すっごくステキなこと......内緒
『オレ、とうとうキタな』
これは幻だ。幻覚だ。しっかし可愛いよな。美形具合がハンパない。年齢は高2のオレとタメくらい。
「大和、今夜10時、家にいる?」
幻聴まで。
すたすたと幻覚の前を素通りしようとすると、
「ちょっと! 大和」
幻覚は駅構内に声を響かせた。一斉にその女の子とオレに視線の矢が飛んでくる。即死。
オレが声を出していないのに視線が集まるということは、さっきの声が現実だってことじゃん。
「はい」
とりあえず立ち止まって美少女を見る。
やー、もう、夢を具現化したビジュアル。
「今夜、会いに行くから、部屋にいてね。10時」
「はあ……」
もう、周りの人みんな見てるじゃん。聞いてるじゃん。やばっ。オレ、耳熱い。たぶん顔真っ赤。勘弁してくれよ。
恥ずかしさに一瞬下を向き、顔を上げたときには、美少女の姿は消えていた。
いたよな。確かに。
夜の10時に部屋に来るって? 夜? オレんち親いるし。ついでに兄貴も犬もいる。いや、2人きりだったらって、何かを期待してるわけじゃないけどさ。
『あれだ、あれ。人違いだろ』
いや、確かに大和ってオレの名を呼んだ。よな?
家に帰ると、とりあえずは掃除。
よく分かんねーけどさ、来るって言ってたから。まさか真に受けてない。でもさ、一応。
ばたばたと脱ぎ散らかしたものを片付け、女の子には見られたくない様々な事情の痕跡を隠し、リビングからクッションまで持ってきてみた。
インターホンが鳴ったら、即行、オレが対応しようと玄関でうろうろ。家族に怪しまれ、コリー犬の諭吉が首をかしげる。
9:45から10:10まで、玄関は微動だにしなかった。
『来るわけねーよな』
初対面なのに夜に家を訪問するなんて普通に考えて「ない」。
一応、諦め悪く玄関の外を見渡し、オレは自室に戻った。
ガチャ
「10時って言ったじゃん」
おおっと。自室のドアを開けると、夕方の美少女がオレのベッドに腰掛けていた。
どっから入ったんだ? コイツ、外見は極上だが常識は皆無だな。
「誰?」
初対面で呼び捨て、更に夜、部屋のベッドで待つなんて嬉しい失礼をするヤツに、ちょっと乱暴に返した。
「名前はフラウ。N・37142MA250YADE。運命の人に会いに来たの」
あー。あかんヤツじゃん。オレ、やっぱ変。
「どっから入った?」
「入ってないよ。大和が見てるのはホノグラフ。そっか。この時代はまだ実用レベルじゃないもんね。触ってみて?」
「触る?!」
いいのか? どこ触っても。
小心者のオレは、カーディガンの肩の部分にそっと手を近づけた。オレの右手は、フラウとやらの体の中にどこまでも埋まっていく。手には何かに触れたって感覚がない。
まじか。
「信じた?」
どうせ夢だ。首を縦に振っておこう。
「で、何しに来たって?」
「運命の人に会いに来たの」
ふーっ。深呼吸を一つ。とりあえずはオレも座ろう。ずっと玄関に立ってたもんな。
オレはデスクチェアに腰を下ろした。夢だろうけどさ。
「で、どうしてオレんとこに?」
「見て、これって大和が書いたんでしょ?」
フラウが「ほらっ」と得意気に見せてくれたのは、15センチ×20センチくらいの大きさの木の板。書かれているのは3行横書き。1番上は横浜市から始まるこの家の住所。2行目がオレの名前「小笠原大和」。3行目は「フラウ・N・37142MA250YADE」。
はっきりとではないが、そう読める。
「私、学校で大和のことをインプットしたときにずっと引っかかってたの。インプットしなきゃいけないデータが多過ぎるし、誰も他人のロット番号なんて覚えてないの。でもね、自分のは覚えてる。資料の写真に大和の遺品があって。それがこれ」
まだ齢(よわい)17でお肌もぴちぴちのオレの「遺品」なんて聞いても実感湧くわけねーじゃん。
「表札かなんか?」
「表札ってゆーの? ここに私のロット番号が書かれてた。だからね、解読しようとして調べたの。大変だったんだから。だって、英語じゃないし、フランス語、中国語はデータがあったけど、日本語ってもう資料がほとんど残ってなくって。そしたら私の名前の古い日本語表記だったの。もうびっくり」
「なんでそんな表札? みたいなもん」
「でねでねでね、すっごく探したの。もう、何度も過去を見学して。だって、すっごくステキなことが書いてあったから」
「は? 住所と名前じゃん」
「内緒」
フラウは意味深にふふふっと頬を染めて笑ってっし。
なんなんだ?
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