防衛隊海軍

 寝転んだままぼーっとしていると、菊池が部屋に入って来た。


「大和、大和! よかったぁ。よかったぁ、大和ぉ」


 菊池は涙を浮かべてオレにしがみつく。


「ごめん。心配かけて」

「オレこそ。こんなとこまでつき合わせて。もう、どーしよーかと思った。マジで。海猿にSOSしたんだよ。助かって良かったよな。さすが海猿」


 菊池は海猿、海猿と言うが、オレを助けたのは、どう見ても防衛隊海軍だ。海上保安庁じゃない。海上保安庁の船が大砲をぶっ放すはずがない。


「ありがとな。キク。連絡してくれて。海猿に連絡した?」

「おう。オレ、海釣りするから、スマホに登録してある」


 体にだるさは残っているが、意識はしゃんとしてきた。「よいしょ」と半身を起す。


「この船、防衛隊海軍だよな」

「近くで演習してたからって」


 演習だって? 演習で船体に穴まで開けるか?


「キク、お前、演習、見た?」

「演習に見えなくてさ」


 だよな。


「大砲ぶっ放してたよな」

「空砲で音だけって説明された。陸からは防砂林で見えなくて。でもさ、ジープでここまで案内されたとき、救命ボートからトラックに移される外国人、いっぱい見たんだ。なんか、黒人でも白人でもない堀の深い顔」

「外国人?」

「案内する人がオレの意識を逸らそうと一生懸命で。なんか怖くて、なにも聞けんかった。どう見ても『捕まって連行される』って感じ。それに、スマホ没収された。大和のも」

「は?」

「防衛隊海軍と接するときのルールらしい」


 コンコン


 びくっと体が反応してしまった。それは菊池も同じで、両目を見開いてドアを見た。


 コンコン


「はい」

 菊池が冷静に返事をした。


 ガチャ


 ドアが開いて現れたのは、明らかにさっきの青い服の軍人よりずっと階級が上の軍人だった。グレーの制服にはよく分からないが肩章だか勲章だか付いている。


「大丈夫ですか」

「はい。ありがとうございました」


 ピシッと直立不動で話しかけられると、こっちまで背筋が伸びる。


「お世話になりました」

 菊池はイスから立ち上がって斜め45度のお辞儀。


「実は相談があります」


 父と同じくらいの歳に見える軍人は、ベッドのそばまで来てパイプ椅子に腰かけた。 

 恐縮してしまう。

密談でもできそうなほどのパーソナルスペースに切り込んできた軍人は言った。


「今回のことを誰にも話さないでほしいんです」


 は? 命助けられたのに?

 菊池もオレの斜め横で目を瞬(しばた)かせている。


「助けていただいたことをですか? それとも見たことをですか?」

「全て。君たち2人は今日1日釣りをしていた。何事もなく。そういうことにして欲しいんです」

「あの、でも、両親には連絡したいです。助けてくださったことをきっと泣いて感謝すると思います」


 オレの言葉に、軍人は静かに首を横に振った。

「ご両親にも。約束していただけないと、ここから帰すわけにいかないんですよ」


 穏やかに微笑みながら、穏やかじゃないことを言ってっじゃん。


「あの、いったい何があったんですか?」

 菊池の質問に、軍人はふっと溜息を吐いた。

「軍事演習を行っていました」


 それは変だ。


「今日は土曜日です。訓練は休みじゃないんですか?」

 オレの素朴な疑問に、軍人は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「緊急出動です」


 とうとう尻尾を掴んだというように、菊池は「演習じゃなかったんですね」と言った。


「あの貨物船は、密輸をしてたんですか? コア物質製造施設の方から来たのが見えました」


 オレは核心を衝いたようだった。


「どうしましょうか。そこまで見ていたんですね」

 軍人はピシッと伸ばしていた背筋を緩め、腕組みをして続けた。


「これは、国際問題なんです。エネルギーは簡単に兵器に転用できるもんじゃない。だけど、コア物質の密輸というのは、きわめてセンシティブな問題なんだよ。危うい中で世界のパワーバランスは均衡に保たれている。日本がそれを崩す原因になるなんてことは、許されないんだ。分かってくれるかね」


 ことがデカすぎる。世界のパワーバランスだって? でもさ、これを黙ってるってことは、国民の義務を怠ってるってことになるんじゃね? でもって、隠蔽の一旦を担いだことになる。


「分かりました」


 ええー。菊池、返事早すぎだろ。


「君は? 小笠原大和君」


 返事するしかねーじゃん。


「はい。分かりました」

「よかった。君たちを帰すことができるよ。スマホは**駅の交番に届いているから」

「え、ここで返してもらえないんですか?」


 菊池に同感。びっくりだよ。


「写真を撮られると困るのでね。念には念を」

 軍人はははははと笑った。

 笑うこともあるんだな。ずっと深刻な顔してたけどさ。

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