第13話 官舎への車中

 正体不明の首無し男の出没という、どう考えても不可解な事態が寒河江の言葉で氷解した。なるほど、古い時代にあった呪いによってよみがえった死体だったのか。道理で首が無くても歩けるはずだ。ドライブレコーダーに映らなかったのも、霊的な存在だから反応しなかったのだろうということだ、それも納得できる。その道の専門家にとっては不思議でもなんでもないことらしい。俺はなぜか、以前、友達から借りた知恵の輪に悪戦苦闘していたとき「あら、簡単よ」と、千鶴が一秒で輪を外してしまったことを思い出した。


 後部座席で学長は、うつむき加減で目だけ少し上にあげていた。首無し男の正体は判ったが、学長はそうした解決を望んでいたのではなかったようだ。

「呪いで死体がよみがえったのだそうだ、なんとね」

 不服そうである。元えらいお坊さんが明快な答えを出してくれて、警察署で主張していたことを裏付けてくれたのだから喜んでもよさそうなものだ。だが、学長には首無し男の存在を肯定した理屈そのものが気に入らないらしい。学長は無信仰だそうである。信仰のない者にとっては呪術といわれても理解がしがたい。論理の筋道が納得できない以上、導かれた答えも信じがたい。はたして寒河江のいうことは論理だろうか、不合理な迷信ではないのか。自分の主張を証拠立てるために、そんなものの力を借りなくてはならないのは、理性を根本とする人間の沽券に関わるのではないか、とおそらくは考えたのだろう。学長は警察署では固く保っていた信念を捨ててしまった。

「私が見たものはやはり幻覚だな、いやはや、どうしてそんな幻を見たものか」

 寒河江の説明は学長のプライドに、どこか障るところがあったようだ。

 立子は水明庵を後にした車のハンドルをにぎったまま何も言わなかった。


 俺は、たとえ寒河江老人が言ったことが本当でも嘘でも、真でも似非でも、どっちにしても首無し男が歩き回っていることだけは間違いないと思われてきた。どういう心理からか。ただ、明確な説明がつかない分だけかえってリアルに、現実味をもって感じられたのである。説明がつかなければ虚妄かといえば、そうではなかろう。世の中の大半は説明のつかないことで満ちている。宇宙に溢れる物質はどこから生まれてきたのか、男女の出会いにこれは運命だと確信できるのはなぜか、明確な説明はなくても、それらはたしかに事実としてあるのだ。

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