こひたんとの握手会

 横須賀ベースは広かった。かつてはアメリカ海軍が使用していた。今では日本防衛隊海軍。その昔自衛隊という名称だった防衛隊はアメリカ軍が日本から引き上げたときに、自衛隊という名称でなくなった。ま、むかーしむかしの話。


「広っ」


 横須賀ベースは広大。自転車の貸し出ししてるし。


「キク、握手、どーする?」

「どーでもいい」

「オレも」

「人いっぱい。びっくり」

「ここって海軍じゃん。とりあえず戦艦見とく? 空軍だったら派手な航空ショーがありそうだけどな。キク、キク?」


 ほんの一瞬目を離した隙に、菊池は逆ナンされてっし。

 ちょっと派手系のお姉さん2人。


「一緒に見学しない? アタシたち2人で来たの」


 ケバ過ぎ。パス。


「オレら、こひたんと握手しに来ただけなんだー。すいませーん」


 菊池が断ると、2人組は「イケメンなのにアイドルオタク。きもっ」「目的はマッチョなアーミー男子よ」と別の男を物色しに行ってしまった。


「きちくきくち、逆ナンされるな」

「それってオレのせいじゃねーじゃん」


 確かに。不可抗力だよな。でもさ、イケメンオーラを抑えるとか色気を振りまかずに歩くとか方法ありそうじゃん。……ないか。


 歩いているとセーラーカラーの軍人が案内や呼び込みをしていた。


「こひたんとの握手会場はこちらでーす。豪華プレゼントが当たるくじ引きもありまーす」


 ん?

 呼び込みをしているのは、確かに青森でオレ達を車で送り、チケットを渡してくれた軍人。あのとき、オレをお姫様抱っこして運んでくれた。


「あ、あの。小笠原大和です。青森ではお世話になりました、ありがとうございました」


 駆け寄ったオレは真正面でびしっとお辞儀をした。隣では菊池がお辞儀。


「ああ。どうも。何もなかったことにしてください」


 そうだった。


「「はい」」


 青森からも来てるんだ。防衛隊海軍のイベントだから手伝いとか?


「こちらで握手していってください。是非」


 アイドルに興味はないが、命の恩人に勧められては断れない。並ぶか。

 菊池も同じように思ったらしく、小さく頷いた。 

 野外に設置されたチープなイベント会場には長蛇の列。アイドルって大変なんだなー。


「こーゆー会場ってもっと派手なんかと思った」


 菊池に同感。列の先には防衛隊海軍のテント。学校の運動会に使用されるようなタイプのもの。その中に握手ブースがある。等身大のこひたんの写真が印刷された板の後ろが握手スペース。


「キクって、こーゆーの来たことある?」

「ない」

「オレも」


 列に並んで約3分、メガホンを持ったイカツイ軍人がやってきた。いかつくてもセーラーカラーのかわいい軍服。


「みなさん。申し訳ありませんが、ここでいったん区切らせていただき、小日向りんは休憩を取らせていただきます。この後の方には整理券をお配りしますので、こちらにお並びください」


 メガホンで後ろに向かって通達。どこからか女性の軍人が現れて、オレ達から後ろの人に整理券を配り始めた。


「すみませんが、このまま列にお並びください」

 イカツイ軍人は菊池とオレに一礼。


 列がどんどん短くなる。

 ん?

 握手するスペースの前に立ててある等身大こひたんの写真の横に、金色のモールで飾られた手作り感満載の看板があった。


『特別企画! こひたんくじ引き! 中国グルメ旅行にペアでご招待! 君もこひたんの中国ツアーに参加しよう』


 オレの頭の中を走馬灯のように防衛隊海軍とのやりとりが過(よぎ)る。


『じゃ、何かしたいことは? 釣りかね?』

『僕は友達に誘われて釣りに来ているだけで。命が助かった今、したいことは、美味しいものを食べることです。本当にありがとうございました』

『君は?』

『黄河やアマゾン川で釣りをしたいです』

『ははは。いいねえ』


 くじ当たるのって、まさかオレら?

 ちょいちょいと菊池をつついて「あれ」と看板に視線を送った。


「マジか」

 菊池も察したようだ。


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