コア物質製造施設
菊池は青森と言ったけど、青森市とは全く違う場所だった。だいたい、青森行きの高速バスなのに、降りた所は八戸。八戸のJRの駅で電車が動き出すのを待ち、在来線に乗り、さらに送迎車で民宿へ。
名物も名所も何もない場所。民宿には閑古鳥が鳴いていた。
「大和、どーする? 一緒に海釣りする? それとも観光する?」
「せめて八戸で言えよー」
電車とバスで観光地から遠く離れてからじゃ遅いわっ。しかも民宿の送迎車って普通の家の車だったじゃん。じーちゃん家(ち)来たんじゃねーのに。まあ、生まれも育ちも横浜のオレ、父方の祖父母は鎌倉、母方の祖父母は横浜山手。本物の祖父母宅よりもじーちゃん家(ち)っぽい。
近くに1つ時間をつぶせそうな博物館的な施設はあるらしい。海を眺めるのに飽きたら、そっちへ行ってみよう。
菊池はいそいそと釣り支度を始める。その横で布団を敷いて仮眠するオレ。まったく、こいつの体力には呆れ返る。夜行バスの中って繊細なオレはぐっすり眠れねーし。
「ま、さ。ラブホから学校に直行した日に比べりゃ、そんなに疲れてないって」
ときちくきくち。嫌味としか思えん。
そんな風にしていると、部屋の戸をこんこんと叩き、人の良さそうな民宿のおばさんがやってきた。
「まーまー、東京の人はイケメンさんねー」
「オレら、東京じゃなくて横浜です」
「ここからしたら、シチーボーイ!」
そして、湯気が立ち上る味噌汁をお盆から座卓に差し出してくれた。焼き魚、海苔、ほうれん草の胡麻和え、だし巻き卵、かまぼこ。
持つべきものは、顔のいい友。
ご厚意をありがたく頂いて、釣りに出かけた。
海まで歩くこと5分、幻の魚を見たという地点を探すことさらに15分。
「旨かったぁ」
「飯は感謝だよな。で、幻の魚は?」
「どんなだろーなー」
菊池はイスを用意して釣りの道具をセッティングし始める。
「なんだ、釣った魚のことじゃねーの? 珍しい深海魚かなんかかと思った」
「ちげーって。釣ったなら幻じゃねーじゃん。釣れてねーから幻なんじゃん」
釈然としないが、菊池の言うことも一理あるのか。
「どんな魚?」
「人魚」
「は? おいおいおいー」
「まじで。だってブログに写真載ってた」
菊池は釣り道具をオレに持たせてスマホを操作する。ややあって、じゃーんという効果音でも出しそうに画面を見せられた。
波間に浮かぶ肌色だかベージュ色だかの上半身後ろ姿っぽい。風に髪が靡いているように見えなくもない。
「これは人魚じゃなくてさ、心霊写真じゃね? 画像荒いし、小さくてよー分からん。波も荒くて」
「心霊写真じゃねーって。はっきりしすぎだろ。昼間だしさ」
「心霊写真って、夜だけだっけ?」
「おい、大和。オレがその手の話苦手だって知ってて言ってんのか?」
「違うって。ただ、人魚とかマジでゆーなよ」
鼻で笑いそうになってから、ふと思い出す。
「それと、アオモリに。自撮りしようと思ったんだけど失敗しちゃった。海岸線が変わってるんだもん」
もしもフラウが見学だけでなく、ホノグラフを青森に送っていたとしたら。この写真はあり得るんじゃないのか?
オレはもう一度、スマホの画面をじっと見た。
それはどう見ても後ろ姿。肌色っぽいところは、波しぶきでよく見えないが、ひょっとするとベージュのカーディガンかもしれない。
まさか。こんななにもない辺鄙な場所。一瞬自分が考えてしまったことを打ち消す。
菊池とオレは釣り糸を垂らせそうな波打ち際まで行って海面を見た。
「人魚さーん。アリエルちゃーん」
菊池のBAKAっぷりが炸裂。大声で海に向かって叫んでいる。
前面に水平線、背面に自然……というよりもひなびた雑木林。右手には岩場が続き、左手には岩場の向こうに大きな施設が見える。コア物質製造施設。高いコンクリートの塀、白い巨大な建造物。地下に九割が埋め込まれているというタンクもそびえる。確かにでかい。でもさ、あの施設一つで日本で使う全ての分と海外へ輸出する分のコア物質を製造しているって能力を考えると、小さいと思う。
環境のため、現在では原子力発電に替ってコアという物質で発電が行われている。他の風力、火力、水力、太陽光に比べて、格段にコストパフォーマンスが良く、少量のコア物質から莫大な電力を得られる。
「なーキク、あーゆー施設、高知にもなかったっけ」
夏休みに菊池と高知へ行った。ホエールズウオッチングで沖へ出るとき、船から西日本の何割かを請け負っているコア発電所があった。
「あーゆーのあったな。たしかあっちは発電所」
菊池もやっぱり覚えてたんだな。青い海、青い空、白い巨大な施設ってコントラストは綺麗だったんだけどさ、めちゃ違和感あったもんな。
「すげくね? あれ1つで日本や世界のエネルギーの素、すっげーたくさん作ってるんだもんなー」
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