すっげー好き
夜行バスに揺られて早朝に横浜到着。
「このまま学校行きてー」
高校はここから徒歩圏。
「家帰るのめんどくさ。決―めた。オレ、家帰らねー。置きっぱのジャージ着る」
自由人菊池は、今日一日をジャージで過ごすらしい。
「オレもそーすっかなー」
始発前でバスがなかったので、横着にもタクシーで高校まで。歩ける距離でも荷物が多いからさ。
閉ざされた門から見えるプラタナス並木を横目に、菊池とオレは学校の塀に沿って進む。硬式テニス部男子の部室の脇には垣根があり、もしものために道路と行き来できるようになっている。割とポピュラーで、サッカー部も使用。更に、部室の鍵は職員室に1個、部長が1個保管すると表向きはなっているが、部室前のシューズボックスの一番下の角に常備。これも、もしものため。
もしもって? 今日みたいな日、かな。
2人で部室のイスで仮眠。シュラフがまた役に立つ。天日干ししたから乾いてふかふか。
魚臭っ。
シュラフが臭う。海に落ちたんだもんな。
2時間ほどすると、朝練メンバーがやって来た。朝練は自由参加。菊池もオレもパス。眠り続ける。
「先輩達、魚臭いんですけど」
意識の遠くに、そんな声が聞こえた。
目が覚めると、朝練に参加した人数分、お土産のお菓子がなくなっていた。ついでに、釣り道具が外に出されていた。
教科書も筆記用具もなく授業参加。一定の成績さえ取っていれば、何をしようがお咎めなしの自由な校風。なので、ジャージに関しても、机の上に何もないのに授業に出ていることに関しても注意されなかった。楽。つーか、これってどーなの?
無事に一日を過ごし、帰宅。
「ただいま。フラウ」
部屋に入ると自然に言葉が出てしまった。
だってさ、見てるかもしんねーじゃん。
まだ8時前。11時半にしか来ないのか。
いつもより長めに入浴。夜行バスで寝たまんま。今日1日、自分でも汗臭いのが分かった。
やっとフラウが現れたのは、やっぱり11時半で。喉の奥が苦しくなるくらい待ち遠しかった。たった3日会えなかっただけなのに。
「ただいま。フラウ」
ホノグラフは実像と変わらない。思わず抱きしめたくなる。
「おかえりなさい。楽しかった?」
「すげー体験した」
オレはコア物質製造施設の方から貨物船が来たこと、シュラフのまま海に落ちたこと、海上保安庁でなく防衛隊海軍に救出されたことを、興奮気味に話した。黙ってろって言われたけどさ、フラウならいいんじゃね? 今の人間じゃねーんだから。
「助かって良かった。大和」
フラウはオレを見つめる。
胸が詰まる。
「あ、あ、えっと。あのさ、お土産ある」
「え、嬉しい」
「これ、ほら、キーホルダー。お揃(そろ)」
照れながらフラウに差し出す。
「ありがとう。ステキ。光ってる」
フラウは嬉しそうに微笑みながら、キーホルダーをスキャンした。
「使えるかどうかも分かんないけど、なんかキレーだったから」
「ふふふふ。ね、2個買ったの?」
「そ。自分にも」
「スキャンするんだから、1個で良かったのに」
そーだった。オレ、やっぱBAKA。
「気分だよ。気分」
負け惜しみ。
「今はキットがないからできないけど、コピーを作るね。でも、どーやって光らせるんだろ」
「電池入ってるんだと思う」
「あ、そっか。大和の時代は電気エネルギーだもんね」
「え? フラウんときはちげーの?」
「うん。トリノンエネルギー。電気は歴史に出てきたよ。私たちんとこでは電気エネルギーは慣用されてないんだけどね、昔の膨大な資料が電気製品で保存されてるものが多いから、ちょっと使ってる」
「ふーん」
「電線がすごいよね。あれ。大変」
「コードなくなるんだ? 電池?」
「うーんと、電気じゃないから電池じゃないよ。電池って大きくて重いよね。自動車とかパソコンとか」
そっか? 今の電気自動車搭載の電池は、テニスボール四球入りの缶くらいの大きさ。小さいと思ってた。未来はいろんなことが進化するんだなー。
「キーホルダー、光らせなくてもいいよ。なんかさ、渡したかっただけ。見せたかった」
目の前のフラウの頬がほんのり赤く染まる。
「ありがと」
丁寧に胸の前で両手を合わせて握りしめるフラウの姿はとても可憐で、至近距離に見えるのに、距離さえ存在しない場所に隔てていることが悲しくなった。鼻の奥がツンとする。
すっげー好き。
目頭が熱くなって、声が震えそうになる。
「コア物質の密輸現場だったんだな」
話題の方向転換は自然だった? オレの気持ちバレてね?
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