ロット番号

 変なヤツ。だいたい、この状態につき合ってる自分も変だよな。夢とはいえ。


「あーっと。話の腰折るようで悪いけど、ロット番号って?」

「あ、そっか。大和は自然交配なんだ。

 へー。自然交配の割には結構イケメンじゃん」

「あのさ、さっき、日本語のデータがないとかなんとか言ってなかった? ペラペラじゃん。しかもイケメンなんて辞書に載ってると思えないんだけど。横浜の『じゃん』遣いこなしてっし」


「色んな資料から翻訳アプリを学習させたの。あ、ロット番号ってのは、受精と遺伝子操作の段階で管理されてた番号。私の時代では、もう自然交配をやってないから。ここに書いてある『N・37142MA250YADE』が私のロット番号」


 なんかさ「ミナイチヨウニマァフコーヤデ」「皆一様にまぁ不幸やで」って読めるじゃん。


「つまり、人間全てが試験管ベビーってこと?」

「うーんとね、母体から生まれないの。人は培養されるの。女性が出産から解放されて真の男女平等が実現したの。出産って腰が千切れて飛んで行くほど痛いらしいだもん」


 人間が培養されるのか。オレの夢だとすれば、結構悲しい想像だ。


「マジで? じゃ、結婚は? 恋愛は? 生殖行為は?」

「生殖行為? ああ、エッチはするよ、だって本能だもん」


 生殖行為をエッチと翻訳するとは、なかなかやるな翻訳アプリ。こんな美少女の口から、あまり刺激的な言葉は聞きたくない。面と向かってなんてオレの方が照れる。

 なんか色っぽいキーワード出てきたしさ、ベッドに座ってるしさ。シチュエーションもばっちり。夜、オレの部屋、2人きり。もう、押し倒しても構わないんじゃね? そもそも夢ん中。


「……」


 そっか。ホノグラフで実体はないのか。押し倒せねーじゃん。


「とにかく。大和は私と会う運命だったの」

「あっそ」


 夢なのに、触れることもできない女の子に構ってる心の余裕なんて持ち合わせていない。チェンジだチェンジ。


「真剣に聞いてる?」


 引いてる。


「つまり、未来の人間って?」


 オレは小指で左の耳の穴をほじほじ。


「もー。大人になるとあんなにステキなのに。顔以外ぜんぜん違う」


 フラウは下唇をちょっと突き出してクレームを付けてきた。


「へー。大人のオレに会ったんだ? オレってどんな人生? 子供は? 奥さんきれー系? かわいー系? 高校卒業までに初カノできる?」

「サイテー」


 今度はオレに絶対零度の視線を向けやがった。

 当たるも八卦当たらぬも八卦。


「オレがどんな人生かは知ってんだろ? もったいぶるなって」

「34歳のときに世界有数のお金持ち達に疎まれて殺される」

「いきなり最期かよ」


 失礼極まりないぞ。


「また会いに来る。今度は失敗しないように」

「失敗?」

「この時代は初めてだったから、色んなところにうっかりデータを表示しちゃった」


 フラウはペロッと舌先を出した。

 どうやらオレが横浜駅の地下鉄への通路や電車で見たものは失敗データだったらしい。


「お、そーだ。なんかさ、信じらんねーじゃん。写真撮っていい?」


 オレはポケットからふにゃふにゃした半透明のトランプサイズのスマホを取り出した。オレの顔を認証すると起動し、硬くなる。


「私の写真? 誰かに見せる?」

「見せても信じねーって。話したらもっと信じねーし。ま、自分で自分を信じるためっつーか」

「いーよ。ちょっと待ってね」


フラウは前髪を触って分け目を気にし、肩から落ちていた左側のウエーブした一束を背中にやった。それから両脚をきっちりそろえて斜めに。スカートのすそも直して。胸の部分にプレートを持つ。


カシャ

カシャ

カシャ

カシャ


「どーもーっす」


 これで明日の朝起きたときに、このデータがあったらびっくりだよな。


「ね、今写真撮ったのって、この時代のメモ帳?」

「スマートフォン。写真撮ったり、友達と連絡したりできるやつ」

「あー、パスリングね」

「は? パスリング?」

「これ」


 フラウは自分の左中指の指輪を見せてくれた。幅3ミリくらい。どう見てもただの指輪にしか見えなかったのに、フラウがその指輪を左の親指でこすると、トランプサイズほどの画面が現れた。フラウがその画面の角を人差指で触って動かすと、宙に浮かぶ画面は大きさを変えて画用紙サイズになったりA4サイズになったりした。


「すげ」

「これをなくすと何もできなくなるってくらい、データが入ってるの」

「財布の機能も?」

「うん。ロット番号、過去の経歴、医療データ、ホノグラフ、友達とのやりとり、研究内容やメモ、いつどこにいたのかまで」

「すげ。プライバシーの塊だな」

「大丈夫。皮膚組織に食い込ませてあるから。指を切断しなきゃ取れないの」


フラウは笑ってるけどさ、結構怖ぇーぞ。


「ところで、未来もそーゆー制服?」

「あ、これはコスプレ」

「コスプレ?!」

「じゃ、またね」


 フッ


 ベッドの上の姿は消えた。まるでスマホの画面を消したかのように。


『結構ヤバい、オレ』


 疲れてるんだ。勉強はしていないが。テニス部はゆるゆるだが。人間関係もいい感じだが。とりあえず疲れてるはずだ。

 寝よ。

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