第17話 登山道

 寺の裏から登る道は、ふつうの登山道とちがっていて、細くて勾配がきつい。木の根や岩を踏んで上がらなければならない。それもきついのだが、上へ行くにつれて気温が下がり、山の冷気が身に応えた。それでも寒いなんて言っていられない気持ちだった。

 

 八月の夏休みのとき、友達と三人でボート遊びをする約束をした。その日はあいにく雨だったが、やると決めたんだからと、俺たちはボートを川へ運んでいた。そこへ傘を差した千鶴が通りかかって「何してるの」と聞く。「ボート遊びだ」と自慢してやったら「こんな日にバカじゃないの」とゲラゲラ笑う。かなりムッと気を悪くしたが、女に男の心意気が分かるはずもなかろう。無視して増水した川にボートを下ろした。

 橋の上にいた男が「危ないからやめなさい」と注意してきたが、大人の『やめろ』は『もっとやれ』に聞こえる。そんな思春期が中学生だ。泥水が波立つ川へ、雨合羽の俺たちはボートを押し出した。

 真っ先に俺がボートに飛び乗ったときだ。突然、橋桁を波が打つ音がして鉄砲水が襲ってきた。水面より一メートルくらい高い泥水が上流から押し寄せてきたのだ。あっという間にボートは岸からさらわれ、友達を岸に残してボートは川の中ほどまで流された。さっき俺たちを注意した男が「子供が溺れたぞ」と大声を出した。血相を変えて携帯電話をポケットから出している。警察か消防を呼ぶつもりだろう。

 ボートが濁流に呑まれようとしているところへ、ものすごい勢いで土手道を走ってきた者が、そのまま川に飛び込んだ。千鶴だった。無鉄砲にもほどがある。一人で俺を助けようとしたのだ。さいわい五十メートルくらい流されたところで、漁師が作った簗に打ち上がって、俺も千鶴も助かった。

 泥水を口から吐いて正気付いた俺は「無茶をしてお前までおぼれたらどうするんだ」と千鶴を叱ろうとした。だが、できなかった。いきなり抱き着かれて息が詰まったのだ。千鶴は俺を抱きしめながら泣いていた「無事だった、よかったよかった」と喜びながら涙をこぼしていたのだ。

 だから、俺には借りがある。千鶴にへんなことをしたら俺が許さねーぞと思うだけで、寒いのなんかまったく平気だった。

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