第3話 とある傭兵は異世界人に振り回される

 レンがルードニアに飛ばされてきたその日、ギルドマスターからレンの面倒を見るように言い渡された俺は、とりあえず3日間は滞在するというレンの為に王都の観光地を案内してやった。


「うーん、眼福眼福。傭兵学校ってなんだか警察学校に似てるわね……懐かしいわ」


 王都立傭兵学校は歴史ある建物で、その荘厳な造りの門は有名な観光スポットの一つなのだが、レンが興味を示したのは門ではなくその中身だった。

 傭兵の卵たちが汗水垂らして訓練している姿を見つけたレンは、学校の柵をにすがりつくようにしてその光景……レンが言うには肉体美とやらを堪能している。よだれを垂らさんばかりの勢いに、他人のふりをしたい心境になりながらも俺はレンの側を離れなかった。監視をしているわけではないが、傭兵学校を巡回している警備係に怪しまれでもしたら面倒だ。


「只者じゃないことはわかっていたが、あんた相当の手練れだな。間合いの取り方といい隙のない身のこなしといい……あんたならいい傭兵になれるぜ」


 食らいつきそうな眼差しで若い半裸の男たちの姿を目で追ってるというのに、意識の半分くらいを背後に向けている。さすがは『ケイサツカン』といったところか。レン曰く、こちらでは王都を護る警務官に相当する『ケイサツカン』という職業についているらしいが、嘘はついていないようだ。


「あらそうかしら? 警察辞めてこっちに来るのもありね」

「もう少し慎重に考えろよ。昨日来たばかりだろうが」


 失くすと組織から処分がくだるというので、昨日の紺色の服をそのまま着ているレンの背中を眺めながら、俺は何度目かわからない大きな溜め息を吐いた。背後から見ると俺たち傭兵の服にも見えなくはないその制服は、レンによく似合っていた。なんでも『ケイサツカン』の制服らしく、左手上腕部には紺地に金の複雑な紋章がついている。


「ほら、それくらいにしておけよ。あんまり見てると怪しまれるぞ」


 先ほどから門の警備担当の学生がチラチラとこちらを伺っていたので、俺は慌ててレンを柵から引き剥がした。


「やん、リューさんのケチ。あー、私の発展途上の身体たちが」

「何が私の、だ。この変態。そんなに見たいんなら俺のでも見てろ。あんまり変態的な行動してっといい男も尻まくって逃げ出すぜ? 」

「それは困るわね。でもリューさんの身体をただで見れるなら仕方がないわ」


 そう言うとレンは柵から手を離し、俺の方を向いて上から下までゆっくりと舐め回すように視線を這わせた。それから小さく「うん、いい筋肉」と呟いたのだが、妙齢の女が男に対して面と向かって言う言葉ではない、と思った俺はもう一度深々と溜め息を吐いた。


 変態という言葉は否定はしないのかよ。


 どうやらこいつの優先順位は筋肉が一番らしい。その思考回路がいまいちわからないが「背筋に触らせて」だの、「その素敵に太い腕にぶら下がってもいい? 」なんて無邪気に聞いてくるレンを、俺は少々持て余していた。

『ニホン』って国の女は皆レンのように積極的なのだろうか。気になった俺はレンに尋ねてみたのだが、レン曰く「私の国では肉食系の男は絶滅危惧種なの。だからこっちから捕まえるしかないじゃない」ということらしく、結局俺にはよくわからなかった。



 その日の夜は昨日とは別の酒場に行くことにした。独身の男女が出会いを求めて集まる店で、婚姻斡旋所に近い役割りを果たす酒場だ。入り口で身分を登録して名前と職業を書いた名札を付け、食事をしながら目ぼしい異性を探す、という説明に、レンはかなり張り切っている。

 最初レンは『在科 蓮』と名前を書いたのだが、明らかにこちらの文字ではなく、読めなかったので書き直してやった。『カンジ』という文字らしいが、この手の難解な文字を使う異世界人と仕事をしたことがあり、ある程度なら知っている俺にもよくわからない文字だった。レン曰く『ニホン』でもまともに読んでくれる人はいないらしい。

 新たにルードニアの文字で、レン・アリシナと書いている俺を覗き込んだレンは興味深々だ。


「リューさんって達筆ね。やっぱりいい男だわ」


 達筆なのがレンの言う『いい男』の条件だとしたら、世の中かなりの数の『いい男』が溢れかえっていることになるが、褒められて悪い気はしない。


「そうかよ、なら俺にしておけ」


 俺は思わずボソッと呟いたが、幸いなことにレンには聞こえていなかったようだ。


 どうしちまったんだリュディガー?

 レンに出会ってから調子が狂いっぱなしだぜ。


 俺も名札を付けて店に入ると、中は出会いを求める男女で溢れかえっていた。あちこちに見た顔があるので正直帰りたい気分だが、レンの世話を放棄する訳にはいかない。俺の姿に気が付いた何人かが驚いた顔でこちらを見ており、説明するのも面倒なので完全無視を決め込んだ。言いたいことはわかるが、今は放っておいてくれ。


 俺は既に数人の男たちに囲まれていたレンを救うべく、人混みをかき分けていく。

 最近のルードニアの男どもには情けなさを感じざるを得ない。真剣に相手を探す気などないのだろうか。この軽薄そうな若い奴らも、求愛の相手さえできれば一途になるのだろうか。


 時代は変わったものだ。


 俺ももう若くはないが、まだ38歳だ。しかし20代の若い奴らのことがわからなくなってくる世代だった。



「あいつも駄目だ。あんたも会ってすぐしけ込もうとする奴にほいほい着いて行くな! 」


 2日目の夜も俺たちは昨日と同じ店に来ていた。

 色んな奴がいるから『いい男』を見つけるために効率がいい、とはレンの言い分だ。俺はこういった場所はあまり好きではない。

 別に女を探す必要がなかったので、傭兵仲間に誘われてもその都度断わっていたはずの場所に、俺は一人ではなく女と一緒に居る。しかもその女は男に対する警戒心が備わっていないのか、さっきから見るからに身体目当てで近付いてくるルードニア人の風上にも置けない男どもに片っ端から引っかかっていた。


「でも、話してみないとわからないじゃないの。これでも男を見る目はあるのよ? 犯罪者限定だけど」

「なんだって?! じゃあ、あんたの選んだ男どもはみんな犯罪者か犯罪者予備軍なのか? 」

「これが違法薬物なら、そうなのかも」


 ニコニコと笑みを崩さないレンを、俺は信じられないようなものを見る目で凝視した。レンの手には、いつの間にか怪しげな白い粉の入った包紙がある。


 何やってるんだこいつは……。


 目を離さないようにしていて正解だったが、これは並の男では手に負えない跳ねっ返りのじゃじゃ馬だ。


「あんた、それが何かわかってんのか? 」

「これを服用したらとんでもない快感が手に入るついでにもれなく人間を辞められる特典が付いてくるはずなんだけど。治外法権だから手出しはできないし、でも可愛い女の子が巻き込まれそうになっているのを黙って見過ごせないし……あれ? リューさんどこ行くの? 」


 なんでもないような顔をしながらひらひらと白い粉の入った包みを振り、とんでもないことを言ってのけたレンの手から包みを奪い取ると、俺はその手を引いて席を立った。「証拠品に余計な指紋が」とのレンのぼやきはとりあえず無視だ。


「帰るんだ。警務官に詳しい話をしないとな。それがあんたの本職なんだろう? 」


 なんだかんだ言っても自分の仕事に誇りを持っているらしいレンは、俺の言葉に飛びついてきた。


 なんでそんなに嬉しそうなんだ。


 不可抗力でレンの腰に手を回す羽目になった俺は、ふいに沸き上がってきた下腹部の熱を鎮める為に、とっさに傭兵ギルドの掟をそらんじてやり過ごす。


「さっすがリューさん、男前! 私、どこまでもついて行くわ! 」


 俺の腕に何か柔らかい膨らみが当たるがこれは役得だ。文字通り本当に俺に飛びついてきたレンの肩をさりげなく抱き寄せた俺は、いい雰囲気になった男女を装い、そのまま店を出ると警務官の詰所まで歩き始めた。

 レンに不埒な行為をしようとした男どもの顔はすべて記憶している。よからぬことを企んだ報いは受けてもらおう。



 レンの言う通り、白い粉の包みの正体は麻薬であり不埒な男どもは麻薬の売人であることが判明した。そのせいで、結局3日目は警務官に協力するはめになってしまったが仕方がない。

 レンは『ケイサツカン』の中でも違法薬物の捜査官だったらしく、薬物の鑑定結果を見て「この世界にも似たようなくだらない奴らがはびこってるのね」と剣呑とした眼つきで溜め息を吐く。警務官から手続きに関する説明を受けながら、麻薬を入手した経緯を報告書にまとめたり、売人とおぼしき男たちの似顔絵を作成したりと色々面倒な事後処理をする為に詰所に篭りっきりだった。


「こんなところに来てまで仕事なんて。あーん、私の休日がぁ」


 そんな言葉とは裏腹に、報告書を読み上げるレンは生き生きとしている。レンはこの世界の文字は書けないようで、一度レンが書き上げた報告書を読み、警務官が書き写すという少々面倒な作業の真っ最中だ。手慣れたもので、レンは迷うことなく報告書をまとめ上げた。もう疑ったりはしていないが、『ニホン』の『ケイサツカン』であるレンは、どうやら優秀な捜査官であるようだ。


「こんな可愛い方が異世界の犯罪取締組織の人だなんて驚きですよ。『ニホン』とは聞かない国ですが、ギルドが新しく契約したんですか? 」

「仮だが、そんなもんだ。なんたってうちのギルドマスターのお墨付きだからな、優秀だろう?」

「お墨付き……そりゃあ頼もしい! 正式に契約したら是非ともご協力いただきたいですね」


 嘘も方便だが、この際仕方がない。ギルドマスターには一応通してあるので大丈夫だろう。

 作業を進めるレンの横顔を見た俺は、レンであればこのルードニアでも立派にやっていけると本気で思った。『ケイサツカン』の仕事は好きなようなので、そのまま警務官にでもなればいい。破天荒な女だが、一緒にいて退屈しない稀有な存在だ。

 もしレンが同意してくれたら、俺から進言したって構わないとまで考えたが、残念ながらレンは謎の『女神様』から飛ばされてきた別次元の者なので干渉はできない。

 しかも今夜、レンは元の世界に帰るという。


 また来る気はあるのだろうか。


 俺はそればかりが気になり、いつしかレンが書類を読む声すら耳に入らなくなっていた。



「イケおじ様じゃなかった、ギルドマスター様、お世話になりました。リューさんも付き合ってくれてありがとう」


 警務官の詰所で一仕事お終え、ルードニアの空に今宵も月が昇る頃、レンが突然帰ると言い出した。俺にはわからなかったが、例の『女神様』からレンに直接連絡があったそうだ。

 傭兵ギルドに戻った俺たちは、またもやギルドマスターと奥方の邪魔をしてしまったらしい。すんげぇ眼つきで睨んでくるギルドマスターに、内心びくびくしながらも要件を告げると、可憐な奥方が助け船をだしてくれた。


「もう帰っちゃうんですか? 」

「そうなの。明日からまた仕事だし……残念だけど」

「また来れますか? 何なら正式に入国できるように上層部に頼みますよ?」

「こことは別の力が働いている次元に安易に干渉するのはよくないぞ。ましてや時空を渡れるという知識すら一般的でないところを行き来するのは至難の技じゃないのか?『女神様』はオレたちとはすべてが違う存在だから、レン殿を事故なく飛ばすことができるんだ」


 ギルドマスターがまともな意見を述べるが、それは最もなことだ。時空や次元を管理する稀代の魔法術師にも、できないことがあるらしい。大概どこにでも出没し、時空を渡り歩く奥方も、万能ではないということなのか。


「女神様に交渉したら大丈夫かもしれません。お茶目で話のわかるお方ですから、そこらへんはちょちょいと」


 いたずらっぽく笑うレンに、ギルドマスターも奥方も脱力する。


 何がちょちょいとだよ。


 こんな適当な奴でも優秀な『ケイサツカン』だと思うとなんだか複雑な気分だ。


 そうこうしている内にどうやら本当に時間になったらしい。にこにこと笑うレンの周りに、僅かな歪みが現れた。


「女神様? あ、はい。楽しかったですよ。ええ、それはもうたっぷりガン見してきましたから……うーん、まだ駄目みたいです。決定打がないっていうか、意外とシャイ? ……あ、それじゃあ今週末、いえ、土日ごとに送ってくださいますか? はい、ありがとうございます」


 誰と会話をしているのか、レンは何もない空間に向かって身振り手振りで話している。その内容から、相手は『女神様』だとは見当がついたが、俺はレンが何を話しているのか無茶苦茶気になった。


「あ、ギルドマスター様、これからしばらくの間、週末ごとにお世話になっても大丈夫ですか? 女神様は大丈夫だって言われているんですが」

「そういうことなら歓迎しよう。レン殿の犯罪捜査能力には世話になったからな。ファウルシュティヒも異論はないな」


 既にお目付役として認識されてしまった俺は、無言でギルドマスターを見る。


 勝手に決め付けないでほしいんですがね。


 まあ、確かに異論はない、と言えばないのだが。俺も把握できていない俺の気持ちを見透かされたようで、何だか面白くない。


「それじゃあ、週末ごとにレンさんに会えるんですね! 」

「そうみたい。向こうのお土産を持ってこれるかしら。美味しいお菓子があるのよ」

「本当ですか? あなた、甘いものですって! 乙女の必需品のお菓子ですって! 異世界のお菓子を食べられるなんて、素敵だわ! 」


 奥方が嬉しそうにギルドマスターを見上げると、お菓子とかより甘そうな色気ある笑みで奥方を見つめていた。


 うげーっ、こっちは独り身だぜ?

 俺も甘いもんは大好物だけどよ、あんたらの甘さはいらねえって。

 目の毒だから少しは遠慮してくれよな。


 そんな2人から目を逸らし、だんだん姿がぼやけてきたレンを見ると、レンは何故か物欲しそうに俺を見ていた。


「な、なんだよ」

「いいえー。リューさんってホント、シャイなのね……」

「はあっ?! 俺のどこがシャイだって言うんだ。こう見えてもなかなかモテるんだぜ? 戦場での俺の姿を見せてやりてぇよ」


 これは決して嘘ではない。

 傭兵として世界中を巡ってきたが、他所の国では結構女どもにモテたのは確かだ。ルードニアの傭兵はがたいが良くて男らしいと評判はよく、引く手数多だったりするのだ。


「はいはい、また今度ね。それじゃあ本当にありがとうございました。また週末を楽しみにしています」


 そんな俺をさらりとかわし、何を考えているのかわからない謎めいた表情をしたレンは、イチャつくギルドマスターたちにぺこりと頭を下げてから俺に向き直る。


「お、おう。仕事じゃなかったら相手してやるよ」


 慌ててそう答えた俺に「おやすみなさい」と言い残したレンは、そのまま呆気なく姿を消してしまった。別れ際にジメジメするのは嫌いだが、こんなんでよかったのだろうか。しかしまた週末に来ると言っていたので、あまり気にしないでおこう。


「よし、これで要件は終わりだな? 帰っていいぞ」


 今すぐ帰れと言わんばかりのギルドマスター見ると、抱き上げられていた奥方が手を合わせて口パクで「ごめんなさい」と言っていた。


 へーへー、お邪魔しましたね、言われなくても帰りますよ。


 俺は「失礼します」とだけ言って管理官長室を後にする。時間外だったのは謝るが、何も管理官長室でイチャつかなくともいいじゃないかと思う。

 いつだったか王宮警護官の同僚が「どうして王族ってことあるごとにいちゃいちゃしたがるんだよ」とぼやいていたことを思い出した俺は、奴も苦労していたんだと改めて思った。



 その日の寝ぐらへの帰り道は、四六時中一緒にいたレンが側にいないだけで静かなものだった。


 あの裏路地で出会ったんだよな。


 月明かりの下突然現れたレン・アリシナという女は、俺の中の何かを引っかき回し、嵐のように去っていった。そしてまた週末にその嵐がやってくるのを楽しみにしている自分に、口角が自然と釣り上がる。


「さて、どうしたもんかね」


 また週末レンが来る。その事実が俺の気分をいつになく高揚させている。


 ああ、今宵も月が綺麗だ。


 夜空を見上げた俺は人生で初めて月を愛でた。


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今宵の月はきっと綺麗 星彼方 @starryskyshooters

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