第四話 キアラ・ハイトがゲームにログインしました。

 グリテジアのキャラメイキングをしてから今日で丁度三日目。

 つまりサービス開始日当日という訳ですね。えぇ。

 そんな訳でわたくしめ、既に言葉遣いを普段のチャットでの丁寧語に改め、女性的な(少しの深みと艶のある)声に変えております。

 ちなみにこの声真似というか声変えについては小学四年生くらいの時に特技としてふざけて覚えたモノを年々鍛え上げ結果の産物で御座いますので、そうそう簡単に見破られる方はいないと思われます。


「あ~……あ~、あ゛~、ぁあ……ぅぅんっ。……んんっ……ふふ、如何かしら?……よし、良さそうだな」


 さて、と。昼食はとった。まあ、サービス開始は15時からだから当然と言えば当然か。

 今日はこれから一歩も外に出るつもりはないので、お菓子やジュースなどの諸々の買い物は既に済ませておいた。しっかりお風呂にも入ったので体臭などは感じない。まあ、自分の体臭なんてそうそうわからないものなのだが。

 後は室温か。問題無いな。春先だから少し冷えるかと思って薄手のブランケットなどを用意していたけど、これならば必要なさそうだ。温度を保つためにカーテンも既に閉めてあるし。


「そうだ、トイレ、トイレ」


 危ない。20分前にも行った気がするが、昼食時にそこそこ水を飲んだのである程度抜いておかないとプレイ中にトイレに行きたくなってしまう。忘れないうちに行ってしまおう。

 すぐさま俺は部屋を出た。



「はぁ……、これで憂いはありません」


 気分もスッキリした所為か、女声(お淑やかな女性風)で呟くというネタに走ってしまった。まあ、今家に人がいないのは分かってるからいいんだけどね。流石に姉やら妹やら母なんかに聞かれたら死ねる。


 部屋に戻って時計を見れば14時58分。結構いい時間になっていた。

 サービス開始まで1、2分くらいなら中で待っている方がいいかもしれないな。そう思いギアを被る。

 ギアを装着した後はギアの側頭部にある電源を入れる。するとディスプレイにグリテジアのソフトが表示された。俺は思考カーソルをそこに合わせてゲームを起動した。






 ふっ……と、意識が浮上する。

 気がつけばは白い空間に漂っていた。


「ここは……これは……ああ、私のアバターですか。むっ、喉仏あたりの骨格弄った所為で声に変質がみられますね」


 真っ白な雪の様な肌をした手が見えて驚いたが、それは自分の、アバターの手だった。着ているダサい初期装備を捲りあげて脚や腹部などを確認してみるとこちらも変わらずスベスベで綺麗な肌だった。よし、我ながら素晴らしい出来ですね。

 誰もいない空間で一人ニヤリと笑う。

 そんな事で愉悦に浸っていると何処からともなく待ちわびた宣言が聞こえてきた。


『プレイヤーの皆様。大変お待たせしました。それでは、グリム・ファンタジアの正式サービスを開始させて頂きます。グリテジア正式サービス開始記念に皆様にはスキルポイント+5ptとランダムでスキルを一つ、そして初心者支援セットをプレゼント致しました。ゲームを開始したら確認してみて下さい。

 それでは、プレイヤーの皆様、グリム・ファンタジアの世界を思う存分お楽しみ下さい』


 その言葉を最後に目の前に大きな扉が現れ、その扉から溢れ出した一際強い白の光が私を飲み込んだのだった。




 目を開ければ中世的な街並みがそこにはあった。

 この景色を見ていると現実と見分けがつかないほどのクオリティにこの場所で感嘆しているのもいいと思える。だが、私にはその前にまずはやることがあるのだ。

 すぐさまメニューを開き、そこからさらにマップを開いて現在位置を確認する。

 事前の調査で分かっていた事だが街のマップにもかかわらず自身のいる場所の周辺以外はすべて真っ暗だった。街中であっても自分の行った場所しかマップには登録されないようだ。厳しい。


 それはさておき、私はマップの解像度を下げて街全体のマップに切り替える。そうする事で城壁が表示され、街の全体像を見ることが出来るのだ。そして、街の全体を把握したことによりマップが開いている場所つまり自分の位置が街全体のマップでどのあたりか把握できるのだ。

 そして、それが分かれば私は目的の場所に行く事が出来る。何故なら街にある目的の建物の位置は全て覚えてきたので、どの場所に出てもマップで自身の位置を把握できれば向かう事が出来るのだ。


「ココでしたら、この道を出て右斜めの位置!」


 予想よりも随分近くに出ることが出来たみたいだった。

 私は駆け足で目的の建物――ギルドへ駆け込んだ。幸いな事に未だ2人しか列は出来ていなかった。


「はぁ……よかった」


 少し経ってから後ろを振り向けば続々とやってくる人人人……。

 気がつけば長蛇の列になっていた。あそこに自分が並んでいる光景を思うと恐ろしくて仕方がない。本当に早くついてよかった。


 街の外に出るには身分証明書が必要になる。私達プレイヤーの様な流れ者はギルドに登録する以外の簡単な身分証の発行方法がないのだ。だから必然的にギルドへと人が集まった訳だ。

 ギルド側も冒険者ギルド、生産ギルド、商業ギルドなど沢山の種別があるのだがこの日に備えて登録のみならばどのギルドでも行える様に体制を変えたらしい。

 ちなみに今いるのは冒険者ギルドだったと思う。


 他にも細かな特典を受けるには自分に合ったギルドに赴かないと行けないのだが、大半の人たちの目的は一先ず身分証を手に入れる事なので今の様な阿鼻叫喚な現状になっている。腹立たしい事にβ組はデータをリセットしなければ重要アイテムを所持した状態でゲームを開始できるらしいのでこの行列に飲まれなくてもいいらしい。そのことを知った時はおもわず(´・ω・`)さんに向けて『裏山死』と送ってしまった。


 バカな事を考えていると列が進み早くも私の番になった。


「お待たせ致しました。本日のご用向きはギルドへのご登録でしょうか?」

「はい、そうですね」

「では、こちらのオーブに手を乗せて下さい」


 受付の女性の指示に従いオーブに手を乗せる。すると手を置いた場所から光が波紋のように私とオーブを流れ出した。よくアニメなどであるサーチエフェクトに似ている。というか正にそれですね。


 少しすると光は収まってオーブ下の箱体からカードが発行された。


「はい、こちらがキアラ・ハイトさんのギルドカードになります。冒険者ギルドにご登録なさりますか?」


 ギルドの登録はそのギルドに応じた職業やスキルなどの条件を満たしていれば登録でき、登録できる数に上限はなく幾つでも登録可能となっている。そのような中で冒険者ギルドは特別でだれでも登録が可能らしい。

 登録すれば色々な依頼が受けられるというメリットがあり。他にも冒険者ギルドでのランクを上げればお金を預けられるようになるなどのメリットがある。ただ、場合によって強制依頼を受けなければいけないというデメリットが発生する。

 強制依頼は文字通りギルドから出される強制受注の依頼で街の存亡の危機のようなときに出されるらしい。例を挙げれば街に大量のモンスターが行進してきた場合などですね。そのような場合は戦闘力の高い冒険者に強制依頼が発行されるらしい。ちなみに依頼を断れば冒険者ギルドから除名されるらしい。預金差し押さえとか怖いです。

 もっとも、家を買ってそこに金庫を備え付ける事でお金はそちらに貯め込むこともできるらしい。そうすればデメリットも大分緩和されるますかね?

 まあ、現状で登録してメリットはあっても登録して受けるデメリットが降りかかることはそうないだろうので――


「はい、お願いします」

「畏まりました。少々お待ちください。……はい、登録完了です。冒険者ギルドの詳細や注意、利用可能な特典などがあちらのボードに書かれておりますので一度ご確認の程よろしくお願いいたします」


 他にも聞きたい事などはあったが後ろからの威圧感が凄いのでここは早めに退くことにしよう。私は受付の方から発行されたギルドカードを受け取ってその場を辞した。

 尚、人で一杯になる前に一度、詳細書きのボード全体が視える位置を譲って貰い視界保存アイサイトを使ってギルドの詳細を保存しておいた。説明書は時間に余裕がある時に気紛れで読む派です。

 さて、後やり残したことと言えば依頼の受注くらいだが、そちらの窓口にもβ勢によってかなりの列が出来ていて正直並ぶ気になれなかった。諦めて街で買い物をすることにしよう。


『<称号:駆け出し冒険者>を獲得しました』

 



 まずは装備かな?早く行かないと売り切れてしまいそうですしね。

 もっとも、その前に所持品の確認をするべきか。

 早速、私は街に降り立ってからずっと背負っていった背負い袋の中身を道端に寄って確認し始める。その結果中身はβの時から変わっていることがわかった。

 変更というよりも追加といった感じの内容なのでこれがアナウンスで言っていた初心者支援セットなのだろう。ちなみに背負い袋の内容は、


・背負い袋×1

・解体ナイフ×1

・水袋×1

・レーション(1食分)×3

・ローブ(茶)×1

・小銭入れ(銀貨1枚、銅貨10枚)×1

・初心者支援セット×1


 といった感じだった。

 銀貨1枚で1万ルナ、銅貨1枚で100ルナらしく、ルナは円とほぼ同価値程度らしいので初期の所持金は1万1千円くらいのよう。分かっていたけどもこれは初期金で真面な装備を揃えるのはまず無理と見ていいだろう。そこそこの武器でも平気で20万30万するらしいですし。

 これを初期金として多いとみるか少ないとみるかは置いておくとしよう。……いや、明らかに少ないんですけどね。そこはリアルさを重視した結果の様だ。まあ、モノによっては初期金ゼロのゲームなんてざらですしね。それと比べれば断然親切なつくりというものです。


 さて、残るは気になる初心者支援セットだが……見た目は白いと赤の救急箱のような箱だ。前部の留め具を外すと箱が自ずと開いて中身がご開帳した。

 中身は液状のようで、赤と青の液体が瓶詰にされていた。なんとなく中身の正体に予想はついたが折角なので鑑定スキルを使用してみることにしましょうか。


「やっぱりというかなんというか……。やっぱり、初心者用ライフポーションに初心者用マナポーションが各5本ずつでしたか。なんともまぁ、渋い。ですね……。」


 鑑定スキルの結果、瓶入りの赤の液体がライフポーション、青の液体がマナポーションと判明した。効果の程は鑑定スキルのレベルが低い所為で分からなかったが、恐らく期待できる程のものではないと判断した。まあ、『無いよりはマシ』レベルである。


「あら?」


 瓶をしまう途中に奥の方にもう一つ更に小さい瓶を見つけた。

 親指と人差し指で挟めるサイズの小瓶には少しとろみの強い緑の液体が。……もしやコレは。



<経験増幅薬>

 経験増幅と銘打ってあるが本当に経験を増幅するのではなく、一度の戦闘で得られる経験の密度を上げる意識集中薬のようなもの。

効果:30分間、獲得経験値+30%

消費期限:残り約30日



 予想通りEXPポーションだった。これは非常に嬉しい。期限が30日もあるので経験値の美味しい狩場で高効率の狩りでも行えれば一気にレベルを上げることが出来そうだ。もっとも、今は範囲攻撃を一つも持ってないので出番は当分先になりそうですけど。

 小瓶は端に固めて並べられており手に持っているものを含めて合計で4つ入っていた。重畳重畳。

 私は初心者支援セットに小瓶をしまって、外に並べた道具から財布をポケットにしまい、それ以外を背負い袋に放り込んだ。


 さあ、安物武具を買ったら遂にお待ちかねの戦闘です!


 私は期待に(設定して)ない胸を膨らませ、武具店に向かって歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る