【第6話】破廉恥先輩

 西日の差す生徒会室。


 今日も僕、亀丸かめまる大地だいちは書類の束と戦っていた。

 最近は忘れられがちだけど、僕は生徒会所属なのである。

 選挙で選ばれた身ではなく「雑務」という公募の役職だけど、他の生徒が部活で汗を流す放課後、僕は生徒会室で毎日忙しく仕事をしているのだった。


 この生徒会こそが、僕の居場所だ。

 一か月前までは学校での居場所なんてここにしかなかった。

 それに……学校でまともに話せる人間もここにしかいなかったんだ。


「が、学園祭、各クラスの出店予算は揃っただろうか?」

「は、はい。だいたい揃いました」


 聞き慣れた声に顔を上げると、切れ長の目の凛々しい顔がこちらを見つめていた。

 瑞々しい艶の黒髪をポニーテールにして、びしっと背筋を伸ばした美人。

 正方形に並べられた長机、僕から遠く前方中央に座るのは、現生徒会長の獅子神ししがみ玲花れいか先輩だ。


 この人こそが、幽霊だった僕にずっと居場所を作ってくれていた人。

 そして僕の想い人だった……いや、今もそうだ。僕にとって大事な人。

 白星しらほしさん達との出会いも、玲花先輩への想いがきっかけだった。

 玲花先輩と話したいのに話せない、想いを伝えられない。そうやって悩む僕を、白星さんたちが助けてくれたんだ。

 だけど、それから色々な出来事があって――。


「…………」


 仕事の進捗確認以降、生徒会室に静寂が訪れる。

 僕も玲花先輩も、お互いに気まずそうに顔を伏せる。


 前の騒動以降、こんな沈黙が流れがちだった。

 あんなことがあったわけだし、簡単にいつも通りとはいかない。玲花先輩が僕に言葉をかけづらい気持ちも分かるし、僕だって話しかけるのに気後れせざるを得ない。


 ただ、思い返せば、あの騒動以前もこんなふうに沈黙ばかりだった。

 僕の生徒会入会から一年間、玲花先輩との間に会話がないのは「当然のこと」ではあったんだ。

 なのに今は沈黙が息苦しい。玲花先輩も居心地が悪そうにしている気がする。

 あの騒動から、なにかしら僕と玲花先輩の関係も変化したことだけは間違いないんだ。いい意味か悪い意味かは、分からないけれど。


「……………………」


 玲花先輩が僕の方をちらちら見てくる気がした。心なしか頬が赤い。

 こんなふうに、たまに玲花先輩が会話の糸口を探しているような雰囲気になることもある。

 でも……それに応えようと視線を合わせにいくと、なぜか慌てたように玲花先輩が目を逸らしてしまう。そうやって会話のきっかけを逃せば、僕も僕で、さらに気後れがして言葉が出なくなる。

 最近は、これの繰り返しなんだ。


 なんというか、この沈黙を破るきっかけが欲しいところだよなあ……。


「玲花、お疲れーーーーーっ!」


 突然、明るい声とともに生徒会室のドアが開いた。

 そこにいたのは、生徒会副会長の水谷みずたに先輩だった。

 ソフトボール部副主将、短髪で軽く日焼けしたスレンダーな先輩。

 水谷先輩は玲花先輩の近くに座ると、部活用のスポーツバッグをどさっと床に置いて、大きなあくびをした。


「玲花ぁ、何分からだっけ?」

「あと五分で誰も来なければ始めよう。生徒会の過半数である三人は揃ったわけだしな」

「じゃーあたし、それまで寝てるね~」


 そう言って、水谷先輩は机に突っ伏して寝てしまう。

 この先輩もたまに生徒会に来たと思ったらこんな調子だ。


 生徒会には僕と玲花先輩のほかに、副会長の水谷先輩含め、書記と会計の三名がいる。ただしその三人については、所属部活が例年になく連勝しているせいで、生徒会には不定期でしか来れていない。そのため、玲花先輩と僕ばかりが忙しくしている。


 それよりも玲花先輩が「過半数が揃った」と口にした気がする。

 うちの生徒会でのそれは臨時の小会議を開く要件のはずだった。


「玲花先輩、何の会議を始めるんですか?」

「ああ、水谷から学園祭の件でなにかあるらしくてな」

「そうですか」

「そ、そうだ……」


 一問一答で即終了。生徒会室にまた静寂が訪れる。

 やっぱり……もどかしいな。普通に会話がしたい。


「ん……?」


 と、いきなり水谷先輩が目を覚ました。

 ぼーっした目で僕と玲花先輩の顔を見てきょろきょろ。何かに気づいたようにぱっと目を見開いて、


「あれ? 二人ともいつの間にか打ち解けてる?」


 突然、そんな事を言った。


「な、何を言っている。彼とは前から打ち解けているし、いつも通りだ」


 玲花先輩がしどろもどろな感じだったけど、その通り、打ち解けていないわけではないんだ。


「いやでも、二人ともなんか『早く二人きりで話したいなー』って顔してる。え? もしかしてこれ、あたし邪魔だった感じ?」

「そ、そんなことはない! むしろ、水谷が居てくれた方が……」


 玲花先輩の「水谷が居てくれた方が……」発言が、僕と二人きりなのは嫌だというようにも聞こえてしまって、うう、やっぱり僕って単に避けられてるだけなのか? 事態は思ったより深刻なのか……?


「あーあー亀丸くんが哀しそうな顔してる! 玲花、邪険にしちゃだめだってば!」

「そ、そそ、そんな事はない! そんなはずがあるか! その、私は……!」


 玲花先輩が顔を真っ赤にして、あせあせと否定している。

 その様子を見ると、最悪の想定はしなくてもいいみたいだった。水谷先輩の発言がなければ誤解したままだったかもしれない、助かった。


 僕は安堵のため息を一つ、玲花先輩もなぜかため息を一つ。


「……あーあーはいはい、そんな感じなわけね」


 水谷先輩がにやりと笑った。

 なにか悪だくみをしている顔のような気もするけれど……。


「そろそろ時間だよ。小会議始めよっか」

「そ、そうだな。始めよう」


 小会議の開始宣言に、僕も背すじを伸ばす事にする。

 そういえば、今回は水谷先輩からの議題だったな。


「実はね、学園祭がらみであたし経由の直談判というか、そんな感じなんだよね」

「どうしたのだ? いったい何が?」

「学園祭での出店について、ある出し物を企画してるクラスがあるんだけどさ、どうも担任がいい顔をしない内容だから、生徒会としてのお墨付きみたいなのを先にもらいたいって話なのさ」


 学園祭の出店申請については、出店内容を既定の企画書に書き込み、担任の教師のハンコをもらったものを生徒会に提出する。生徒会が最終認可を出す形にはなるけれど、担任の許可が下りた内容を実際僕たちが拒否する事はない。


 今回の水谷先輩の件は、教師側で難色を示した出店内容について、まずは先回りで生徒会の許可をもらって説得材料にしたい、ということのようだった。


「問題になってるのはふたクラスで、これがそれぞれの企画なんだけどね」


 水谷先輩がバッグを探り、クリアファイルから数枚の企画書を出す。

 その内容は――。


『3-B ミニスカメイド耳かきツンデレ時々いもうと&お姉さん喫茶』

『3-C ミニスカメイド耳かきツンデレ時々いもうと&ドSカフェ』


 なんだかゴテゴテした怪しい出店が二つもある。


「まあ3-Bはあたしのクラスなんだけど」


 玲花先輩が椅子から滑り落ちそうになってた。


「み、水谷、君は……なんて店を」

「ええとね、あたしってソフト部の副主将だけどさ、主将とすごく仲悪いの知ってるでしょ? で、主将が隣のクラスの3-Cで、そのせいか3‐Bと3‐Cってクラスごと仲悪いんだよね。そんで今回は、最初にあたしのクラスと主将のクラスがメイド喫茶で企画がかぶっちゃって。どっちのクラスも内容で差別化しようと張り合ってるうちに、いろいろ属性を盛り合っちゃったというか……」


 なんて下らない張り合いなんだ! 本当に今年受験する人たちのする事なのか!?


「あ、でも、うちのクラスはドS要素は抜いたよ。『あなたが思うほど女性に罵られて喜ぶ男性はいません』って意見があったから」

「は、破廉恥すぎる! ふたクラスとも却下だ!」


 玲花先輩が当然のごとく反対していた。

 そりゃまあ、こんなのどこに出しても却下される内容だもんなあ……。


「それじゃあ、どの要素を抜けば破廉恥じゃなくなるかな?」


 ところが水谷先輩も反論などもちろん予想していたとばかりにしれっとしている。

 それに『どの要素を抜けば』って、どういう意味なんだろう?


「ど、どれもこれも駄目だ!」

「待って待って、玲花。けどさ『ミニスカメイド耳かきツンデレ時々いもうと&お姉さん喫茶』の『喫茶』だけならいいわけじゃん」

「それは……そうだが」

「『メイド』も、悪くないわけじゃん。メイド喫茶なんて毎年一つや二つあるわけだし」

「そ、そうだが……」

「『ミニスカ』も程度によってはアリなわけでしょ? 制服の着こなしの範囲の短さとか」

「そ、それも……そうかもしれないが」

「じゃあ、全部だめって決めつけるのは乱暴でしょ。要素の一つ一つから組み合わせまでぜんぶ検討してもらわないと不公平だよ。それでも生徒会長なのっ!?」


 意味不明すぎる論法だった。

 しかし、一方の玲花先輩は目をぐるぐる回して大混乱していて、


「せ、生徒会長だから考えなくては、ダメなのか……!? いや待て、個々の要素を組み合わせ……? 要素が6つで要素のあるなしの2通りで掛け算をすれば64通りあるわけだが、まずは64枚の企画書をこちらですべて書いてみるしかないのか……?」

 

 玲花先輩は意見をすり合わせるのが苦手で、ついつい全ての意見を取り込もうとする癖がある。64枚って全クラスの企画書の枚数より多いんけど、玲花先輩なら本当にやりかねないな……。


「そこで! 論より証拠! まずは実験して確かめてみればいいんだよ!」

「じ、実験?」


 にやにやする水谷先輩の言葉に、首をかしげる玲花先輩。

 と、水谷先輩がスポーツバッグを探って、メイド服のようなものを取り出した。

 というか普通にメイド服だった。スカートがやたら短い気がするけど。


「サンプルとして予定してる衣装を持ってきたんだよね。これ使ってさ、亀丸くん相手に試してみるってのはどう? まずは今の企画通りに実際やってみて、どの要素が破廉恥なのか実験して、ダメだと思った要素を抜いていけばいいわけであって」


 無茶苦茶だった。無茶苦茶すぎる発想だった。


「それじゃあ、玲花、この服に着替えてきて」

「な、何を言っている!? 私が着るわけないだろう!?」


 ちょっと安心した。玲花先輩もたまにパニックになることがあるけど、こんな口車に乗るほど安易ではないみたいだ。


「そっか。じゃあ、あたしが着てくるね!」


 水谷先輩が玲花先輩の拒否をあっさり受け入れて、生徒会室から出て行った。

 そして……数分後。


「はい、じゃーん!」


 生徒会室のドアを開けて、ミニスカメイド姿の水谷先輩が現れた。


「ほれほれどーだ。かわいーだろ?」


 自分で言うか、と思ったけど……まあ水谷先輩もけっこうな美人なんだ。

 ハイソックスをいたスレンダーな脚を惜しげもなく見せて、あざとすぎるミニスカメイド服を見事に着こなしている。

 それに……日焼け跡だ。

 部活の練習でできた日焼けが腕と脚にあって、練習着のTシャツ短パンで守られていたのだろう白肌と綺麗なコントラストを作っている。なんというか、目が引き寄せられる感じだった。


「あ、亀丸くんめっちゃ見てる。エッチなんだあ!」

「わ、わあああ、み、見てないです!」


 見せつけてきたのは水谷先輩じゃないか!

 って……あれ? 玲花先輩がなぜかむっとした顔をしている。


「じゃ、亀丸くん、あたしで試してみよっか。耳かきのサービスもありだからさ!」


 そう言って生徒会室のソファに座る水谷先輩。

 日焼け跡のまぶしい太ももをぱんぱんと叩いて僕を待ち構えているけど……ちょっと待てこれ完全にいかがわしい店だ!


「ほらほら、おいで? どーせいっつも玲花が構ってくれなくて寂しかったんでしょ? 仕事も押し付けてばっかりで悪いと思ってるから、今日はあたしがイチャイチャして労をねぎらってあげよう!」


 冗談ぽく、にひひ、と水谷先輩が笑った、その時だった。


「ま、待てえええええええ!」


 玲花先輩が顔を真っ赤にして叫んでいた。


「は、破廉恥かどうか、実際に試せといったのは君で! 私が最終判断をしなければいけないのだから! その! 私が試すのが、スジというモノだろう!?」

「そうそう玲花、だからあたしさっき言ったじゃん」


 あれ? 玲花先輩、さっきは水谷先輩の口車を回避したのに、自分から走って衝突しに行っちゃってません!?


 さっと立ちあがった水谷先輩が、玲花先輩の手を引いて生徒会室の外へ出て行く。出てすぐに何かを相談しているらしく「れい……これ……ちゃ……すだよ?」「な、違、わ、わた……話……きっかけが……!」


 しばらくすると、ごそごそしていた二人の気配が、す、と消えた。

 数分後。


「はい! 生徒会長大変身でーーす!」


 生徒会室のドアが開いて、まずは制服に着替え直した水谷先輩が現れる。

 その後ろから、玲花先輩がおずおずと入室してくると――。

 心臓が止まるかと思った。


 白黒のメイド服が、先輩の凛々しさと清楚さをこれでもかと引き立たせている。

 服から伸びた腕と脚が、神々しいくらいに白く輝いている。

 それに玲花先輩は背が高い方で、このメイド服ではサイズが小さいのか、太ももがけっこう際どい所まで見えている。


「うぅ、み、短い……スカートが、短いぃ……」


 先輩が涙目で必死にスカートを押さえていた。普段の真面目な姿とのギャップで、死ぬほど可愛いと思ってしまった。


「はい、それじゃあ耳かきしてみよっか?」


 水谷先輩がぱんぱんと手を叩くと、玲花先輩がふるふる震えながらスカートを押さえる手を離して、意を決したようにしてソファに座った。

 さっきの日焼け跡の太ももとは違う、純白の枕が僕を待ち構えている。


「せ、先輩、いいんですか……?」

「は、早くするのだ……こ、これは単なる実験なのだから」


 じ、実験か。そうか実験なのか……。

 後から考えればどう考えてもおかしい状況で、そういえば水谷先輩は何の実績もないのに生徒会選挙では観衆を扇動するような演説で当選した経歴もあったり多分これは水谷先輩の誘導というか空気の操作とかそのせいなんだと言い訳のように心の中でぶつぶつ唱えているうちに頭がぼーっとなって、憧れの人の純白の枕に無意識のうちにふらふらと吸い寄せられていく気がして――。


 はっと気づくと、すでに玲花先輩に膝枕された体勢になっていた。


「はい玲花、耳かきしてみよっか」


 水谷先輩の号令とともに「うぅ」と玲花先輩が唸ると、耳かきが始まった。


 優しくいたわるような耳かきだった。それに玲花先輩の太ももが柔らかくて、いい匂いがして、本当、天国にいるみたいだった。歴史上のどんな王様もこんな気分を味わえたことなんてないだろうとか、そのくらいの気分だった。


「それじゃあ、玲花。アレやって」


 水谷先輩の声も気にならないくらい、恍惚でぼーっとなっていたけど、


「べ、別に君の事など好きではないのだからな!?」


 は!? なになに!? なにが起きたんだ!?


「し、仕方なく耳かきしてやっているのだからな!?」

「はい玲花のツンデレ上手~(ぱちぱち)」


 水谷先輩の拍手で状況を理解する。

 ああ……確か『ミニスカメイド耳かきツンデレ時々いもうと&お姉さん喫茶』だったっけ。いまツンデレの項目までやったって事か。

 びっくりして跳び起きそうになったけど、そんなプレイだと思うと、玲花先輩の口調がめちゃくちゃ可愛かった気もするな。


「はい、まずはここまでー♪」


 終了の合図で耳かきが離れる。

 水谷先輩が、膝枕されたままの僕と目線を合わすようにしゃがんできた。


「で? どうだった? どのへんが破廉恥だったかな?」


 一瞬、首をひねる。

 そういえば、学園祭の出し物の可否を判定するためのイチャイチャだった。幸せすぎて忘れていた。

 まあこの行為自体は、どう考えても破廉恥以外のなにものでもないけど……。


「破廉恥」って言葉にすれば、今の玲花先輩に向けてしまう事になるんだよな。

 それは……ちょっと失礼だな。


 もしかすると、これも含めて水谷先輩の作戦だったのかな?

 僕が玲花先輩へ失礼な言葉なんて言えるわけがないという計算。そうやって否定の言葉を封じて、生徒会の許可を取り付けようという算段。

 でも、いま幸せな気分だし、その計画に乗ってあげてもいいような気もしてきたなあ……。


「べ、別に……そんなに破廉恥だとは思いませんでした」


 僕がそう答えると、枕がぷるぷる震えている気がした。

 気配に目を向けると、玲花先輩が真っ赤な顔の半泣きで肩を震わせている。


「こ、こんなに頑張っているのに、破廉恥ではないのか!? 私に魅力はないのか!?」

「わああ、ち、違います! 玲花先輩は、は、破廉恥でした! なんかもう全部エッチでした!」

「わ、わわ、言うなあああああ!」


 玲花先輩があわてて僕の目をふさいできた! ……って、どっちを言ったらいいんだ!? どっちもすごく嫌そうにしてるんだけど!


「そ、それじゃあ次は妹メイドやってよ!」


 水谷先輩が爆笑しながら、次のオーダーだった。


「お、お、おにいちゃ……って出来るかあああああああああ!」


 玲花先輩が絶叫して、今度こそやっとの完全拒否だった。


「やはり全部却下だ! 彼のクラスを見習って、和風喫茶など真面目に」

「玲花って亀丸くんのこと、いつから『彼』って呼ぶようになったの?」


 突然、水谷先輩が言った。

 相変わらずペースを握るのが上手い人だなと思ったけど、そういえば、たまに僕をそう呼んでくれる気もする。まあ彼氏の「彼」ではなくて、玲花先輩の丁寧な口調からくるものなんだろうけど。


「ていうか亀丸くんも亀丸くんで、あたしが生徒会に入った去年の秋からもう玲花のこと下の名前で呼んでるよね。なんで? 君、そういうタイプじゃないでしょ?」


 思い出す。

 なぜこの僕が、柄にもなく玲花先輩を下の名前で呼んでいるのか。

 そのきっかけは――坂町さかまち先輩だった。


 前生徒会長の卒業生、通称・宇宙人、理系の天才で今はアメリカに留学中。

 さらに……玲花先輩の想い人だった先輩でもある。

 そんな坂町先輩が、玲花先輩を下の名前で呼ぶきっかけをくれたんだった。

 今となっては、少ししゃくなんだけど。


「……坂町先輩が、去年の夏合宿の時、上手い具合に距離の取れない私たちを見かねて、提案してくれたのだ」

「ああ、あの宇宙人ね。入れ替わりで生徒会入ったから、あたしは面識ないけど」


 と、玲花先輩が何かに気づいたようにはっとなって、


「ごまかすな! それより、ふたクラスともこの企画は却下だ! だいたいだな!」


 ミニスカメイド姿のまま怒り出す玲花先輩。

 まだ僕を膝枕したままなんだけど……いいんだろうか。

 僕の胸には玲花先輩の白い手が乗せてあって、起き上がろうにもこの手を振り払わなきゃいけないから、この状態に甘んじてしまっているんだけど。


 ただ、思い出してしまった。

 玲花先輩は、想い人だった坂町先輩の事を、今はどう思っているんだろうか。


 寂しそうに空を見上げる姿は、見なくなった気がする。

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