【第3話】絶対お部屋でイチャイチャするガール!featドクズ大魔王
ある平日の夕方の事だ。
家の鍵が回る音に飼い犬のペコがやけに吠えていたので、俺はペコを抱いて玄関まで出て行くことにした。
「これから一緒にお部屋でお勉強するの!」
そう言った妹の
まーた連れてきやがったのか。こいつ誰だっけ、ええと……そうだ
「あ、どうも……
「えへへ、一緒にテストの勉強しようって思って! 数学とか教えてもらうんだあ! それにケーキも買ってきたから一緒に食べるの楽しみだなあって!」
俺は「ふーん、よかったな」と言い捨てて、リビングに戻る。
二人が階段を上っていく音を聞きながら、ソファにごろんとなってテレビをつけ、ため息を一つ。
――俺の名前は
いつも緑ジャージの顔だけ美少年、女グセ最悪のドクズ大魔王、だったっけ? 絵馬の取り巻きどもがいつも言ってるのは。
それよりも――残念ながら、これは俺が主人公の話じゃねえ。
まー、俺が主人公のが面白いと思うがな。
俺はモテるし、彼女はええと……いま何人いたっけな、曜日担当も最近かなりダブってんだが、あれだ、ハーレムとかみんな好きだろ? だから俺のが絶対に面白い。
それに俺の身長は160㎝もなくてぶっちゃけ小せえけど、ジャ○プとか少年漫画の主人公は皆チビだろ?
身長なんかより、チ○コがでかけりゃいいんだ男なんてもんは。
なのに最近の俺はといえば、あの亀丸とかいう陰キャをモテさせるように手伝えだなんだ、あのバカ妹に言われるがまま、脇役扱いもいいところだ。
そういやその件で思い出したが、妹の絵馬は、他にもモデル気取りや小説家のダチを使って、あの陰キャを鍛えてやってるらしいな。
まあ上手くいってんのかいってねえのか興味もねえが……けど絵馬さあ、お前もそいつらも処女じゃん。
何度も言ってるが、処女が恋愛相談とか、童貞がセックス語るのと何か違うのか?
最悪の場合、あの陰キャが、お前らの人形遊びの道具になるだけだろうがよ。
ぶっちゃけ絵馬はどうでもいいとして、あの陰キャがひどい目に遭わないか、少しだけ心配はしてんだ。基本悪い奴じゃなさそうだし、何よりあのバカ妹のせいで他人に迷惑がかかんのは見過ごせねえんだ俺としても。
さて、あとで部屋の様子でも見に行ってやるか。
○
――僕こと
今日の放課後、突然『一緒にテストの勉強をしよう!』と白星さんに誘われたのだった。
ちょうど僕もテスト勉強をしたかったので快く承諾してみると、なぜか白星さんが妙にわくわく目を輝かせていて……よくよく話を聞いてみると「白星さんの自室で二人きり」というどでかいトラップみたいな条件が隠れていたんだ。
どう考えてもやりすぎなので、気づいた瞬間きっぱり断ったけど、一度火のついた白星さんがそれで許してくれるはずもなく――。
『――か、亀丸くん、わたしと二人で勉強するの、嫌なの? うう、亀丸くんを部屋に呼ぶから人気のお店でケーキも予約したのに、楽しみにしてたのに……』
白星さんの執念に敗れ、今に至る。
いざ部屋の中に入れば、白星さんの甘い匂いにつつまれるみたいでやっぱり緊張する。それにテスト勉強のはずなのに、教科書はいまだ一冊も開かれていない。
ちゃぶ台テーブルの上にはケーキが二つ。
僕の目の前には、にこにこ幸せそうな笑顔。
「はい、あーん」
(僕+白星さん)×食べ物=「あーん」の解になるしかないのだ。
「白星さん、べ、勉き」
「えへへ……おいしい?」
そろそろ勉強を、と声をかけようとしたけど、白星さんがわくわく楽しそうな顔で見つめてくるものだから、何も言えない。
ああ、隣に座るだけでも緊張するのに、白星さんは徐々に距離を詰めてきて、今はもう肩まで触れてる。距離感が本当に雑なんだ白星さんは。
ただなあ……白星さんと二人きりになると分かった時点で、こうなる事は分かっていたはずなんだ僕も。
そりゃあ学校一の可愛い子と、こんなふうにイチャイチャできて嬉しくないはずがない。
でも、白星さんのイチャイチャは『女神スイッチ』によるものなんだ。
女神スイッチ。
ある言葉を引き金にその人の『願い』を叶えるため、白星さんが最高に甲斐甲斐しくなる特性。
僕については『好きな人と付き合うため』、白星さんは全力発進。ファッションのスペシャリストである猪熊さんや、会話のエキスパートである鷹見さんを引き合わせてくれたりした。
そうして白星さん自身は――当初は違ったけど、今となっては『僕に女の子慣れをさせるため』こんな感じでイチャイチャしてくるようになったんだ。
猪熊さんや鷹見さんの厳しいレクチャーと違って、今食べているケーキみたいに甘々な白星さんの特訓。
嫌なわけじゃなくやっぱり嬉しい。本当に嬉しい。
だけど……この女神スイッチは、白星さんの単にお人良しな性格だとか、そんな明るく微笑ましい理由から成り立っているものではないんだ。
むしろその真逆の――。
「よう、テメーら。来てやったぞ」
いきなり部屋のドアが開くと、背の小さい緑ジャージ姿の美少年がいた。
白星さんのお兄さんの、
「茶、持ってきたぞ。感謝しろよな」
その手にはお茶のペットボトルが二つ。
雑な感じでぽんと投げてくれるけど、真央さんにしては意外な気遣いで「あ、ありがとうございます」と、きちんと頭を下げておくことにする。
「つーか、テメーらもっと真面目にやれよ」
勉強すると言ったのに、ケーキしか食べてない状況をとがめられたみたいだ。
真央さんは僕たちより四つ上の大学生三年生だったけど「真面目にやれ」だなんて、たまには年上らしい常識的な発言もするんだな。
「はあ……二人きりで部屋にこもって、そろそろ服の一枚や二枚くらい脱いでる頃だと思ったのに、普通にケーキ食ってるだけかよテメーら」
「…………」
やっぱり真央さんに常識とか期待しちゃいけないな。
白星さんは「ふ、服を脱ぐ? 亀丸くん、お部屋暑い? ごめんね扇風機はまだ押し入れの中かも……」とか、よく分かってない感じだったけど。
「てか、絵馬はあれか、まだこいつを女と付き合わすために頑張ってんのか」
「うん! そうだよ! お兄ちゃんもなにかあったら教えてほしいの!」
「なにか、って……なんだ?」
「亀丸くんにどうやったら彼女ができるか、もう一度お兄ちゃんからアドバイスがほしいの!」
「アドバイスか、まあいいけどよ」
にっこり笑う白星さん。しぶしぶ
真央さんのアドバイス。
前回の真央さんのレクチャーは、ろくでもない
妙に生々しくて、凶悪な、僕がずっと目を背けていた現実。
認めたくない気持ちでいっぱいだったけど、アレを聞かなければ、なんだかんだ僕は変われなかった気もする。
さて……真央さんの口から、今回はどんな理論が飛び出すんだろう。
「
固唾を飲んで見守っていると、真央さんはあくびをかみ殺しながら事もなげに、
「簡単な話だろ。お前らで付き合ったらいいんじゃねえの」
淡々と放たれた言葉に息を呑む。
「今となっちゃあ、みんな思ってる事じゃねえのか。普通にお前らで付き合えよ」
「お、お兄ちゃん、そ、それは……」
真央さんの発言に、白星さんが顔を真っ赤にしてもじもじしだした。
「で、でも、亀丸くんは、好きな人と付き合わなきゃいけないから……」
それなら「好きな人は白星さん」と答えた場合、どうなるんだろう。
想像したら、急に胸がドキドキした。
ただ……もし白星さんのことが好きだと心に決めて告白するとしても、やはり問題なのは『女神スイッチ』なんだ。
例えば、女神スイッチの入った白星さんに対して「付き合ってください」と無理やりお願いすれば、そのまま付き合える可能性だってあるのかもしれない。
だけど、この義務的な特性を解除して、普通に話して普通に仲良くなった上でないと、この女神スイッチの悪用以外のなにものでもない。
決して
「あー……白々しくてイライラすんなあ、このバカ妹も、クソ陰キャも」
気づくと、真央さんが頭をぼりぼり掻きながら、なぜか舌打ちしていた。
「……よーし、ちょっとぶっこんでみるか」
さらに何を思いついたのか、一転、悪戯っぽくにやりと笑い、
「絵馬、俺が大学で生物学を専攻してるのは知ってるな?」
唐突に言い出した真央さんに「う、うん……」と
「今日、講義で聞いた事だ。男はな……童貞のまま年を取ると、あるホルモンが分泌されるようになるんだ」
「ほ、ほるもん?」
「そうだ、性ホルモンの一種でな、ド―テーゲンとエッチシタイオールって名前なんだがな。なんとそのホルモンが分泌されると、女が近寄ってこなくなるんだ!」
明らかなスーパー嘘が飛び出てきた。
「男は童貞のままでいると、加齢とともにそのホルモン分泌が指数関数的に増加する。そうなればどんどんモテなくなる。だから亀丸はこんなところで油売ってちゃいけないんだ。一刻も早く誰かとエッチをしなきゃいけないんだ」
嘘からの嘘、嘘のオンパレード。その上、真央さんは芝居がかったような苦悶の表情で自分の胸をぐっとつかみ、
「だがまあ絵馬には分からねえか……! こうやってるうちに、亀丸の生物としての大事な時間が過ぎていくだなんて事はな……! はいそれじゃあ部屋に帰るわ」
途中でもう飽きたのか、真央さんが鼻をほじりながら部屋から出て行った。
隣の部屋のドアが締まる音がする。おそらく自室に帰ったんだろう。
まーた真央さんはふざけたことを言って……と思っていたら、
「か、亀丸くんが、かめまるくんが……ほるもんのせいで、ほるもんのせいで……!」
「うわあああああああ白星さんやっぱり真に受けるんだ!?」
白星さんが顔を真っ赤にしながら、目をぐるぐるさせて大混乱していた。
「か、亀丸くんは……え、えっちな事とかしたかったり……するのでしょうか……!? わ、わわ、わたし、どこまで協力すれば……!?」
「真央さーーーーん! 責任取ってもらっていいですか責任ーーーーっ!?」
女神スイッチはここまで暴走するから、刺激しちゃいけないんだ本当に!
というか真央さん、ぜったい分かってぶち込んできたよな、あれは!
「呼んだのかうるせえぞ! これでも喰らえ!」
と、部屋のドアが開いて、また真央さんが現れた。そして、いきなり小さな箱を投げつけてくる。
なにかのお菓子かと思ったけど、いや、これは……。
……うん、コンビニとかドラッグストアで売ってるゴム製品。
「さっきセキニンだかヒニンだか叫んでたみてーだが、まあどっちも大事だよな! つーか亀丸はそれ使えんのか? 肝心な時に恥かくぞ!」
とんでもない台詞を言い捨てて、真央さんは今度こそ自室に戻っていった。
真央さんは、やっぱり悪の大魔王だった。
「なにそれなにそれ!? 使えないとだめなものなの!? 使ってみたい!」
うわあああああ白星さんが小さな箱に興味津々だぞ!?
「待って! 本当に白星さんには関係ないやつだから!」
「いやーっ! 気になる! 気になるーーーーっ!」
白星さんが小箱を奪おうと僕に襲いかかってきた! 僕にぐいぐい胸を押し付けながら「えい! えいえい!」と僕の手にある小箱に手を伸ばしてくる!
密着した白星さんの体が柔らかくて、いい匂いのする髪がさらりと鼻先に触れて、そのたびに力が抜けそうになるけど、この小箱だけは見せられない!
「……ゃく……さぃよ……!」
遠くからインターホンを連打する音と女の子の声。揉み合う僕と白星さん。
とうとう白星さんの指先がかすって、僕は小箱を取り落としてしまう。チャンスだとばかりに白星さんが手を伸ばしたので、僕は全力で体をひねって――。
「どぅらああああああああ!」
突然、小さな足が部屋のドアを蹴り開けてきた。
そこにいたのは、ツインテールの小さな女の子と、長い黒髪の女の子。
「……………………」
絶句する二人。
そんな二人が同時に視線を向けたのは……。
・揉み合いの末に、白星さんを押し倒すような格好になった僕。
・床に落ちた小箱。
僕は素早く体を起こして白星さんから離れる。しかし、時すでに遅し。
猪熊さんが大きく息を吸った。ツインテールの毛先がふわりと浮いて、
「もうなに!? なんでダメ丸が絵馬と二人きりなの!? なんで普通に押し倒してるの!? スケベな小道具も用意して準備万端なんじゃない!
ツインテールをぶんぶんぶんぶん振り回しながら大爆発だった。
猪熊さんが僕の下の名前を初めて呼んでくれた気もするけど、ものすごく不本意な呼ばれ方だな!
「ふふ、ふふふふ……
鷹見さんが背中から赤黒い殺意のオーラを立ち昇らせていた。完全に目が据わっている。
「ち、違う! 違うんだ! これは揉み合ってるうちにこんな感じにな」
「ああああどこを揉んだっていうのよこのムッツリ
「うわあああああお願いだから話を聞いて!?」
「こ↑ん↓なの緊急去勢案件よ! ちんこ切るしかないじゃないの!」
猪熊さんがおかしなアクセントで発語しながら、懐からしゃきーんと六丁のハサミを取り出した。片手に三丁ずつ持って、僕の股間に向けて狙いを定めてくる!
「だ、だめーーーー! ちんちんは大事だからだめーーーー!」
白星さんが僕を守るように飛びついてきた!
僕の顔面を渾身の力で抱きしめて、全身でかばうように。ただし僕のことになると全身全霊をかける勢いがつくせいか、ちゃぶ台テーブルごと巻き込んでがっしゃーんと床に倒れ込む感じになってしまった。
「か、亀丸くん……だいじょうぶ?」
喧騒が静まって、白星さんが僕を抱きしめから解放してくれる。
視線を上げると……白星さんの顔になにか白いモノがこびりついていた。
「し、白星さん、クリームが! 顔についてる!」
「え!? ほんと!?」
テーブルがひっくり返った拍子か、白星さんの頬にケーキのクリームがべったりとついていた。何か拭くものがないか急いで立ちあがってみるけど、
「もうなに!? なんでダメ丸は白いクリームのついた絵馬の顔で興奮してんの!? なんで拭くものを探そうと立つ前に違うトコが立ってんの!? ああああ発想が性犯罪者そのものじゃない!」
「うわああああ何もしてない! 僕はしてない!」
猪熊さんは小さくて可愛い女の子なのに、なんでいつも火の球ストレートな暴言を吐くのかなあ!?
「きゃあああああああああああっ!」
背後から悲鳴。今度は白星さんの声で、次から次に何なんだと思っていたら、
「あは、あはは! くすぐったいってばエレナ! うちのペコみたいに舐めないで!」
なぜか白星さんが、鷹見さんに押し倒されていた。
さらに鷹見さんはドン引きする勢いで白星さんの顔のクリームをベロベロ舐めているんだけど……ごめん本当になんで!?
「ふう……やはり亀丸くんは
直前まで獣そのものだった鷹見さんに、そんな事言われてもなあ! しかも、口の周りはクリームでべったりだし。
「存分に理解したわ。
「うわああああだから普通にスカート脱ぐのやめよう!?」
猪熊さんも鷹見さんも相変わらずだった。
僕は、白星さんの女神スイッチを悪用するつもりなんてないのに、いつも勘違いで突っかかってくるんだ。
本当に――女神スイッチは悪用できるものじゃないっていうのに。
○
――絵馬の取り巻きどもを家に入れてから、俺は一階リビング奥にある仏壇に線香を立て、火をつけた。
減煙仕様の線香から、うっすらと煙が立ち昇る。
嗅ぎ慣れた香りの中、俺は今日も仏壇に手を合わせた。
「
まあ、絵馬の女神スイッチか。
『呪い』だよあんなもんは。誰も理解しちゃいないがな。
ある事件によって、絵馬の人生は、絵馬自身だけのものじゃなくなった。
あれは、呪いだ。
それに、誰かがあの呪いに気づいたとしても、『守る』だとか『なるべく触れない』だとか、そういう事しかできねえだろうな。
単なる他人なら、それで上出来だし、限界だ。
あいつの呪いを解く人間なんざ、きっと現れる事はない。
「…………」
だが、この呪いは
だからな、妹だからって、そこまで同情してるわけじゃねえんだ俺も。
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