心臓の誤作動

「例えばさ、インドとかってドルに変わった時、困らなかった?」


 素朴な質問をするオレ。


「銀行が大変だったんじゃないか? レジも。今まで○○○ルピーで食ってたカレーが○○ドルになったら今一つピンとこない。メニューも時給も変わる」

「そっか。高いんだか安いんだかさっぱり」


 テレビではゲストコメンテーターが『今まで通貨がユーロで、日用品を元で買ってたように、通貨がドルに代わるってだけなんでしょうね。東ヨーロッパ諸国では。まあ、もともと元って昔っからお札じゃなくて電子決済じゃないですか。一般市民にとっては今までと変わらないんじゃないですか? 北欧は特にユーロも早くから電子決済でしたから』なんて笑ってる。


 父は国盗り合戦みたいになった世界地図を見て「なんか怖いな」とスープをすすった。


 朝食を終え、経済ってよ―分からんと首を傾げながら自室に入る。



「お」


 そーじゃん。まさかとは思うけどさ。一応確認。

 オレは昨晩撮った、フラウの写真が本当にあるのか見てみた。


「あるし」


 小さなスマホの画面には、胸の部分にプレートを掲げたフラウが写っていた。


 フラウ・N・37142MA250YADE。


 今度はいつ来るんだ? 「またね」とは言ってたけどさ、それは数日後かもしれないし、なん十年後って可能性もある。

なん十年ってことはないのか。思い出した。オレ、34歳で死ぬんだっけ。これって、普通言わなくね?




次にフラウが現れたのは3日後。

 塾の帰り、最寄り駅の改札正面の柱にフラウがいた。


「大和、今日、いい?」

「何時?」

「11時半は?」

「分かった」


 前もって時刻を言ってくるとこが律儀かも。初日はすっげぇ失礼なヤツって思ったけどさ。 ドラえもんは突然のび太の部屋に現れたじゃん。

 いつフラウが来てもいいように、ここ3日間は部屋を綺麗にしていた。待ってる感がハンパない。だってさ、学校にあんな綺麗でかわいい子、いないから。しかも外見がドストライク。

 いそいそとシャワーまで浴びて準備万端でお迎え。


 フラウは11時半きっかりに、3日前と同様、ベッドに腰掛けた状態で現れた。制服、カーディガン、紺ソ。


「なあなあ、フラウって時空パトロール隊とかそーゆーの?」

「時空?」

「ほら、タイムパラドックスが起きないように」

「ううん違う」


「過去を変えたら未来が変わるんじゃねーの?」

「変わんないよ。だって、過去なんて変えられないもん」


「でもさ、フラウはこうやって過去に来てるじゃん」

「過去に映像を送ってるだけ」

「未来から?」


「そ。ほら、たとえば、何億光年も離れたところにある星って、見てるのは、何億光年前の姿なわけじゃん? それと同じような風にして過去を見ることができるの。もう、見放題。自然交配見学とかも」

「おい! 究極のプライベートだろうがっ」

「まーね。でも、見えるんだもん。ネット映像もあって」

「は?」


「大丈夫。本人達からは見えてないから」

「尚更ひでぇ。オレもいろいろ見られてるかも」

「……」


 フラウ。なぜ黙る。なぜ目を逸らす。なぜ頬を赤らめる必要がある。


「なんか見たのか?」

「だから、ちゃんと前もって時間指定したじゃない」


 何を見たんだよっ。


「予告してから来るから律儀なヤツだと思ってた」

「プライベート空間だもんね。しょうがないよ」


 何を見たんだあああああ。


「ごほっ。で、フラウは時空を超えて来たんじゃねーの?」


 オレは咳ばらいをして冷静さを取り戻した。


「まあ、言葉ではそうなるけど、光とは別の、光のようなものをマイナス方向に加速させて過去にデータを送ってるの。だから、私にとって、今、ここでのことは現在」


 さっぱり分からん。


「前回は自己紹介とオレの余命宣告だろ? 今回は?」

「余命宣告って、そんなつもりは。でも、分かってた方が人生設計しやすくない?」

「決めつけんなよ」

「ただ、会いたかっただけ」



 きゅん



 うっわー。なんだ今の。一瞬心臓が誤作動した感じ。

 オレも、会いたかったかも。言えねー。


「……」


「ねぇ大和、この時代のこと聞きたいの」

「どんな?」

「すっごい格差社会って記録なの。大和は幸せ?」

「それなりに。まあ、もっとモテたいとか彼女が欲しいとか上を見ればきりねーけど」

「そうじゃなくって」


「男子高校生の幸せの尺度なんて彼女だろー」

「あー信じらんない。こんな人が本当に? 何かの間違いじゃない?」


 あれ? 目の前のフラウの表情がしょっぱくなった。


「なんか言ったか?」

「べーつーにー」


 翻訳アプリの解析能力すげーな。「べーつーにー」なんて言い方まで。


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