言い出しかねて I Can't Get Started
summer_afternoon
ミナイチヨウニマァフコーヤデ
BAKA友類友
西暦21XX年。
木々の葉色づく並木道、掠める風が秋運ぶ。
前方から瞳を潤ませ、たたたっと駆けよる推定D。
ぽふっ
オレの胸に飛び込んで、あざとく肩を震わせる。
「大和クン。私、私」
推定Dカップの女の子はオレの胸で泣き始めた。
またか。
「菊池?」
オレの問いかけに胸の中の女の子はこくんと無言で頷く。
「しょうがないよ。あーゆーヤツだから」
肩を震わせ再度頷く女の子。
「分かってたの。分かってた。でも……」
衆人環視の中、沈黙およそ四十秒。
零れんばかりの涙を湛え、女の子は作り笑顔で決め台詞。
「大和クン、これからも相談にのってね」
かわいく小走りしながら、女の子はプラタナス並木に消えていった。黄色く色づき始めたプラタナスの葉っぱはオレの胸をざわつかせた。
で、誰?
登校中の生徒の視線がやっとなくなったとき、オレは首を傾げながら歩を進めた。
「やーまと。うぃぃぃ」
「お、うぃぃ。っじゃねーよ。きちくきくち」
現れたのは、硬式テニス部で一緒の菊池。親友。華奢ななりして、結構な球を打つ。ジュノンボーイに勝手に写真を送ろうかと囁かれるほどの外見。脱いだら大したことないが、優しく澄んだ目は夢を追う少年のようとの下馬評。が、オレは知っている。色っぽいゆるふわ長身イケメンのこの男、天使のような外見を利用して、鬼畜のごとく女の子を食い散らかす。
「なんだよ。朝から早口言葉?」
菊池はいつものように女の子の視線を集めながら歩く。
「女の子泣いてたぞ?」
「どの子?」
「知らん。オレの名前は知ってたけど」
「大和のことは知ってるだろ。校内の女豹抱きたい男ランキング、ナンバーワンだもんな」
「うるせー」
嬉しくねーし。
「ちなみにオレは抱かれたい男ランキング、ナンバーワンだけど」
ほざけ菊池。
きちくきくちに悪行をされた後、女の子が駆け込み寺のようにオレの胸に飛び込むのは、この高校では日常光景。それなのに菊池の需要が絶えないとは嘆かわしい。
まあ、彼女いない歴=年齢のオレにとって、女の子が自分の胸に飛び込んでくるなんてことは柏手をぱんぱんと打ちたくなるほど有難いんだけどさ。
「そんなことよりさ、大和ぉ、幻の魚出たんだって」
女の子を泣かすことなんて鼻くそほども気にしない菊池。
「またかよ。先月はミシシッピー川って言ってなかったっけ? その前はマーシャル諸島」
菊池はこんなことばっか話す釣り好き。基本、BAKA。類友のオレもそこそこBAKA。
高校生活は、まあまあ楽しい。授業後にゆるいテニス部で軽く汗を……汗を流すほどもやらないが、その流れで寄るラーメン屋はいい。
横浜駅近くの幸川沿い、屋台ラーメンが復活。かつて街の外観を損ねているという理由で撤去された屋台は、近年、観光スポットとして人気を博する。はふはふと湯気にまみれてラーメンをすすり、満足。
「食ったぁ」
「煮卵半熟で旨かったよな」
「チョコレート入りはやめとけばよかった」
「ははは」
「学ランと口がラーメンの臭いんなった」
「この後女の子に会うのはムリだよな、大和」
「うるせー。そんな相手いねーこと知ってるくせに。嫌味か」
学校帰り、テニス部の何人かで寄った屋台は行列ができるほど大人気。
「「「じゃな、大和」」」「「じゃ」」
「じゃな」
友達と分かれ、地下鉄に乗ろうと地下通路を歩いているとき、前方約1メートル、頭上20センチの部分に胸の谷間だけがあった。
その胸の谷間は3秒ほど宙に浮いていた。
地下鉄に乗って電車に揺られていると、真っ暗な窓の外に、女の子の唇から鎖骨部分が一瞬見えた。
『オレも相当ヤバいな』
これが昂じて、今に犯罪に走るんじゃないか? じゃなくても、人知れず心療内科に足を運ぶことになるかも。
車内に視線を移し、つり広告を眺めていると、その横の荷物の棚近辺に、今度は白い手と左胸。服はちゃんと着ている状態。にしても、うーん、好みの大きさ。服? ベージュのニット。次の瞬間には、ちょっと垂れた左目が見えた。
心頭滅却に努め、あまりにリアルな残像を振り払う。
しかーし。
田園都市線に乗り換えるあざみ野駅で、振り払ったはずの残像を拾い集めたとしか思えない女の子が駅構内の柱にもたれて立っている。
タレ目。ピンクのちょっと厚めの唇。ベージュ色のカーディガン、白のYシャツのボタンは2つ開け、制服らしきチェックのスカート、紺ソックス。ちなみに地下鉄通路でオレが3秒ほど拝んだ胸の谷間はYシャツの隙間からうっかり覗き見えたようなものだった。ビンゴ。
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