第3話 帰り道

 五番町へは、駅前の大通りの裏道を通る。駅の手前の角の道を、大根を干してある木材倉庫の壁を見ながら、右へ曲がった。

 広い駐車場の隣に公園の入り口がある。小高い山の重なりが町のすぐそばに、大きな沈黙を作っていた。


 公園の入り口にある神社の鳥居のところにパトカーが停まっている。不審者ということで警戒しているのだろう。 

「ちょっと中へ入ってみようか」

 平野があんまりびくびくしているので、からかってみたい気になった。どういうものか、人はときに、こういう気持ちに駆られることがある。スカイツリーの展望台とか、高いところから下を見下ろして青くなっている者をみると、つい背中を触って脅かしてみたくなるのと同じだ。悪意のない、ちょっとした悪ふざけの心理がはたらくのである。

「やだよ、怖いから一緒に来てもらったんじゃないか。どうしてわざわざ行くんだよ」


 公園の、遊歩道が通っているあたりを眺めると、木立が鬱蒼として不気味な雰囲気を醸し出している。俺は行ってみたくなった、怖い物見たさというやつかもしれない。

「お前、本当に怖いのか。どうせホラ話だぜ、あんなの。コスプレの変態が歩いていただけで、夜だったから気味悪く見えたのさ。そんなのにビビってたら、意気地なしって言われるぞ」

 俺は公園のほうへあごをしゃくって、意地悪く笑った。元気盛りの男子中学生だ。お化けだか変質者だか、正体がわからないものに怖気づいていたら恰好がつかない。

「なんだよ、健太だって臆病じゃないか。小学校の時さんざん千鶴さんに泣かされてたくせに」

 逆襲された。からかったつもりが反対にみくびられて、俺は俄然本気になった。警察が警戒している怪しい場所へなんか、ほんとうは入っちゃいけないのだろうが、平野の腕を引っ張って「行こう、行こう」と、停まっていたパトカーの横を通り抜けた。


 なだらかな坂道を、そっと様子を窺うように登って行って、事件があったという場所へ着いた。

 警官もいなかったし、とくに変わった様子もなかった。山の斜面ののり面を舗装された遊歩道が通っているだけのところで、下は物置の屋根が見える崖、上のほうは杉の木がびっしりと生えているだけだ。

「やっぱり何もないや。帰ろうか」

 平野を見ると、うらむように俺をにらんでいる。

「もういい、ぼく一人で帰るから」

 つないでいた手を振り払うと、プンプンしながら離れて行った。

「待てよ」

 本人が一人で帰るというのだから、勝手にさせればいいようなものだが、そのとき俺は、平野が怒っている理由に責任を感じ始めていた。嫌がるのを無理に引っ張ってきたのは、臆病と言われた腹いせからじゃないかと、反省していたのだ。

「一緒に帰ってやるから、待てって」

 二三歩前に出たとき、

「きみたち、何をしているんだ」

 警官が遊歩道を下りてきた。やっぱり不審者が出ないか警戒していたらしい。俺はとっさに「はあ」とかしこまった。職務質問を受けるのは生まれてはじめてである。緊張して目をやったとき、俺はぎょっとした。警官にではない、青い制服の警察官は、通学路にある交番にもいるから見慣れている。俺に顔を向けて立っている警官の後ろの杉の木立の間に、人影をみた気がしたのだ。

「どうした」

 警官は俺の顔色に気が付いて、後ろを振り向いたが、そのときにはもう怪しい人影は消えてしまっていた。そして、一瞬目撃したその人影は、杉崎の話に出てきたとおりに、たしかに鎧を着ていた。

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