中国グルメ旅行当選
順番が来た。まずオレ。
「応援してます」
ありきたりの言葉を述べてこひたんと握手。
ふにゃ
へー。女の子の手ってこんな柔らかいんだ。細っ。白っ。ヤローの手とぜんぜんちげーじゃん。
「ありがとう。写真はいい?」
「はい」
「そうなの? じゃ、くじを引いてね」
「はい」
童顔だけど年上で、ラッキーガールって触れ込みの裏には芸能生活苦節数年か。なんかさ、この握手が人生の若干先輩からのありがたいもののよーな気がしてくるじゃん。
三角に折られた紙のくっついている部分を剥がすと『アタリ』の印字。やっぱり。
「次の人、どーぞ」
どうせ外(はず)れくじだろうと思っているのか、こひたんは流れ作業のように仕事を熟(こな)そうとしていた。
「あの、当たりました」
「ええ! 本当にアタリ、入ってたんだ?!」
そこそこ芸能生活を送ったこひたんがこんな風に驚くから、つまり、当たりなんてないことが多いんだろーな。これだって出来レース。
こひたんは置いてあったベルをからんからんと鳴らした。
オレのところに、女性の軍人がやってきた。
「中国グルメ旅行、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「お連れ様が終わるまで、もうしばらくお待ちください」
「はい」
背後では、休憩前の最後の握手客である菊池がこひたんとご対面。
「来てくれてありがとう」
おいおいこひたん、オレんときより声かかわいーじゃんか。
こひたんと菊池の会話が聞こえてくる。
「残念。中国旅行、君と一緒に行きたかったなー」
こひたん、悪かったな。オレで。でも菊池も一緒だけどな。
「ははは。プロフィールに女優志望ってありました。女優デビュー待ってます」
へー。菊池、興味なくても会う人のプロフィール調べたんだ。こゆーとこが人に好かれるんだよなぁ。
きちくきくちは女にモテるのに男友達が多い。やっぱさ、相手の細かいとこ見てるしさ、人との接し方が丁寧なんだよな。食うの対象の女の子以外。
「はい。頑張ります!、ねぇ、もし時間があるなら、お昼一緒に食べませんか?」
きちくきくち、すげー。アイドルに逆ナンされてっし。
「このあと予定があるので。すみません」
「えー、ざんねーん」
「失礼します」
菊池の挨拶が聞こえ、握手ブースから菊池が出てきた。
「よろしいですか?」
と女性の軍人が菊池とオレに声をかける。
「「はい」」
「中国グルメ旅行が当選いたしましたので、詳しい説明をさせていただきます。こちらへどうぞ」
案内について行くと、女性の軍人は会議室の前で立ち止まった。
コンコン
「お連れしました」
会議室は学校の教室ほどの広さ。
女性の軍人は案内だけだったようで、ドアを開けてオレ達に入るように促すと立ち去った。
そこには既に、いかにも偉い年配の軍人が2人待っていた。2人とも紺色の制服。袖口の線が多くて肩から胸にかけて紐みたいなのぶら下がってるし、勲章が眩しい。
部屋に入ると、2人は立ち上がって敬礼してくださった。
たじたじとお辞儀で返す。敬礼した方がよかったかも。
「おかけください」
「「はい」」
オレ達2人が座ると、ざざっと音でも立ちそうなほど鮮やかに、軍人はイスに座った。
ビビる。
なんとなくピシッとしなければならないと意識が働く。
「おめでとうございます。中国グルメ旅行が当選しました」
「「ありがとうございますっ」」
「中国10日間の旅です。10日間以内でも全く構いません。日程は、ご都合の良い日にちで結構です。現地に着いてからは自由行動とツアーガイド付きを選べます。一応、イベント企画の趣旨として、1日はアイドルの、えーっと……」
「小日向りんです」
言葉に詰まる上官に助言を出すらしき隣に座った軍人。
「ああ、小日向さんのコンサートに出席していただきたいのですが」
「「はい」」
神妙に返事。
「学業や部活動、塾などもあると思いますが、ぜひご旅行を検討してください」
「「はい」」
コンサート日程すら聞かされていないのにまたまた返事。
「この後担当者が来ます。できるかぎりご希望にお答えするように伝えてあります。以上です」
「「はい。ありがとうございます」」
「本日はお忙しい中、ご足労、ありがとうございました。旅行の打ち合わせが終わりましたら、おにぎりや豚汁を食べていってください。お勧めは海軍カレーです」
「では、旅行担当者に変わります」
ざざっと立ち上がり敬礼する2人。
こっちも直立して斜め45度のお辞儀。
軍人2人が出ていくと、脱力したようにだらっとイスに腰を下ろした。
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