【第8話】Re:ゼロから始めるクラス生活
『――クラスのみんなと休日に遊びに行くことになった』
でも、そんなこんなでとうとう来てしまったのである。
幽霊のように存在感ゼロだった僕が――クラスのみんなと遊びに行く日が。
○
決戦は、ある休日の昼過ぎだった。
集合は15時。みんなでモールをぶらぶら適当に回った後に、ファミレスに夕飯を食べに行くらしい。
うう……緊張するな。
本当に緊張する。緊張しすぎて30分前に待ち合わせ場所に来てしまった。
白星さんたちに鍛えてもらって、対人関係にちょっとだけ自信がついたとはいえ、限度はあるんだ。
現在、白星さんたち以外でまともに話せるクラスメートは二人だけ。
なのに今日はその二人以外にもけっこうな人数が来るらしい。きちんと会話できるか、仲良くなれるのか、不安だらけだ。緊張するなっていう方が難しい。
モール広場にある噴水近くで、僕は一人、ひたすらに深呼吸する。
「お、
声に振り向くと、清楚な黒髪ショートの女の子、
僕の隣の席の女の子で、まともに話せるクラスメート二人のうちの一人目。
「亀丸、いつからいたの?」
「あ、あっ、あの、その……」
佐藤さんは私服姿、ショートパンツに薄手のニットを着ていた。
シンプルにお洒落で可愛い。あくまで自然にだけどメイクもしっかりしてある気がする。そのせいか普段の制服姿とけっこう別人で、知らない女の子がいきなり現れたようにも錯覚してしまって、緊張で言葉が出てこなくなる。
「あれ、亀丸、私服もかっこいいんじゃん! これ、どこで買ったの?」
「あ、あっ、あの、これは……」
「それに亀丸、なんかいいにおいする! やばい!」
佐藤さんが僕の服を引っ張ってきゃあきゃあ言ったかと思えば、肩のあたりをくんくん嗅いできた。念のため猪熊さんからもらったお香を焚いてきたんだけど、これ、評判いいな……。
「って、佐藤さん、ち、近い! 近い近い!」
「ま、待って! これ、もうちょい嗅がせて!」
「わああ、お、終わり終わり!」
後ずさって距離を取ると、佐藤さんが頬を膨らませていた。
「なんだよー、けち」
「そ、そんな事言われても……」
見つめ合って沈黙する。
すると、僕たち何やってんだろ、というような空気が流れた気がして、お互いに「ぷ」と笑みがこぼれた。
「あたしは買い物ついでで時間余って来ちゃったんだけど、亀丸は?」
「僕は、やる事なくてヒマだから、来てしまったというか」
気づいたら、いつもみたいに普通に会話していた。
緊張がほぐれた気がする。佐藤さんの突っ切った親しみやすさが、本当にありがたいなと思う。
「なんかこのまま二人でデート行っちゃおっか? そんな空気ぽくない?」
「は!? え!? ちょ、それは」
「はいはーい、あたしの誘いくらいで慌てない」
ただまあ、この小悪魔の笑みでからかってくるのは勘弁してほしいんだけど!
「おーい」
しばらくすると、遠くから太い声がした。
振り返ると、
僕の前の席に座る茶髪のバスケ部、まともに話せるクラスメート二人のうち二人目。
熊谷くんはTシャツにジャケットのシンプルな出で立ちだった。
背が高くてスタイルがいいから、それだけで本当に格好良いなと思う。
「お? 亀丸、普通に私服よくね?」
「でしょ? 亀丸、お洒落なんじゃん!」
「い、いや、そんな事は……」
ファッションのスペシャリスト、
今回は匂いのレクチャーだけだったけど、前に選んだ服のままでもかなり好評だ。
猪熊さん、予想以上にすごい人なのかもしれないな。あの頃は半ば嫌々ながら従ってたけど。
「てか、亀丸も佐藤も早くね? あ? 二人でデートしたついでとかか?」
「だしょー? そう見えるしょー?」
「まーじか、亀丸がかわいそすぎるだろw」
「ふつーに失礼なんですけどー」
うう、佐藤さんが僕の服をつんつん引っ張ってきてノリノリの冗談をかましてるけど、これ系の冗談はどう返せばいいか分からなくて黙るしかないのがつらい。
「お、そろそろみんな集まってきたな」
熊谷くんが遠くを見ると、クラスの人たちぞろぞろ歩いてきた。
男女三人ずつ、ここに佐藤さんと熊谷くんと僕を入れて、計九人。けっこういるな、クラスのほぼ1/4か。
「まずモール?」「腹減ってるからモール早めに切り上げてファミレス行こうぜ」「早ええよ」「そのあとカラオケとか」「悪くないけど流れで決めんべ」
みんな熊谷くんと佐藤さんを中心に会話をしている。
僕は……その二人を壁にして、みんなに微妙な距離を取られていた。
普段みんなと教室で話しているわけではないので、こんなものなのかもしれない。
ただし今日はそこからもう一歩進んで、みんなと普通に会話できるようになるのが目的でもある。
まだまだ集合したばかり。様子を見て、落ち着いて話しかけていこう。
「それじゃあ、行くか」
熊谷くんの号令で出発になった。
まずはモール内の服やアクセサリーのショップを適当に回る。
みんな思い思いにメガネをかけたりアクセサリーをつけたりして騒いでいる。
「どう? 似合う?」
佐藤さんが、芸能人がつけるようなでっかいサングラスをつけて僕に見せてきた。
「に、似合うと思う」
「だしょー?」
佐藤さんがにっこり笑う、そこに熊谷くんが「お前トンボみたい」とか言いつつ、指をぐるぐるさせていて「それ、亀丸のが似合いそうじゃねえ意外に」「あ、かもかも!」とか言ってサングラスと貸してくれる。
まあ、佐藤さんよりよっぽどトンボで爆笑されたんだけど。
けれど……こんなふうに、時おり熊谷くんと佐藤さんが話しかけてくれる以外は、誰とも会話することができない。
男子三人は、僕と目が合うと戸惑ったような顔をしてすぐに目を逸らし、女子三人もたまに僕が視界に入れば、ひそひそ話をするだけ。
僕は沈黙したまま、この集団の後を付いて行くしかなかった。
やはり僕とクラスメートの人たちとの間に、大きな境界線がある。
もう六月も近い。二年生新学期のクラス替え以降、だいたいの友人関係が固まっている時期だ。四月から最近まで幽霊みたいだった僕と、今さら自然に仲良くなるだなんて難しいことは知っている。
それに、孤立してみんなとの関わりがなかったせいか、これは完全に僕が悪いんだけど……今日いるメンバーの名前も結構うろ覚えなんだ。
だから、僕から話しかけるのも
あちらから見てもこちらから見ても、歩み寄る手段が見つからない膠着状態。
仕方ない状況とはいえ……どうにかしたい気持ちはあるんだ。
○
二時間後、僕たちはファミレスに入って早めの夕食を取っていた。
長テーブル中央の席にいる僕を国境にして、それぞれ男女四人が分かれて座る形だ。
僕の両隣には熊谷くんと佐藤さん。たまに二人が話しかけてくれる以外は、やっぱり会話の糸口がつかめない。
というかこの二人、かなり意識的に僕の近くにいてくれている気がする。
気を遣わせてしまって申し訳なさすぎた。
申し訳なさが極まってお腹も痛くなったので、中座してトイレに行くことにする。
数分後。
個室トイレで用を済ませて出ると、ドアの前に並ぶようにして佐藤さんと熊谷くんが立っていた。
二人が僕の顔を見て、軽くため息。
「みんな悪い奴じゃないんだけど、亀丸はなー、意外にみんな対処に困ってるぽいからな」
「あの女神さまに目をつけられてるから、どんな立ち位置なのか分からなくて、困ってるのかもね」
「そうだなあ……それはあるかもなあ。微妙に特別っつーか、どんなキャラでいじっていいのか分かりづらいっていうか」
僕は努めて平静を装って「そ、そうなんだ。まあ仕方ないよね」と返してみる。
ついこの前まで幽霊みたいだった
ただ……この二人、僕の予想以上に気を遣ってくれているみたいだな。
申し訳なさでいっぱいになるけど、ここまで気を遣ってもらって何もなしというわけにはいかない。この優しい二人のためにも、できる事をやるしかない。
僕とみんなの間にたちはだかる境界線を、なんとか越えなきゃいけないんだ。
僕は席に戻る。
そうして深呼吸をして……みんなから教えてもらった事を思い出した。
『――みんなでの会話? そうね』
ツインテールを揺らして首をかしげる、猪熊さんの言葉を思い出した。
『みんなの会話に入れないと不安になると思うけど、笑顔よ笑顔。練習したでしょ?』
そうだった。まずは表情からダメだったらどうしようもない。笑顔だ。
『――そうね、集団での会話法を教えてあげる』
黒髪を軽くかき上げて脚を組み直す、鷹見さんの言葉を思い出した。
『集団での会話のコツはあえて中身のある話をしない事。テレビの討論番組を見たことある? 集団で意味のある会話なんて、プロだってグダグダになるくらい難しいの。そんな事より「どうでもいい事」を話すのよ。私はどうでもいい事でも共感できる人間です、という事を示すのが重要なの』
あの会話のスペシャリストは、どうでもいい会話こそが重要だと言ったんだ。
『――そうだな、集団での会話、か』
挑戦的な笑み、真央さんの言葉を思い出した。
『ヒエラルキーの出来上がった群れにいきなり飛び込んでも袋叩きに合うだけだ。新参者ってのは一番地位が低いからな。それを覆すには上位のオスを倒したり、
やっぱり真央さんは悪の大魔王だった。
『――だいじょうぶ! わたしは、そのままの亀丸くんが好きだよ!』
最後に、あの子の太陽のような笑顔を思い出した。
そして僕は、覚悟を決めた。
春のクラス替えから出遅れたけど、今が始まりの時だと思って勇気を出すんだ。
あの四月の教室を、やり直すように――。
「で、亀丸は、どう思う?」
はっと気づくと、熊谷くんから質問が振られてきた。
それになんの弾みか、周囲がみんな無言でしんと静まり返ってもいる。
本来なら、質問内容を聞いていなかったのだから、聞き返すべき場面だった。
だけど、なぜかさっき思い返した白星さんたちの言葉が脳内にこだまして――。
「あ、どうも、亀丸です」
そんな言葉が出てきてしまった。
自己紹介。
唐突すぎる。それに質問とは全く関係がない。
でも――これこそが、笑顔で、どうでもいい内容の、突飛で、そのままの自分を出す、みんなが教えてくれたことを集約させた
「「……………………」」
当然のごとく、みんながきょとんとしている。
そんな中、ぷ、噴き出す声。
名前もうろ覚えな、クラスメートの男子だった。
そのひきつるような笑い声に、周りもつられて笑いが広がっていく。
「い、いきなり自己紹介とか、どうしたw」
クラスメートの男子が、初めて話しかけてくれた。
「お前らさあ、存在忘れんなよw また春みたいに気配消しちゃうぞコイツ」
熊谷くんがどきっとするような台詞を言うけど、かえってそのままの僕を指摘してくれた事で、開き直れて楽になった気もする。
「そりゃ大変だ、俺もうちょっと絡むわ、サメ丸」
「ぎ、魚類じゃないって、亀丸だって。……って、わざとだよね!?」
また一人、初めての会話が出来た。
「シャークに触ったか?」
「フカくにも笑ったわ、ってやつかw」
また一人、初めて声をかけてくれた。さらには熊谷くんのかぶせるようなボケにみんなが笑う。
「でも、亀丸も基本無口だから仕方ないワニ」
佐藤さんが言うと、場がまた静かになった。
「「ワニは違うだろ……」」
「ちょ、誰か拾ってよ!」
皆のツッコミに焦っている佐藤さん。
そして、またみんなで笑い合った。
白星さんたちが教えてくれたこと、特に鷹見さんが言っていた「どうでもいい事を話す」の意味。これってどうでもいい事でも笑い合えるような空気が大事って意味だったのかもしれないな。
そう、今みたいに。
「それより
突然、ある男子がにやりとしていた。それに女子三人もわくわくした顔だ。
「第一回、亀丸は白星さんと付き合っているのか検証会議――――――っ!」
「見事、付き合ってる事が証明された場合、この調合に調合を重ねて発見した、最悪にマズいドリンクバーミックスを一気となります!」
いきなりだった。
そこから堰を切ったように、白星さんの事についてみんなに質問攻めにされた。
いろいろ全力で否定してみたけれど、結局は「は!? うらやまし過ぎんだろ死ねや!」とドリンクバーミックスを飲まされるはめになった。
何を混ぜたらこんなのが出来上がるんだってくらい驚くほどマズかったけど……なんだか悪い気はしなかった。
――たぶん、ちょっとした境界線を越えるには、ちょっとした勇気がいるんだ。
その背中を押してくれたみんなの手の温かさを感じながら、僕は、窓の外の初夏の夜空を見上げたのだった。
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