水難

 コア発電所は世界各国にあるが、コア物質の製造技術を持っているのは日本とフランスだけ。正確には、製造の仕方は分かっていても、大量生産を安全に製造する技術という点にハードルがあるらしい。


「大和ぉ、エネルギー取り出す技術って、やっぱ爆弾とかにも利用されんの?」


 物騒だぞ、おい。


「さー。そうなんじゃね? 小さな物質で巨大なエネルギーが発散できるんだもんな。その辺りって、ネットで調べられないようになってっじゃん。結構日本もネットにフィルターかかってるって思わね?」

「ま、しゃーないんじゃね? テロいっぱいあったからさー」


 オレの祖父母の時代にテロや愉快犯が多発した。ネットで割と簡単に危険物の入手ができたし、製造方法を知ることもできた。更には、3Dプリンターにデータを飛ばして出力なんて方法でキット作成まで。オレらが生まれてからは平和。


「ここで釣るならどーぞ。オレは寝る」


 オレはふんふんと鼻歌を歌いながら、リュックからマットとシュラフを取り出す。

 一方、菊池はルアーを選び始めた。


「人魚ってどんなルアーがいいと思う?」

「パン。かワイン」

「そんなルアーねーよー」


 頭を抱かえるBAKA菊池。悩み続けろ。

 枕元にスマホを置いてBGMを流す。準備万端。


 ジーーー


 オレがシュラフのジッパーを半分まで上げたときだった。


「おい、大和。すっげーでかい船」


 半身を起して海を見る。


「ホントだ。あんなでかい船用の港、近くにあったっけ」

「ないはず。辺鄙なとこだもん」


 だよな。

 大きな貨物船は、どう見てもコア物質製造施設の付近に停泊していたとしか思えない。さっきまでは湾にいなかった。施設の前に浮かび、オレ達の方に船首を向けている。


「迷ったのかな」


 菊池は口の横に両手を添えて叫んだ。

「人魚が逃げるから向こう行けー。八戸はあっちですよー」


 いくら近いっていったって、聞こえるわけがない。寝よ。


 ジーーー


 オレは途中までしか閉めていなかったシュラフのジッパーを上げ始めた。が。


「うわっー、マジであの船こっち来る」

 菊池が騒ぐ。


 ジーーー


 なんなんだ。オレは再びジッパーを下げて船を見ようとした。


「でかっ」


 あの貨物船、オレらの方向にどんどん向かってきてっじゃん。

 オレはシュラフにまだ体が残っていたことを忘れて立ち上ろうとして……


「うわっ!」


 ずるずる、ごろごろ、ずるずる


 バッシャーン


 落ちた。足場悪かったんだよ。


「大和!」


 足掻こうとしても足がシュラフに入ったまま。水の中で上も下も分からない。パニック。


「うっ」


 目の前は水。

 自分が水の中に沈んでいく。


 ごぼごぼごぼごぼ


 足をシュラフから出すんだ。手探りでジッパーを下ろしていると水面に出てきた。この間恐らく2秒。


 大丈夫。オレは34歳まで生きるんだ。大丈夫。絶対助かる。


 波って陸地に打ち寄せてるはずなのに、オレの体は陸地から遠ざかっていく。ような気がする。海水と波で視界がいっぱいで、菊池の位置が確認できない。

 なんとかシュラフから抜け出して呼吸をすることに専念。オレは泳げるはずだ。オレは助かるはずだ。そう言い聞かせる。


足掻きすぎて力尽き、全身の力を抜いて浮いていた。

波が次々と襲ってくる。

泳ごうにも、波で岸が見えない。どこへ向かって泳げばいいのか。


どれくらい漂っていただろう。

34歳まで生きられねーじゃん、と半ばあきらめかけていたとき、オレの目の前にオレンジ色の浮き輪が降ってきた。オレは蜘蛛の糸に跳びついたカンダタのように、オレンジ色の浮き輪に希望の光を見た。


 引き上げられたのは日本の戦艦の上だった。

「大丈夫ですか」と問いかけられても、苦しくて返事ができない。青い服を着た誰かが、オレに毛布を被せ、力強い腕で支えてくれる。


 と、その時、突然の爆音と共に体が揺れた。

 顔を上げると、数百メートル離れた場所で、貨物船から煙が上がっている。攻撃を受けた船の下に救命ボートが近づいていくのが見えた。

 訳が分からない。日本は平和なはず。

 オレは意識が薄らぎそうになるのを踏みとどまって、船体に大きな穴が開いた貨物船を見ていた。


「医務室に」


 背後から低い声が聞こえた。指示されたんだろう。


「はっ。医務室に移動します。捕まって下さい」


 恥ずかしくもオレは、お姫様抱っこで艦内を移動し、だだっ広い医務室に運ばれた。そこには細いベッドが何個も並んでいた。

 濡れた服を脱いで、用意された白いTシャツと黒いパンツに着替えた。


 ころん


 狭いベッドに寝かされると毛布を掛けられ、やっと名前を伝えた。


「もう大丈夫です。しばらく休んでいてください。着岸したら知らせます」

「ありが……とうござ……いました」


 青い服を着た人は、栄養補給ゼリーを置いて出ていった。


 はー。助かった。

 オレ、本当に34歳まで生きるんだろうな。

 34歳って微妙な年齢について喜ぶべきか悲しむべきか、助かったばかりでは判断しかねるよな。

 体ダルい。

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