$or元?
早朝、リビングのテレビではニュースが流れ、父は新聞を読んでいた。
「おはよーございまっす」
よかった、いつも通りじゃん。
「おはよう」
「おはよう、大和」
オレはルーティン化されたコースでキッチン脇を通り、弁当のおかずを確認してから席に着く。
朝食は母の気まぐれで、洋食だったり、和食だったり、割合は6対4。
今日はパン。ハムエッグ、サラダ、ヨーグルト、りんご。マカロニ入りの野菜スープは昨日の夕食の残り。ダイニングテーブルからは、リビングにあるテレビが観える。
『……アメリカのFOMBは、ユーロを廃止しドルを通貨として流通させることを条件としました。これにより、ヨーロッパ諸国の銀行が抱える制裁金は大幅に減額される見込みです。ヨーロッパ諸国の中央銀行及び主要の銀行が実質的にアメリカに救済されることとなり、ヨーロッパを発端とする経済危機をまぬがれました。一方、日本とインド以外のアジア全域、ロシア、アフリカの通貨となった元が、東ヨーロッパ諸国で既に流通しているため、中国との調整が急務と考えら……』
テレビ画面には、世界地図を前にレポーターが説明を始めた。
『今のところ、イギリスはポンド、日本は円です』
レポーターは日本が中心にある世界地図のイギリスのところにポンドの「£」マークを置いた。続いて、日本のところに漢字の「円」を。海の部分が水色、陸地の部分がクリーム色の殺風景な世界地図に、二か所のマーク「£」と「円」。
『中国は、もちろん元です』
中国のど真ん中に元の「¥」マーク。
『中国と貿易をしているインド以外のアジア諸国の通貨は元です』
レポーターがインドシナ半島辺りに触れると、世界地図の日本とインド以外のアジア全域が赤くなった。
『中国のお隣のロシアは現在、元です』
レポーターがロシアの部分に触れた。ロシアが赤くなった。
『アフリカは中国人による出稼ぎ労働者が非情に多く、割と自然に元が導入されました。まあ、なんといっても電子マネーによる決済が主流で中国の金融機関が利用されていましたから』
アフリカ大陸が赤くなる。
『アメリカはドル、カナダ、南米もドル、オーストラリアとニュージーランドもドル、そしてインドがドル』
アメリカ大陸とオーストラリア、ニュージーランド、インドが青色に変わった。
『今回、ヨーロッパもドルになりますということなんです』
レポーターがフランス辺りに触れた。ヨーロッパは青。
『問題はここなんです。東ヨーロッパ。中国と近いんです。だから、既に何年も前から陸続きで中国製品が流れて来ていまして、元が結構遣われていたんです。この部分の国では、表向きの通貨はユーロだったんですが、生活用品の購入は元なんです』
イギリスと日本以外の殆どが赤と青に染められた世界地図をぼーっと眺めた。
レポーターは東ヨーロッパを差して「問題だ」と言うけれど、オレの目にはイギリスと日本の方が問題に見える。いや、その前に赤と青が問題だろ。なんかさ、第二次世界大戦やその後の冷戦のときのアメリカとロシアの対立に似ている。アメリカと中国が対立しいてるように見えてしまう。
気のせい?
つーかさ、どう見ても、この先イギリスはいつかドルになりそうじゃん。日本ってどうするんだろ。アメリカと仲良しだからドル? アジアだから元?
ま、どっちでもいーか。購買やコンビニで支払うとき、カード出すだけだもんな。
「大和、今に日本もドルか元になるぞ」
父はどおってことない風にオレを見た。
「どっちになると困るとかってあんの?」
「為替で景気やなんかが調整されてた部分があるんだろ。銀行が手数料稼げなくなるとか。難しいことは訊くな」
あ、逃げた。
キッチンスペースから母が顔を出した。母の後をコリー犬の諭吉がついて歩く。
「ユーロ圏のEU内では関税がなかったけど、元やドルはまだ関税が残ってるじゃない。ゆくゆくは元なら元、ドルならドルの圏内の国で関税をなくして輸出入をし易くして経済圏を拡大することが目的なんじゃない?」
ふーん。
「どーだかなー。関税がなくなったら、どの国も困るんじゃないのか? その国の製品を守ることや関税収入が」
「関税収入分は企業業績が上がれば法人税でもらえるとか」
なんだか父と母が堅い話をして。オレは今一つ会話に加わちにくい。
「んー。関税収入は6兆円くらいだっけ。法人税の収入はその2倍くらいだから、んー。法人税率も考えると、そこまでの期待はできないんじゃないか?」
よー分からん。
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