、決まっちゃったな」
「いーのか?」
「口止め料?」
「もちょっといい言い方しろよ」
建物の外に出ようとすると、何か柔らかい物がオレの腕に当たった。
ぽよん
なに? この感触。
振り向くと。
「みーつけた」
立っていたのはこひたんこと小日向りん。
オレの隣に立っていた菊池を目がけて走り、うっかりオレに胸が当たってしまったらしい。ごちそうさまです。
「どーもっす」
視線をロックオンされた菊池が答えた。
「ね、お昼って食べた? まだだったら一緒に食べない?」
あからさまに菊池だけを見て話すこひたん。一方の菊池は、視線をふっとこひたんの胸元に落とした。あー。あかんヤツじゃん。やめとけ。きちくきくち。ファンの報復怖いぞ。
「オレら、これから、海軍カレー食べようと思ってたんだよね」
「こっちこっち」
こひたんは菊池の腕に自分の腕を絡みつけ、ついでに胸もしっかり菊池の腕に押し付けて、建物の奥に戻って行く。
ついて行くしかないっしょ。
「小日向りん様控室」とA4サイズの紙がセロテープで留められた部屋に入室。
部屋にはマネージャーと思しき30代の女性がいた。
「じゃーん。さっきのイケメン、捕獲したよ!」
こひたんは嬉しそうにマネージャーに菊池を見せる。少しくらいオレに気ぃ遣えよ。
「ファンに手ぇ出しちゃダメですよ。あんまり素行が悪いとホローできかねます」
マネージャーは困り顔。
「お昼一緒に食べるだけ。ほら、こっちの子は中国グルメ旅行を当てたラッキーボーイ」
一応オレのことも紹介してくれた。
ぺこりとマネージャーに向かってお辞儀をするオレ。にっこり微笑みを返し、マネージャーはイスとおにぎりを用意してくれた。一方では、使い捨て容器を取り出して、こひたんが豚汁をよそってくれる。ちょっと意外。だってさ、アイドルのイメージって、自分でなんにもやらずにマネージャーに身の回りのこと全部させるって感じだったからさ。
「ごめんね。海軍カレーは、体にカレーの匂いが残るから豚汁なの。海軍カレーは外で食べてね」
言いながら、こひたんはテーブルに豚汁と割りばしを置いてくれた。
湯気がほわっと立ち上って匂いが舌を刺激する。ヨダレが出てくる。
「ねーねー。2人は私のどこがいい?」
こひたんがオレ達の正面に座って頬杖をついた。胸が大きく開いたふりふりの衣装。見たくなくてもメロン級の胸の谷間が真正面。これ、絶対狙ってやってるよな。
でさ、どこって言われても、別にファンじゃねーし。
「胸」
えええーーー。きちくきくち答えやがった。単刀直入すぎ。
「ありがと」
いーのか? そんな答えで。
女の子の対応が苦手なオレは、ひたすら、おにぎりと豚汁に集中する。
「小日向、2人とも防衛隊海軍が好きだっただけかもよ。たまたま小日向がいたから握手しただけかも」
マネージャーがふふんと笑う。当たらずしも遠からず。
「えー。防衛隊海軍が好きって感じには見えないよー。ミリタリー男子がいっぱい来てるけど、この2人って違うもん。かといって、私のファンとも人種が違うけど」
こひたん、伊達に歳くってない。人間観察ばっちり。
お、このおにぎり、具が豚肉の生姜焼きじゃん。
「小日向と一緒にいるのに、この2人、特に嬉しそうって感じじゃないもんね」
マネージャーがこひたんに何か言っている。
ずずっと豚汁をすするオレ。旨っ。なんつーの、男の料理って感じ。具が大きめ。豚肉たっぷり。これに七味をプラスしたい。
「ま、いーわ。ところで、中国旅行が当たった君、もしよかったら、中国を一緒に回ってあげよっか?」
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