【第2話】絶対家に押しかけるガール!

 ある日の昼休み。

 今日は、僕たちの間で「昼ピクニック」ともいわれる昼食会の日だ。

 さんさんと陽光の降り注ぐ校舎の裏山。その頂上には、爽やかな風が吹き抜ける初夏の草原が広がっている。


 その草原に一本だけ生えた大きな木の下、弁当箱の並ぶレジャーシートの上。

 僕を囲むのは、三人の女の子だ。


 通称「必勝の女神」、白星しらほし絵馬えま

 読者モデル、ファッションのスペシャリスト、猪熊いのくまみりあ。

 現役恋愛小説家、トークのスペシャリスト、鷹見たかみエレナ。


 校内でもトップ3の可愛い子たちに、今現在、僕は囲まれている。

 改めて思うけど、少し前の僕からすると考えられない状況なんだよな、これって。


 僕こと亀丸かめまる大地だいちは、一か月前まではクラスの誰にも認識されていなかった陰キャラだった。ところがある事をきっかけに、この三人が力を貸してくれて、クラスでも少しだけ上手くやっていけるようになったんだ。


 ただまあ、それはいい。それどころじゃないんだ。

 この昼ピクニックはもともと白星さんとその親友、猪熊さんと鷹見さんによる昼食会だったもの。そこに最近知り合った僕がお邪魔させてもらうようになったんだけど……。


「はい、あーん」


 長い髪が陽光に透けて金色を帯びる。裏山のそよ風でさらさらと揺れる。

 ちょうど目の前に座ってニコニコしているのは――白星しらほし絵馬えま

 学校一の美少女で、手のひらに願いを書くと叶うというジンクスで「必勝の女神」と呼ばれている女の子。


「はい、あーん」


 そんな白星さんが、ハンバーグをはしでつまんで、僕に食べさせようとしてくる。


「はい、あーん」


 三回目のあーんで敗北した。僕はそのままハンバーグを口に入れる。

 すると白星さんがわくわくした表情で僕を見つめてきて、


「亀丸くん! お、お弁当、おいしい?」

「う、うん。もちろん美味しいよ」


 これは白星さんによる手作りのお弁当だ。美味しくないはずがない。

 本当に美味しい。美味しすぎるんだ。

 白星さんにイチャイチャであーん、その上で美味しいだなんて、こんな出来過ぎたことがあっていいのかと思ってしまうくらいに。


「えへへ、亀丸くん、なんでもおいしいって言ってくれるからうれしい」


 桜色に頬を染めた白星さんが僕を見つめてくる。そんなに幸せそうに微笑まれると、困るくらいに照れる。

 やっぱり白星さんは可愛い。本当、可愛すぎるんだ。

 けれど――。


「でも、亀丸くん、ちょっとくらい好き嫌いがあった方がいいかも」

「な、なんで?」

「わたしね、昨日スーパーで材料選んでて! 明日は亀丸くんにお弁当を作ってあげる日だと思ったらすごく楽しくなっちゃって! 亀丸くんが好きなのってなんだっけっていろんな料理の材料買ってたら買い物カゴの中一杯になっちゃってそれでも後でこれ作ってあげたいって思い出したらいやだからぜんぶ買うしかなくてそれで作ってみたらお弁当はみだしちゃってわわわ大変って思って! だから逆に亀丸くんの好きな食べ物が少なかったら迷わずにすむからよかったのにって! うふふ、あとね――」


 白星さんは可愛い。

 うう、でもこの愛が怖い!


 それに何度も言うけど、こんなにイチャイチャしてくれる白星さんが、じゃあ実際に僕のことが好きなのかといえば、決してそういうわけではないんだ。

『女神スイッチ』

 ある言葉を引き金に、その人間の『願い』を叶えるまで、超絶に甲斐甲斐しくなる白星さんの特性。この白星さんの異常なイチャイチャ行動は、僕がその『女神スイッチ』を起動させてしまったせいなんだ。


「はい、あーん」


 また白星さんが僕にあーんをしてきた。

 仕方ないのでまた口を開くけど……僕にはちょっと気になることがあった。

 白星さんは基本的にあーんしてくれるときは、はしを逆さまに持って、僕の口に運んでくれるんだけど、わくわくそわそわしているせいか、たまにそのままの向きで僕にあーんしてくることがあって。


 実は今もなんだけど、その、つまり、白星さんと普通に間接キスを――。


「きゃああああああ絵馬っ! 早く離れてええええええ!」


 傍らで叫んだのは、目を><ばってんにしたツインテールの小さな女の子。

 猪熊いのくまさんだった。


「もうなに!? ダメ丸が絵馬のはしをしゃぶろうとしてるんじゃない! 女子のリコーダーをなめる男子みたいに絵馬の唾液を根こそぎベロベロしようとしてるんじゃない! この痴漢、ヘンタイ、妖怪はしめ猿ーっ!」

「うわあああああああ違う! してない! 僕はしてない!」


 相変わらず独特の言語センスで、ツインテールをぶんぶんぶんぶん振り回して爆発炎上する猪熊さん。

 というか、猪熊さんはいつもこんな感じなんだ。


 猪熊みりあ。

 白星さんの幼馴染で親友、ファッションのスペシャリスト。

 そんな彼女は生粋きっすいの男嫌いで、特に白星さんに近寄る男に対しては、相手を焼き尽くすまで罵詈雑言ばりぞうごんの火炎弾で迎え撃つ習性を持つ。


 ただし、単純に男嫌いなだけでここまで爆発しているわけではなく。


「みりあちゃん、落ち着いて? はい、あーん」

「あ、うん……ありがと(照)」


 猪熊さんが瞬時に鎮火。頬を赤らめつつ、白星さんにあーんされていた。


 猪熊さんは男嫌いかつ、なんというか……白星さんが大好きなのだ。猪熊さんの過去をきっかけにした尊敬が高じた「好き」ではあるんだけど。


「えへへ、みりあちゃん、もう一度あーん」

「あ、うん……ありがと(照)」


 相変わらずぽーっと顔を赤らめながら、白星さんにあーんされている猪熊さん。

 と、そんな猪熊さんが何かに気づいたようにはっとなって、


「って、絵馬! そのはし、ダメ丸がしゃぶったやつじゃないの!?」

「あ! そうだったかも!」

「ダメ丸と……間接キス……」


 猪熊さんがに白目をむいてばたりと倒れる。毒でも飲んだみたいだった。失礼な。


「そうね、とても困ったことがあるの」


 鈴を転がすような声。横を向くと、長い黒髪のすらりとした女の子。

 鷹見たかみさんがため息をついていた。


 鷹見エレナ。

 猪熊さんと同じく白星さんの親友。現役の恋愛小説家でトークのスペシャリスト、学園祭ミスコン一位の美人でもある。

 そんな鷹見さんが、レジャーシートの上で、靴を脱いだ黒ストの足をもぞもぞさせていた。


「困ったわ。ここには椅子がないから、亀丸くんを足置きにしづらくて困っているの」

「うん……ずっと困ってていいよ」

「ねえ、四つん這いになってもらっていい? 今日は貴方を椅子にしてあげる。気が向いたらご飯やおかずの一つでも地面に落としてあげるから、犬みたいに食べるといいと思うの」

「ぐ、ぐぐ、相変わらず僕をなんだと思ってるんだ……!?」

「ふふ、ごめんなさい。絵馬との間接キスを堪能たんのうしている貴方あなたを見たら、つい蹴り殺したくなってしまって」


 微笑みつつ、静かな怒りのオーラ。

 鷹見さんも猪熊さんと同じく、男嫌いかつ白星さんが大好きなのだ。

 僕が白星さんに甲斐甲斐しくされていると、いつも僕の頭を足置きにして踏んでくる悪魔なんだ、この子は。


 さらに鷹見さんは、猪熊さんと違って罵ってくるだけでなく、とある強硬策を用意してくる人物でもある。


「ほら足置き、私が口移しで食べさせてあげるから、いますぐ絵馬から離れなさい」


 突然、鷹見さんが卵焼きを口にくわえて、にじり寄ってきた。

 口移しって言葉が聞こえてきたような気もするけど、え? 本当にやるの、ってちょっと待んぐぐぐぐ、本当に口移しで卵焼きをねじ込んできたぞ!?


「だから! いきなりキスするとか、本当に何を!」

「ふふ、いつも言っているでしょう? もう絵馬に近づかないと約束する代わりに、私が彼女になると。別にこのくらいはいいのよ、絵馬は私の神様なのだから。神様がけがされるくらいなら、私が貴方あなたに汚されてあげる」


 これがこの悪魔の特性だった。

 白星さんの狂信者たる鷹見さんは、白星さんから僕を引き離すため、自分が彼女になると言い張ってくるのだ。

『キスだけならいつでもさせてあげる』

『そのかわり、私の足置きとして放課後を過ごすこと』

 そんな極端すぎる飴とムチみたいな悪魔契約をもって、僕に迫ってくるんだ。


「もう! だからエレナのはうそだからダメ!」

「ふふ、大丈夫よ絵馬。この嘘もそのうち本当にしてみせるわ。この足置きの理性がいつまでもつか、見ものだと思っているの」

「ダメったらダメ! 亀丸くんの『お願い』はそうやって叶えちゃダメなのっ!」


 ぷっくり頬をふくらませた白星さんのたしなめに、肩をすくめる鷹見さん。

 いったん退いたかにも見えたけど、この悪魔が僕へのちょっかいをあきらめるはずもなかった。

 なにせこの悪魔契約は、ある意味、白星さんの女神スイッチを『解除』し得るモノかもしれないのだ。


 女神スイッチの解除。

 つまり白星さんにお願いをした人間の祈願成就。それはつまり――。


「うう……ダメ丸と間接キス……ダメ丸なんてきちんと歯も磨いてるか分かったもんじゃないし、寝癖もぼーぼーだし、こんな汚物と、間接キス……」


 猪熊さんがまだまだ満身創痍で倒れたまま、ぴくぴく痙攣けいれんしていた。

 失礼な。歯くらいはきちんと磨いてる。まあ寝癖については忙しいと水で撫でつけて終わりな事もあるけど。



「………………亀丸くん、まだ身だしなみ整ってないのかなあ?」



 突然、白星さんがぽつりとつぶやいた。

 瞬間――僕を含め、猪熊さん、鷹見さん、全員に緊張が走る。


「し、白星さん大丈夫! 僕、きちんと歯も磨いてるし、寝癖も明日からきちんと治して整髪料もつけてくるし!」


「え、絵馬大丈夫よ! じ、冗談! 冗談なんだから! うん、やっぱりダメ丸は格好良いい! 歯も綺麗だし、髪型もしっかり決まってる!」


「絵馬、大丈夫よ。本当に大丈夫だからやめて。お願いだからやめて。この足置きは本当に身ぎれいなものよ。ええ、今から全身すみずみまで舐めろと命令されても大丈夫なくらいに」


 慌てる僕たち、深刻な表情で悩み込む白星さん。


「亀丸くん、やっぱり朝のお世話してあげないとダメなのかなあ……」


 ひい、と僕たち三人は声を上げた。


 僕たち三人の頭によぎったイメージは、きっと同じものだった。

 例えるならば、虎のしっぽを踏む、眠れる獅子の覚醒。

 いや、これはもはや……封印の解かれた、荒ぶる神。


          ○


 翌朝。我が校の学生寮、星見荘ほしみそう

 この学生寮ただ一人の寮生である僕は、自室の六畳間のベッドで目覚まし無しに飛び起きた。

 起床、即臨戦態勢。早めに朝の身支度みじたくを済ませてしまおうと洗面所に向かう。


 寮の廊下に並ぶ窓からは、爽やかな朝の光が差し込んでいた。

 静かな朝。しかし五感を研ぎ澄ませると、遠くから巨大な気配が駆けてくるような感覚がする。

 ――来た。

 すぱーんと寮の玄関が開くと、そこに立つのは朝日を浴びた白星さんだ。


「亀丸くん! わたし、朝の支度したくを手伝いにきました!!!」


 ああ……ああもう、やっぱり来たなあ!

 悪い予感が見事に的中。頭を抱える僕の目の前で、はあはあ息を切らした白星さんがわくわく楽しそうに目を見開いて、


「えへへ、まずは髪のセットからだね! うんうん! わたし知ってるの! まずは髪を洗って乾かさなきゃいけないんでしょ? だから亀丸くんの髪を洗おうと思って今日は制服の下に水着を(ヌギー)」

「うわああああ白星さん待って! スカート下ろさないで!」

「大丈夫! 遠慮しなくていいよ!(すぽーん)」

「うわああああ制服の上も脱いじゃダメだってば!」


 最後に残った靴とソックスも脱いで、白星さんが完全なスクール水着姿になってしまったんだけど、うう、やっぱり間近で見るとあの奇跡の果実というか、はちきれんばかりの胸が大迫力というか……そうじゃなくてそれどころじゃなくて!


 これが、女神スイッチの本領発揮だった

 僕の『願い』を叶えるための、度を越えたお節介な突撃行動。

 僕の願いを叶えるためならば――僕の願いに少しでも関わりそうな事ならば、どんなことでも甲斐甲斐しく、やりすぎなお世話しようとしてくるんだ!


「あれ? 亀丸くん、もしかして髪洗うのいやなの?」

「い、いや、自分で、あとで自分で!」

「じゃあ、歯みがきからだね!」

「ち、違うそうじゃない!」

「えへへ、じゃあ、歯みがきからしよっか! はい、どーぞ!」


 白星さんがバッグから歯ブラシを取り出した。さらにスク水姿で、さも当然のように寮の廊下に正座する。スク水から伸びた真っ白な太ももを折りたたんで、ひざ枕の体勢で僕を迎えようとしている!


「ちょっと待ったあああああああっ!」


 と、その時だった。

 何かが遠くから飛んできて僕の背後の壁にすここここ、と突き刺さった。

 壁に突き立つのは六本のハサミ。視線を玄関に戻すと、つやめくツインテール。


「はあ、はあ……やっぱり案の定。こんな早くに、絵馬を家まで迎えに行ったのに、もう出たって言うから、案の定じゃない」


 息を切らして現れたのは、猪熊さんだった。


「ええ本当に案の定! もうなに!? なんで絵馬が水着姿になってんの!?」

「だって……みりあちゃんが、亀丸くんが寝癖だらけとか、歯も磨いてないとか」

「わかった。わかったわ。歯はどうしようもないけど、ダメ丸の髪を切ったのはあたしだしその責任を負うわ! もうそんな心配しなくていいように――今日からこいつの髪はボウズにしてやるんだから!」


 いきなり両手にバリカンを取り出してぶぃーんと鳴らす猪熊さん、って、なんだそれどこから出した!?


「だめー! こんなに格好いい髪なのにだめー!」

「きゃあああ絵馬っ! 分かったからダメ丸の顔面に抱きつくのやめてえええ!」


 白星さんが僕を守るように顔面を抱きしめてくる! スク水一枚の胸は天国みたいに柔らかいけど、力の限り抱きついてくるせいで、こ……呼吸が!


「ふふ、やはり亀丸くんは、これ以上ないくらい絵馬の女神スイッチを堪能たんのうしているようね」


 白星さんの腕が緩む。

 また玄関に視線を向けると長い黒髪、鷹見さんがいた。


「絵馬、あとは大丈夫よ。私も覚悟を決めたわ。貴女あなたまもるため……やっぱり私が亀丸くんの彼女になろうと思うの」

「だ、だめ! エレナのはウソだからだめー!」

「大丈夫よ絵馬。彼女として、私が今から亀丸くんの髪を洗うわ(ヌギ―)」

「うわああああ鷹見さん普通に脱ぐのやめよう!?」


 鷹見さんが思い切りよくスカートを下ろして、黒ストもするする脱いでいく。

 普段黒ストな鷹見さんの生脚って初めて見たけど、ほんと恐ろしいほど真っ白で滑らかな……って、そうじゃないそれどころじゃない!

 鷹見さん、それガチ脱ぎじゃないか!? 制服の上はそのままだけど、下はすでにパンツ一枚になってるぞ!?


「ふふ、別にいいのよ。貴方あなたの彼女として全裸で髪を洗ってあげる。お風呂に入っている間だけ何をしてもいいし、どんな命令でも従うわ。ただしそのかわり条件が二つ。もう絵馬に近づかない事。そして授業以外の時間はすべて私の足置きとして過ごす事」

「もう、エレナってば! 何度もいうけど亀丸くんを踏んじゃダメ! それに、そんなウソの彼女とかぜったいにダメなんだから! だって――」


 白星さんの『女神スイッチ』について、肝心な事を言い忘れていた。


 僕が、この女神に『何』を願ったのか。

 白星さんは、僕の『何』を叶えようと一生懸命なのか。

 なぜ白星さんがこうやって僕の身だしなみにこだわり、なぜ鷹見さんが、自分が彼女になれば解決だというような行動をとるのか。

 それは――。


「だって――わたし達は、亀丸くんが好きな人と付き合えるように頑張らなきゃいけないんだから!」


 そうだ。この三人との付き合いは――僕の恋愛成就のために始まったんだ。

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